表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
61/127

羽化①


「ルーサラ様とお前の友達が到着した」


 部屋の扉をノックした後、仏頂面を覗かせて短く伝えるとケインは律儀にも開けたままで待つ。

 切り出した石で作られた堅牢な屋敷は厚い壁の効果もあって外気を遮り、窓辺で陽の光を浴びているとまるで春のような陽気で心地が良い。


 セシルとリディアのために用意された部屋は伯爵家の名に恥じぬ、広く美しい物だった。

 入ってすぐの広くゆったりとした居室を真ん中に左右に寝室へと続く扉がそれぞれあり、寝室自体も広く寝台がひとつだけ置かれているが、この部屋だけでも二人で使っても十分余裕があるぐらいだった。


 壁は漆喰で美しい絵画がかけられ、暖炉の上には良い香りのする香炉、花の活けられた豪奢な花瓶、その下の丸いテーブルの縁と脚には凝った模様が彫られ素人が見ても高級品だと分かる。

 丁寧に織られた敷物は厚みがあり、朝晩の冷たさも防いでくれた上に鮮やかな薔薇の花が描かれていて目も楽しませてくれる。

 暖炉の前に二人掛けとひとり掛け用のソファとテーブルが据えられ、窓辺には美しいレースのクロスが掛けられた楕円形のテーブルに二脚の椅子。


 セシルは窓辺の椅子に座り、ぼんやりと日向ぼっこをしていた。


「……意外と速かったね」


 欠伸をしてから立ち上がると待っている騎士の所まで歩く。

 手が届くか届かないかの距離まで近づくと廊下へ飛び出してケインは緊張した顔でセシルを見つめる。


「そんなに逃げなくても、取って食べたりしないし」

「逃げているつもりはっ」


 無いといいながらもそわそわと視線を彷徨わせ、一定の距離を保ってセシルの隣を歩く騎士は不自然で奇妙だ。


 未だに水浴びを覗いてしまったという失敗に動揺し、セシルが女だったということに気付けなかった自分を責めているようだ。

 男だと思って接していた態度を今更変えることもできずに、どう扱っていいのか分からないのだろう。


「女の裸なんていくらでも見飽きてるだろうに。ついてるものは大小の差はあれ誰もが一緒だよ」

「いくらでも、は見てない!」


 生真面目に返答するケインににやりと笑いかけ「見たことないわけじゃないんだ?」と顔を近づけると面白いほど赤面する。


「俺は成人男性だぞ。それなりに経験も……ってなにをいわせるんだ!なにを!」

「いいって。別に。恥ずかしがるようなことなわけ?」

「お前な!少しは恥ずかしがれ!少しは!女なんだろっ」

「男だと思ってたくせに」

「それは悪かったと思ってるよ!」

「ジロジロ見てたくせに」

「あれは!普通、隠すだろ!隠しもしないで堂々としてたから、ついっ」

「隠さなきゃ見てもいいっての?」

「ちがっ!」


 青くなったり、赤くなったりする白騎士の顔を愉しみながら廊下を進んで中庭へと出た。

 朝は冷たかった風も太陽で温められて気持ちがいいくらいの温度になっている。

 芝生と色とりどりの花が描く小道を抜けて、木々が枝葉を伸ばしている辺りに来ると自然と石畳の敷かれた道へと変わる。

 荷馬車があり、食材を運んできた業者が荷を下ろし厨房へと続く専用の道を入って行った。

 パンとケーキを焼く匂いが風と共に流れてきて胃を刺激する。


「ラティリスは二回食だから逆に太りそうだ」


 長い冬のせいかラティリスでは食事は朝晩の二回が主流だ。

 作物の蓄えを春までもたせるために冬の間は二回食にしていたのが、いつの間にかそれが常となったらしい。


 ラティリスだけでなくそれは厳しい北国ではよくある事情だった。


「二回食でなぜ太るんだ?逆に痩せるだろ」

「単純だね」

「なにをっ!」

「食べ物が無くて貧しいならそうかもしれないけど。伯爵家は裕福だし、美味しい料理を提供してくれる。現に朝食も豪華だった。お腹が空いた状態で沢山出されたら食い溜めはできないのに、許容量を超えて食べてそれが脂肪になる。しかもお昼にはお茶の時間があって甘い物を出してくれるってんだから太るに決まってるよ」


