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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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暗示と思い込み


 セシルは堂々とした態度で食堂へと向かい、すれ違った同級生に手を上げて挨拶した。

 だが同級生は困惑した顔で挨拶もそこそこに廊下へと出て行く。

 何度か振り返りながら遠ざかって行くその狼狽ぶりを満足気に観察し、人気の無くなった食堂をのんびりと歩いた。


 寮にはおよそ百五十人が住んでいる。

 一学年に約九十人が在籍し、四年制の学校の為全校生徒は大体三百六十人

 寮にいるのは一年生と二年生が多く、大半は三年生になる頃に寮を出て下宿外へと居を移す。


 もちろん寮生活の方が金はかからずに食事の心配もいらないが、学業よりも色恋や遊びに現を抜かす者たちが自由を求めて街へと降りていく。

 中にはゆっくりと勉強ができないと、苦情をこぼして寮を出て行く者もいるようだが。


「いたいた」


 食堂は寮生全員が一斉に食事をするようには作られていない。

 十人掛けの大きなテーブルが三つくっつけられて三列に並べられている。

 その大きなテーブルをたった一人で占領している少年の姿を見つけてセシルは笑顔で近づいた。


「ノアール。なにしてんの?」

「えっ!?セシル?どうして!ここ男子寮だけど!?」

「知ってる」


 左の壁側に位置する端っこの席は厨房に近く、入り口からは遠い。

 セシルはノアールの隣に座って慌てふためく様子を楽しげに見つめると眼鏡の奥の瞳がおどおどと揺らいで、視線を一度落とした後に上げられた。


「一応女人禁制だし、もう門限過ぎてるけど?」


 セシルの住んでいる女子寮は少し迫り出した登校用の魔方陣を挟んだ向こう側にある。

 簡単に向こう側というが、断崖絶壁の岩場に建てられたフリザード魔法学園の寮は岸壁にしがみ付くようにある。

 行き来するにはいったん女子寮の外にある階段を上がって中庭に出て図書塔を横切り、大きな校門を過ぎて中庭より広いグランドを突っ切り、男子寮へと続く階段を下りるという結構な距離を移動しなければならない。

 

 しかも魔方陣は時計塔の鐘が七つ鳴ると道を閉ざし、街と完全に隔絶される。

 同時に校門には門番が召喚され、門限を過ぎてうろうろしている生徒はすぐさま捕まり大量の課題と反省文に泣かされる羽目になるのだ。


「ちょろいちょろい」


 そんなへまはしない。


 セシルは皿から豆を摘まんで食べて驚いた。


 女子寮の食事より美味い。

 トマトと豆を炊いたものだがほんのり甘く、そしてしょっぱい。

 絶妙な塩加減だ。


 たまらずサーモンの香草焼きにも手を伸ばすとノアールが呆れた様にフォークを差し出した。


「夕飯は食べてきてないの?」

「食べた食べた。でもこっちの方が美味いね。こっちに引っ越したいぐらい」

「セシルは女の子だから無理だよ……」


 受け取ってからむしゃむしゃと食べているセシルの食欲に押されてノアールの方は完全に食べる意欲を失っているようだ。

 諦めて食事をセシルに譲って、自分は傍らに置いていた本を手に取り開く。


「で?なにしにきたの?」


 目は文字を追いながら神経はこちらへと向けてノアールが尋ねる。

 器用なことをすると思いながら「リディのこと」と用件を言った。


 二人がリディアの秘密を知ってから三日が経っていたが、これといって大した行動はとっていない。

 今日から春休みに入っているのでノアールと顔を合わせたのも久しぶりだった。

 協力する(半ば無理矢理)と決めたが何からするべきか悩んでいる。


 これからのことを相談したくてここまで来た。


「わざわざ男子寮に忍び込んでまでする話とは思えないけど……。朝まで待てなかった?」

「ノアールはどう思う?」

「どうって……難しいとは思うけど。かけられた呪いが確定できると助かるかな。後は記憶が無いっていうのも魔法によるものか、恐怖からくる精神的なものなのかも調べないといけないし。後は誘拐されて連れていかれた場所が特定できたら、犯人に繋がるなにかが見つかるかもしれないし、リディアもなにか思い出すかもしれない」


