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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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ラティリスの毒③



 昼に到着した船を下りて、出迎えてくれたルーサラは優しい微笑みを湛えて歓迎してくれた。

 傍に控えている侍女のジェンガは慎ましく膝を曲げて挨拶をし、先に立って道を案内してくれる。

 活気のある市場、宿屋や飲食店の並ぶ賑やかな通り、華やかな店構えの服飾店。

その辺りに来た時突然セシルが別行動するといい始め、リディアはごねたがドライノスからの頼みだ からといわれれば頷かざるを得ない。

 ルーサラがなにごとかをジェンガに耳打ちをし、彼女がそっと離れたと思ったら若い男の人を連れてすぐに戻って来た。

 その手に柔らかそうなマントを持っている。


「セシル様。こちらは騎士をしておりますケインと申します。どうかお連れになってくださいませ」


 名前に様をつけられてセシルが腕を擦って渋面になる。

 紹介された白い騎士服を着た爽やかで格好いいケインという名の騎士は胸に手を当てて会釈し「ケイン・パスグラスです」と明るく笑って名乗った。


 良い人そうだし、騎士が一緒ならばセシルをひとりで行かせる不安も消える。

 ほっと安堵したところでセシルが首を振って断固として拒絶した。


「冗談じゃない!ひとりで大丈夫だから」

「だめだよ。ひとりで行くんだったら、わたしがついてく!」


 邪魔だといわれようともセシルがたったひとりで離れていくのは怖かったので、意地ででもついていこうと背負っている荷物をがしっと掴んだ。


「リディには無理だ」

「無理でもだめ。ひとりでなんて危なすぎる」


 簡単に無理と言い渡されてリディアは少し心が沈む。

 女の子がひとりで森を歩くなんて考えられない。

 しかも知人が殆どいないといっていいほどの場所でだ。

 だがリディアの心配をセシルは鼻で笑って荷物を握っている手をそっと放す。


「危ないって……子供じゃないんだし」


 言外にリディアの子供っぽさを揶揄されてついついカッとなる。


「そうじゃなくて、なにをしでかすのか分からにから危ないっていってるのに!」

「そんなに心配?こんなとこまできて変なことしないってば」


 だから必死で言い募って個人行動をさせないように頑張る。

 見守っているヘレーネがしょうがないわねといいたげに苦笑したのが目の端に映った。


「騎士様が嫌ならライカを連れて行く?」

「おい。勝手に決めんな」

「どっちもいらないって!」


 多勢に無勢でセシルはとうとう叫んだ。

 そこへすかさずルーサラが口を挟む。

 その口調は柔らかく無理のない自然な物だった。


「セシル殿。どうか連れて行ってくださいませんか?弟の大切な友人になにかあっては困ります。そうでなければ“冬の森”へと向かう許可は出せません」

「ちょっと。脅し?」

「セシル殿どうか」

「止めて!その呼び方。気色悪くて痒くなる!」

「それではケインをお連れに?」

「――――!分かった。連れて行く。だからその虫唾の走る呼び方は金輪際止めて」

「分かりました。それではケイン失礼の無いようにね」

「承知いたしました」

「セシルも気を付けて」


 にこりと微笑むルーサラにセシルは深いため息をこぼす。

 そしてジェンガからマントを渡されてさっと羽織り「行ってくる」と言い捨てて街の外へと向かって歩き出した。

 「行ってまいります」と丁寧に挨拶をしてその後を騎士が追う。


 二人を見送ってから役所を管轄する建物の前を通り、瀟洒な館へと辿り着くと中へと招き入れられた。

 美味しいお菓子とお茶を御馳走になってから、準備が整ったルーサラと共に馬に乗りディアモンドを出発した。


 移動が馬車ではなく馬なのはリディアの我儘だ。

 一応他の人達には馬車を使うようにと勧めたが、女子であるリディアが馬で移動するのに男が馬車とは流石に厭な顔をされてしまった。


「リディアは乗馬が上手ね」


 馬が歩む心地良いリズムに揺られているとヘレーネが褒めてくれた。

 リディアが騎乗しているのは葦毛の雌で鼻の所に白い星がある。

 穏やかな黒い瞳が可愛い。

 彼女は性格がおっとりとしているのか、物珍しくてキョロキョロして落ち着かないリディアの体重移動にも耐えて寄り添ってくれている。


「フォルビア候の領地が名馬を育ててるからか?」

「うん。お祖父さまの領地に夏遊びに行くと馬に乗せてもらえるの。だからこれだけはちょっと自信あるんだ」


 運動神経の鈍いリディアが唯一自慢できるのが乗馬だった。

 早駆けも、障害物を飛び越えることもできる。

 走らせると風景が色を滲ませてあっという間に流れていくのが楽しかったから、滞在中はずっと馬に乗り出かけていた。

 祖父は王都に詰めており、領地は祖母であるフィアナが護っているが祖母は意外と手堅く商売人で、領地の運営を滞りなく治めていた。


