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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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ラティリスの毒⑧


 闇の中に浮かび上がる虹色の小さな光を見つめながらリディアはゆっくりと数を数える。

 六十まで数えた後で掌を合わせ、そこに魔力を溜めていく。

 見えない光の種と繋ぎ合わせて、混ぜ合わせて命を吹き込む。

 そうすると手の中からふわりと新たな光が舞う。


 ベッドの上で膝を抱え飽きもせずに同じことを繰り返しても光の球が五個以上になることはなく、リディアの魔力では灯りの魔法も長続きはしないので部屋いっぱいを明るくすることは難しい。


 長年苦しんできた暗闇への恐怖はそう簡単に消えるわけもなく。

 前ほどではなくなったという自覚はあるけれど、慣れ親しんだ家でも無く知らない土地でひとり眠ることはやはり心細く恐かった。


 せめてセシルが一緒だったら良かったのに。


「……どうしてるかな」


 どの辺りまで追いついてきているだろうか。

 早く会いたいと強く思う。


「リディア様。起きていらっしゃいますか?」


 微かなノックの後でジェンガの声がドアの向こうから聞こえてきた。

 なにかあったのだろうかとと不安になったが、彼女の声に切羽詰った物が無かったのでベッドから降りて鍵を開ける。


「夜分遅くに申し訳ありません」


 ジェンガは夜中だというのに蜂蜜色の髪を綺麗に纏めていた。

 着ているのは寝間着だったが、寝ていたわけではないだろう。

 手には燭台を持っている。


「なにかあったの?」

「いえ……そういうわけでは」


 言葉を濁してジェンガはリディアの部屋の中を窺うようにする。

 不思議に思い視線を辿るとベッドの上で魔法の小さな灯りが四つ浮かんでいるのが見えた。

 ここから見ると闇の中にぼんやりとベッドが周りから浮かんでいる。

 離れて見ている方が明るく感じた。


 ということは。


「ごめんなさい。もしかして灯りが漏れてた?」

「はい」

「じゃあ心配して来てくれたの?」

「はい」


 頷いたジェシカの心遣いが嬉しくて「ありがとう」と感謝する。

 すると彼女は小さくはにかんで、いいえと首を横に振る。


「眠れないのですか?」

「えっと……うん。そう」

「それではもし宜しければ一緒にお茶でもいかがですか?」

「お茶?」


 唐突な誘いに驚く。


「はい。心を鎮めて眠りを誘う効果のあるお茶をご用意しますよ」

「でも……」


 ジェンガはルーサラの侍女なので泊まっているのは一緒の部屋だ。

 一緒の部屋といっても二間ある方の小さい控えの続き部屋に寝室はあるはずなので彼女の部屋に行くにはルーサラの部屋を通らなくてはならない。


 リディアの戸惑いを見抜いてジェンガがふんわりと微笑む。


「ルーサラ様がもし眠れないのでしたら是非にと」


 安心させる言葉と笑顔に断る理由を見つけられずに頷いた。

 それではと燭台を手にしたジェンガが先を歩き、その後に続く。


 突きあたりの部屋のドアの下からオレンジ色の灯りが廊下へ漏れている。

 リディアの作るささやかな灯りではこれほど漏れてはいなかったと思うけれど、振り返って見ると確かにドアの下から微かな灯りが見えていた。


 虹色に輝くせいで光源の元が分かりにくく「なんだろう?」と思われても仕方が無いかもしれない。


 ノックをするとルーサラの穏やかな声が返ってくる。

 ドアを開けてから横に身を寄せて、ジェンガは先にリディアを中へと誘った。


「あの、こんばんは。夜遅くにお邪魔しても大丈夫?」

「大丈夫もなにも。こちらがお誘いしたのに。ここへどうぞ」


 ルーサラは腰かけていたベッドから立ち上がり、部屋の中央にあるテーブルへと自らも移動する。

 リディアも遠慮なくテーブルに歩み寄り腰かけた。


「若いお嬢さんを夜遅くに部屋にお誘いするのは、ちょっと気が引けたのですが。好奇心が先立ってしまいました」

「好奇心?」

「そう。どうしても虹色に輝く光の原因を知りたくて。もし妙な噂が立てられてしまったらリディアの尊厳の為にも誤解は解かせていただくので安心してください」


 ルーサラが微笑みながら変なことをいうので「妙な噂?」と聞き返す。


「はい。若いお嬢さんが男の部屋に夜遅く入って行ったという外聞の悪い噂です」

「!?そんな噂たったらルーサラさんの方が困るよ!わたし部屋に戻る」


 慌てて立ち上がりかけたリディアの腕をそっと押えてルーサラは優しく宥めてきた。

 すみませんと謝られて更に訳が分からない。


「大丈夫ですよ。そういうことにはなりませんから。ただ。リディアがあまりにも警戒心無く誘いに応じてくださったので、これからは少し自覚して頂きたいな、という老婆心です」