 セシルは善良な意見を聞いて薄く笑った。


 ノアールは頭はいいが善人過ぎる。

 笑い方に嘲笑の色を感じ取ったのか、眉を寄せて顔を上げたノアールは左右の瞳にそれぞれ嫌悪と威厳を宿らせてセシルを睨んだ。


「……そう怒らないでくれると良いんだけど。ただノアールは全面的にリディアを信用しているんだなぁと思ってさ」

「どういうこと?それ」


 尖った声を聞きながらセシルは料理を完食して合掌すると、食器を押しやってテーブルに頬杖をついた。

 ノアールも本を閉じてこちらに向き直っている。

 読書の片手間に相手をするのを諦めた様だ。


「例えばリディアの証言。あたしは全部信じずに疑うけどね。だって考えてもみなよ。あの子の家は金目当ての誘拐も起こるほど裕福だ。それなのにそのお金を使って有名な魔法使いに呪いを解いてもらおうとはしていないみたいだし」

「それはリディアが嫌がったのかもしれない」

「どうして嫌がる?呪いが解ければ安心して生活できるのに。手に触れられるのが嫌でも少し我慢すれば元通りだ。自分で呪いを解くなんて途方もないことを考えるよりもはるかに現実的だし、早い」


 口を閉じてしまったノアールを横目で見ながら「続けるよ?」と確認すると小さく頷いた。


「それに学園の生徒は気づかないかもしれないけど、優秀な先生たちはリディアが呪われていることに気づくと思う。でも先生たちはなにもしない。まあ可愛い生徒が呪われたままでも構わないと思っているのだとしたらそれまでだけど」


 言葉を切ってセシルは立ち上がり、食器を持ってカウンターに置きに行く。

 端の方に置かれていたコップを二つ取り、水を入れてから席に戻ってノアールの前に一つ置いてから手に持っていたコップに口をつけた。


「大体呪いの内容が再会を約束するものだっていうのが考えられない。あたしが誘拐犯ならもう一度会うっていう危険は冒したくないけど。リディアの交友関係を狭める意味も解らないし」