 石畳の道は門から屋敷の玄関の前を通り、裏手まで続いている。

 屋敷の裏には騎士隊が生活する騎士塔があり、訓練を行ったり裏門を護っているらしい。

 彼らは殆ど裏門から出入りしているのであまり姿を見ることはないが、見習い騎士も含めるとかなりの数がこの砦のような屋敷の城壁内に住んでいるということになる。


 訓練している声も中庭と騎士塔の間にある小さな森のような木々に阻まれて聞こえない。

 セクト鉱山にへばりつくように作られているくせに広く、案外緑が多い。


 厩舎は門から小道に入った場所にあるので、そこへ行くには玄関から行った方が速い。

 だが無駄に天井が高く広い表玄関は人の気配がないくせに、視線だけは感じられ、人を迎える場所だというのに沈鬱な印象を与えセシルには好きになれない場所だった。


 運動がてら遠回りして行くのも悪くは無い。


 屋敷の前方へ回ると池を挟んだ城壁側に細長い建物が建っていて、あそこが騎士の詰所だとケインが教えてくれた。

 そこに騎士隊の本部もあるらしい。


 池と詰所を左手に見ながら屋敷の前を通過して緩いカーブを描く石畳を道なりに歩くと前方に門、その手前に横道があるのが見えてきた。

 影を落とす木道へと曲がるとほどなくして厩舎へと辿り着くと入口にヘレーネとライカが立っていて、セシルに気付くと手を振ってくる。


「リディは?」


 軽く手を上げて応え尋ねると、ライカが呆れたような瞳で中を見て肩を竦める。


「馬のお世話をしてる。リディア、セシルが来たから私たち伯爵様にご挨拶に行ってくるわね」


 苦笑いでヘレーネは中へ向かって声をかけ「また後でね」とライカと共に歩き去る。

 一緒に屋敷へと戻るのかと思っていたケインがまだいるので怪訝な目を向けた。


「あんたの大事なルーサラ様の所に行かなくていいの?」

「ルーサラ様にはジェンがついてるから必要ない」

「必要ないって、あんたね」


 ラティリスまで一緒に来てしまえばあとはお役御免のはずなのに、こうして律儀について回るのはやはり責任を感じているのか。


「鬱陶しい。迷惑。消えて」

「なっ!」


 目を剥いて怒りに身を震わせている騎士に犬を追い払うように手を振ってから中へと入る。

 干し草と獣の匂いがむっと立ち込めていて、長居したいような場所でもないのにリディアは馬の脚元に蹲っていた。


「リディ」


 名を呼ぶと顔を上げてこちらを向いたが、眩しいのか目を細めて「セシル?」と聞き返してくる。

近づいて覗き込むと氷を入れた革袋を布で包んで馬の脚を冷やしていた。


「なにしてんの?」

「“なにしてんの”じゃないよ!セシルが無茶して乗ってきたからこの子の脚が腫れてて。可哀相なんだから」


 膨れっ面をしたリディアが文句をいい、そこで世話をされているのは自分が夜通し駆け続けてきた馬なのだと気づく。

 確かに節が腫れていて触れると熱を持っている。

 セシルを覚えているのか首を振り嫌がるように前脚を動かした。


「ごめん。でもノアールが命を狙われてるってのに、のんびりしてられないじゃん?」

「命を、狙われてる?ノアールが!どうして?」

「正妻の息子だから妾の息子には邪魔」

「じゃあ……やっぱり、二番目のお兄さんは母親違いの」

「そういうこと」


 頷いて見せるとリディアは表情を消して脚を冷やした手を動かさずにじっと思案しているようだった。

 途中で左手を放してそっと自分の腹部に持って行き手を当てると眉を僅かに寄せる。


「リディ?お腹痛いの?」

「……ん。昨日から腰とお腹が痛くて。長距離を馬で移動したからかも」


 息を詰めて痛みを堪えている横顔は青白い。


「二番目のお兄さんはノアールを邪魔だって思ってないと思う。学園でノアールを見てた目はすごく優しかったから。きっと周りの人たちが自分達に都合が悪いから勝手にノアールの命を狙ってるんだと思う。きちんとお兄さんと喋ってみないと分からないけど」

「偉いね」


 褒めるとリディアは目を瞬かせて首を傾げる。

 与えられた情報から考え自分の意見を出し、その上で本人と話して見なければ最終結論は出せないという。

 つい二日前までは自分の想いだけで結論を出していたリディアの思考は確実に変化していて正直驚いた。


「二日しか離れてないのに、しっかりしたね」

「そんなこと……あるかも」


 無いと続くのかと思ったが、途中で止めた後で小さく笑って肯定する。

 そんな姿も新鮮でセシルは目を瞠った。


「馬のお世話もいいけど、ノアールが待ってるよ」

「……後でセシルが冷やしてあげてくれる?」

「了解」


 さあと手を引いて立ち上がらせようとすると、リディアは酷く身体をよろめかせた。

 頭が後ろに下がり、白い喉が仰け反る。

 瞳が揺れ、視線が定まらない。

 咄嗟に腕の中に抱き留めセシルは地に膝を着く。


「リディ!」

「……なんか、気持ち悪い」


 左手で口を、右手で腹を押えて苦しそうに震えている。

 まさかと疑った後で即座に打ち消す。


 リディアの震えは痙攣ではない。

 痛みと貧血による体温低下のせいだ。

 それでは腹痛と吐き気は――疲労から?


 違う。


「なんで、こんなの。初めて」


 リディアが怯えたようにセシルを霞む視界で見つめる。

 唇は色を失って白くなっていた。

 獣の匂いと干し草の匂いの中に微かな血の臭いを感じてセシルはリディアの体調不良の原因に思い至りほっと安堵する。


「大丈夫。そのうち慣れるから」

「な、れるって」

「ノアールには今日は会えないかもね。一日安静にしてたらきっとよくなるよ。ちゃんと薬も用意してあげるから安心して」

「なに?どういうこと」

「いいから。じっとしてて」

「ひゃっ」


 腋の下と膝の後ろに手を入れて抱え上げるとリディアが悲鳴を上げた。

 だがおとなしくじっとして、セシルの肩に頭を乗せ痛みに顔を歪ませる。

 厩舎から出るとケインの姿はなかったが、気配はあるので近くにいるようだ。

 鬱陶しいから消えろといわれて、姿を隠しているのか。

「ほんと……律儀」


 揺らさないように気を付けながら早足で移動する。

 小道を出て、表玄関へ入ると与えられた部屋へと向かう途中ですれ違った侍女を捕まえて一緒に連れて行く。

 そして寝室に連れて行ってから侍女に説明して後を任せると、約束通り薬を手配するために部屋を出た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