 みんなから自覚が足りないといわれ続けているこの旅で、一番納得のいかない自覚を求められた。

 驚き、呆れたが、目の見えないルーサラにはリディアの容姿が子供にしか見えないのだということも分からないのだと気づく。


「わたしみたいな子供に変な気を起こす人なんかいないよ。ルーサラさんは見えないだろうけど、わたしを見て誰も今年十六歳になるなんて思わないんだから」

「リディア。私は目が見えませんが貴女が魅力的なレディであることは分かります。ジェンからも可愛らしいお嬢さんだと聞いていますし」

「そんなこと」

「ありますよ」


 やんわりとした言葉はお茶の準備を整えて戻ってきたジェンガの物だった。

 いつも控えめな侍女がルーサラと会話をしている途中で口を挟むのは珍しい。


「御自分のことほど分からない物です」

「わたしよりヘレーネの方がよっぽど綺麗だし、女らしいよ」


 容姿も仕草も、言葉遣いも。

 完璧とさえ思える。


 あんな風になりたいかと問われれば、なれないし、なりたくはない。


 セシルがいってくれたようにリディアにしか無い物を大事にして素敵な女性になりたいけれど。


「私には見た目で判断する事はできません。得た情報を基に自分の中で考え想像することそれだけです。だからこそどんな状況でも輝く未来を心に描くことができる。見えないからこそ、私は信じることができるのですよ」


 見えないからこそ信じることができる。

 なんと心強い言葉だろう。


 リディアは見えることでなにも見えていないのに。

 現実も自分のことも。


 ルーサラはどうしてこんなに強いのか。


「実は私は目が見えない事に感謝しているのです。自分がどんな顔をしているか分からないから、必要以上に飾る必要も無い。ありのままの自然な姿でいられる。勿論人の手を借りなければ出来ることなど限られています。ですがそれは目の見えている者でも同じことです。人はひとりでは生きていけない。誰かに助けられ、支えられて生きている」


 ジェンガがチョコレートを添えた茶器をテーブルに乗せる。

 甘い香りとお茶のすっきりとした匂いを鼻で楽しんでルーサラは一旦言葉を止めお茶で喉を潤し――ジェンガへ笑いかけた。


「私はデュランタをひとりで治めているわけではありません。ジェンや、他の信頼できる者達に支えられてなんとかやっています。みんなの力でより良い街をと励んでいるから、リディアにデュランタの住民がとても幸せそうだったといってもらえて心から嬉しかった」

「そんな……だって本当にそう感じたから」

「これからもそう感じて貰える様にみんなで頑張ります。ジェン大変だと思うけどこれからも私を支えておくれ」

「喜んで」


 淡い紫の瞳を潤ませてジェンガは恭しく頭を垂れた。

 ルーサラがひとつ頷いてリディアを向く。


「卑怯者なのですよ、私は」

「え?」


 ルーサラと卑怯者ほど相容れない物は無い。

 そんなことは無いと首を振り言葉を継ごうとしたが笑顔でそれを制される。


「見えない事を理由に見たいものしか見ないし、信じたいことだけを信じるような男です。もし今、目が見えるようになったら現実と自分の中の世界との違いに絶望してしまう。私の中には美しく色鮮やかな理想の世界が広がっていて、それを手放すぐらいなら私は見えないままでいたいのです」


 秘密を囁くようにして低めたルーサラの声をよく聞こうと顔を近づけていたリディアはふふっと思わず吹き出した。


「それ、ぜんぜん卑怯なんかじゃないよ」

「そんなことはありませんよ。では卑怯ついでに虹色の光の正体についてお聞きしても?」

「ああ、あれは」


 ルーサラの興味や好奇心を誘うようなたいした物ではないので逡巡していると、ジェンガが「美しい魔法の灯りでしたよ」と種明かしをする。


「魔法?練習かなにかかな」

「練習、もあるんだけど……。眠れなかったから、眠れるように。心が落ち着くように作ってただけ。そのうち疲れて眠れるから」


 魔力が尽きれば疲れ果て自然と寝てしまう。

 強制的に眠るための手段。

 恐怖に打ち勝つにはリディアはまだまだ未熟すぎる。


「それは……眠れない理由がある?」

「……あります。でも、それはちゃんと受け入れて、乗り越えたいから。今、努力中なの」

「私になにかできることはありませんか?」


 助力をすること、手を差し伸べることをなんのてらいも無くできるルーサラの、懐の深さに驚かされ感謝する。


 でも。


「過去は消えないけど、わたしそれを赦せるような人になりたい」


 それだけは胸を張って答えられる。


「誰か赦したい方がいるのですね」

「そして赦して欲しい人も」


 ルーサラのように強くなれるだろうか。

 言葉を伝えらえるようになれるだろうか。


 なりたい自分へ近づけるように、この旅でなにかを掴みたい。

 目には見えないなにかを。




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