「……つまりリディアが嘘をついている?」


 青い顔でノアールが呟くのを聞きながらセシルは意地悪く笑う。


 もちろん嘘をついているとは思っていない。

 ノアールが善良なように、リディアは良くも悪くも正直だ。

 演技ではなく本心から怯えている。


 それぐらい解る。


「違う。そう思わされているんじゃないかってあたしは思うんだけど」

「暗示!」


 はっと目を開きノアールは真っ直ぐに見つめ、さっきまでの青い顔が嘘のように頬を上気させて興奮気味に唇を震わせる。

 そうこうしている間にも彼の素晴らしい頭脳は高速で動き、思考をまとめようとしているのだろう。


「呪いより簡単にかけられるし解けると思わない?」


 セシルの問いに何度も頷きながらノアールは「でもまだ推測だし」と二の足を踏む。


「そうまだ推測。だけどその方向も視野に入れて行動していくのも必要じゃない?」

「セシル……ごめん。今まで、その……君がそこまで思慮深い人だとは思ってなかった」

「思慮深い?」


 素直にセシルを讃えたノアールに驚き、すぐに吹き出した。

「違うよ」と肩を叩いて首を振る。


 そんな良いものじゃない。


 ノアールは純粋にリディアの言葉を信じた。

 セシルは常に人の裏を考える癖がついているから信じなかった。


 それだけのことだ。


「考え方と価値観の違いってだけ」

「でも」


 納得しないノアールの真っ直ぐさが可愛い。

 そしてその弱さもまた愛しい。

 セシルには無縁の純粋さや自意識の高さは眩しい。


 それを己の中に欲しいとは思わないが眺めているのは楽しい。


「あたしノアールの甘さ好きだよ。そのままでいて欲しい」

「……甘い、かな?」

「汚れてない所が魅力なんだからさ。ノアールは」

「それ、褒めてないよね?」

「どうかな?褒めてるつもりだけど」


 小さく声を立てて笑いセシルはノアールの方を遠慮なく叩いた。

 切れ長で澄んだ瞳。細い顎ながらも頬は幼さを残して僅かに丸く美しい曲線を描いている。

頼りない長い首筋や細い肩。

 バランスよく配置されたパーツが華奢で儚い。


 セシルは力強さと、しなやかさを持ち合わせた自分の肉体や、女とも男ともつかない顔が好きだ。

だけどやはり眺めるには危うさを感じさせる方がいい。


 美しさと危うさ。


 それはまさにノアールのことのように思える。


「完璧」

「な……なにが?」


 怯えたようにノアールがたじろぐ。

 その頬を両手で挟んでからニッと笑うと「全部」と答えて立ち上がる。

 ノアールの肌は冷たく、セシルの温い掌を心地よく冷やした。

 手を放して手を振ると「帰るの?」と当たり前のことを聞いてくる。


「帰ってほしくないのならノアールの部屋に泊めてよ」

「なっ!なんでそんなこと。早く帰った方がいいよ。ほら!」


 耳を赤くしながら立ち上がるとノアールは犬を追い払うように右手を動かす。

 その様子がおかしくて無防備な左手を掴んで引き寄せるとその甲に口づけた。

 息を飲むような悲鳴が聞こえたが無視する。


「おやすみ。お姫様。呼んでくれればいつでも部屋に忍び込んであげるからね」


 女を口説くような台詞をわざと囁いて手を放す。

 「セシルっ!」と咎めるように名を呼んでノアールは距離を取るように後ろへ引いた。

 それはもっともな反応だったので満足してセシルも笑顔で後ろへ下がると背を向けて食堂を出た。


 本当に面白い。

 からかいがいのある人物だ。


「ノアールもリディも本当に可愛い」


 玄関の鍵を開けて外へと出る。

 まだ冷たい風が夜の学園には吹いていた。

 月と星の灯りが照らしている道を駆けて階段を上る。


 踊り場の手摺から身を乗り出して下を窺うと地下の演習場が見えた。

 演習場は魔方陣の下に位置していて、高い塀がそれをぐるりと半円形に囲っている。

 手摺にひょいっと飛び乗ってから眼下を眺めると、はるか下の岸壁に打ち寄せて弾ける白い波飛沫が見えた。

 視線を街の方に移動させると港に停泊している帆船と月の光を波がきらきらと反射させている美しい景色が広がっている。


 セシルの顔には自然と笑みが浮かんでいた。


「さて帰りますか」


 潮風に背を押されセシルは手摺から飛び降りて、器用に演習場の高い塀の上に着地する。

 塀の幅は十分にあるとはいえ、足を滑らせたらひとたまりもない。

 ごつごつした岩肌に叩きつけられ木端微塵となるか、海へと落ちた衝撃で内臓を潰されて死ぬか。


 死んだ者が誰かなんて誰にも解らないぐらいに粉々になるだろう。


 セシルは恐れもせずに危なげなく、支えも無い不安定な塀の上をかなりの速度で進んでいく。

 魔方陣の下を潜る時は真っ暗になるが、そんな時でも実に楽しそうに歩く。

 影から出るともうすぐそこに中庭の壁が見えてくる。


 そして女子寮の屋根も。


 噂と見栄と牽制ばかりのつまらない女の住処。

 食事も男子寮の方が美味いときたら、引っ越したいと思うのは当然だ。


「勘違い女ばっかりで反吐が出るんだけど……仕方ないか」


 壁に来る時に傍らの木に括り付けていた縄が垂れ下がっていた。

 それを掴んでひょいひょいと登ると簡単に中庭に降り立つことが出来る。

 縄はまとめて木の枝に投げて引っかけ、門番に見つからないように足音を消して中庭を南へと走った。

 階段を駆け下りて一階の物置に使われている部屋の窓から中へと入る。

 埃っぽい匂いが漂いセシルはくしゃみをしそうになるのを我慢してドアへ近づく。


 細く開けて外に誰もいないのを確認して滑るように廊下へと出ると正面の扉は寮母の部屋を確認すると扉の下から柔らかい光がもれているので中にいるのだろう。


 慎重にドアを閉めて素早く、真っ直ぐな廊下を進む。

 左手には風呂と遊戯室が並び、右手には家族が訪問した時に使う予備の部屋が三つある。

 その前を通り過ぎると重厚なチョコレート色の玄関扉と談話室も兼ねたホールへと出るのだが、そこには上級生が五人ほど座り楽しげに同級生の男子の品評会をしていた。


 くだらない。


 セシルは一瞥してからため息を吐き、階段の手摺に手を乗せて上る。

 意中の相手を探り合いながら嬌声を上げたり、冷やかしたりする言葉を背中で聞いていると気分が滅入ってくる。


 急いで頭を振って切り替えた。


 踊り場を飛ぶように曲がってリズムよく階段を駆け上がると、そのままの勢いで二階を通り越し三階へと至る。


 廊下に沿って扉がずらりと並んでいるが女子寮は男子寮と比べて人数が少ない。

 それは全校における男女比の問題もある。

 やはり娘を魔法学園へと通わせる家は余程裕福か、子供が強く望んだか、または才能があるかだ。


 女は勉学よりも器量を磨き良き妻と成れという風習は根深い。


 廊下は静かで時折密やかな声を交わす会話が扉の向こうから聞こえるのみだった。


「おかえりなさい」


 自分の部屋の扉を開けた途端にかけられた声に驚いた。

 それは背後からではなく正面から。

 つまり部屋の中から放たれた物だった。


 初めて見る顔の少女がこちらを見て微笑んでいる。

 素早く二段ベッドの下に目を走らせるとそこには大きく膨らんだ鞄が二つ並んで置かれ、畳まれた布団が載っていた。


 上段に目を向けるとそこは変わらずセシルの気配を残した寝具があった。


「初めまして。今日からしばらくお世話になります。フィリーです」


 ぺこりと頭を下げる少女の肩から細い三つ編みが落ちた。

 フィリーと名乗った少女は顔を上げると、入口で動かないセシルを怪訝そうに見つめる。

 その瞳は灰色がかった紫色で目尻が少し下がっているが、眉が薄いせいか冷たい印象がした。

 だが薄く小さな唇や小振りながらも形の良い鼻がそれを緩和させ、痩せすぎに見える体をハイウエストのふんわりとしたワンピースが隠してくれている。

 身長はセシルと変わらないか少し高いぐらい。


「聞いてないけど。なにも」


 確かに部屋は二人部屋だが今まで一人で使っていた。

 次の新入生が入ってくる頃には同室になるかもしれないと聞いてはいたが、こんなにも早くルームメイトが現れるとは思ってもいなかったし、前もって知らされてもいない。


「私下宿先から追い出されてしまって……。学生課に問い合わせたら寮が空いているから使っていいって言われて。甘えることにしたの。だから突然で……ごめんね」


 上目遣いで謝られてセシルはがっくりと肩を落とした。

 まさか一緒に暮らす相手がこんなにも女を売り物にするような少女だとは。


 まさにうんざりだ。


「あ、そ」


 短く答えてセシルは扉を閉めると窓際に並んだ机の前に行き、右側を指して「こっちがあたしのだからあんたは左」と教える。

 それから机の横に置いてある箪笥から無造作に着替えとタオルを取り出すとブーツを脱いで部屋履きに変えた。


「お風呂に行くの?」


 聞かれて更にげんなりとした。

 女の子特有のなんでも一緒に行動したがる病気かと舌打ちしたくなるのを我慢して「一緒に行く?」と聞いてやる。

 これから一緒に生活するのだから少しは友好的な態度を取らなければならないだろう。


「ううん。私は後にする」


 だが以外にも答えは違った。

 拍子抜けしたセシルにフィリーは笑って「あなたの名前を聞いてないわ」と人差し指を向ける。

 そうだったと思い至って「セシル。セシル・レイン」と名乗ってから扉を開けて外へ出る。

 閉める時にちらりとフィリーの顔を窺うと手を振って送り出してくれた。

 なんだか妙なことになったという気持ちと、これからの日々に暗雲が立ち込めた様で浮かない気分になる。


「やっぱり男子寮に引っ越したい」


 ため息混じりに呟いてから諦めて風呂へと降りて行った。



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