 離れていてもお互い大切に想い合っている二人はリディアの理想でもある。


「ヘレーネも上手だね」

「ありがとう」


 優雅に微笑むヘレーネは船を下りる前にいつものドレス姿になっていた。

 乗船中は珍しくズボン姿で、どこか寛いだ様子に見えたからまた窮屈なドレスを着ているのが苦しそうに感じる。


 男であることを隠さなければならない事情。

 一体どんな事情なんだろう。


 好奇心と興味はあるが、聞いたら後には引けなくなることが解っているから恐い。

 だから知らないふりをして、今まで通り付き合っていた方が楽しいしお互いに善いことなのだ。


「リディアはフォルビア侯爵のお孫さんになるのかな?」


 ルーサラは目が見えないのにこちらをちゃんと見て話す。

 声の聞こえる方向を常に意識していないとできないだろう。 

 セシルと同じように名前を呼び捨ててもらうように頼んだので彼はリディアと呼んでくれている。

 貴族として育てられ、名乗っているルーサラに“殿”とつけられて呼ばれてはどうしていいか分からなくなるから。


 祖父は貴族だがテミラーナ家は少し裕福なだけの一般市民である。

 丁寧な扱いは居心地が悪く、また柄じゃない。


「母の出がフォルビア家なの」

「確かフォルビア候には御息女がひとりしかいらっしゃらなかったはず」


 その通りだ。


 母であるサーシャは本来ならば婿養子を取り、フォルビア家を存続させなければならなかったはずなのに。


 父エディルと出会い恋におち家出した。

 古い歴史を持つ侯爵家を捨てて。

 大恋愛の末の出奔。


 父と母は好きだがもっと方法は無かったのかと思うと腹も立つ。

 祖父も祖母も優しく、思慮深い人たちだ。

 だからこそそんな二人を悲しませてまで駆け落ちした両親がどうしても理解できない。


「お祖父さまは尊敬できる方だけど、娘の育て方は失敗したんだろうな」

「自分の母親だろうが?」

「自分の母親だからだよ」


 ライカが怪訝そうに首を捻る。

 だが一番身近な同性である母親が理解できない気持ちは男であるライカには解らないだろう。


 もやもやとした物が胸を苛み、相対することで消化されずに更に苛立ちを生む。

 かけられる言葉を素直に受け入れることができない。

 忠告も、注意も。

 優しさでさえ鬱陶しく感じる自分が、本当に嫌な人間になったようで苦しいのに。


「大人には大人の事情があるんだわ。それに親だって若かった頃があるんだから過ちも、間違いもするのよ」

「…………分かってはいるけど」


 頭では分かっているのに、感情が分かりたくないと拒んでいる。

 納得したくないのだ。


「反抗期だな。こりゃ」


 子供の癇癪だといわれてリディアはむっつりと黙り込む。


 前方から大きな荷馬車がやって来て通り過ぎた。

 その荷台に沢山の荷物を載せて、周りを馬に乗った護衛が固めていた。

 ラティリスで商品を買い付けて帰るのだろう。


 アリッサムで聞いた税について思い出し、ちらりとルーサラを見る。

 彼は視線に気づいたのかこちらを向いて微笑んだ。


「どうしました?」

「あの。えっと。アリッサムでは積み荷に税をかけて取るって聞いて。デュランタではどうなのかなと」


 誤魔化すのも違う気がして、知らないよりは知っていた方が良いだろうからと尋ねた。

 アリッサムでも軍船や税について知らなかったのはリディアだけだったので、少し反省して一般的な知識も得ようという気持ちになっている。

 実際に治めているルーサラに教えてもらえるならすごく勉強になるから。


「デュランタでは積み荷に税はかけません。妙な物を持ち込まれては困るので、一応積み荷の内容申請書を照らし合わせての確認はしますが、それだけです」

「取らないの?」

「デュランタに寄港する船はアリッサムから来ます。御存じの通りアリッサムでは高額の税を徴収されていますから、デュランタでも税が加算されると商人たちは商売に旨味を見出せずに、ラティリスの商品の買い付けを断念するでしょう。それでは困ります。ラティリスの商品は高額です。その分アリッサムで科せられる税も高くなる。ディアモンドに持ち帰り、取られた税と利益を加えた金額でもラティリスの宝飾品や美術品を欲しがる貴族も富裕層も多い魅力的な商品です。自信を持っているからこそ、多くの商人に来て欲しい。だからこそ税はかけません。ラティリスの為にも、商人の為にも」

「ラティリスと商人のためにも……。そうか。だからデュランタの人たちはあんなに幸せそうだったんだね」


 明るい朗らかな満ち足りた住民の顔は、ラティリスだけでなく買い付けに来る商人のことまで考えるルーサラが治めているからこその笑顔。


「幸せそうに見えましたか?」


 己の目では見えない住民の顔や街の姿をどうやって思い描きながら治めているのか。


「とても幸せそうだったよ」


 少しでも伝わればいいと心を込めて伝えると、ルーサラは穏やかな微笑みで嬉しそうに「ありがとう」と囁いた。



 日暮れ前に着いたゴーグという小さな村で宿を取ることになった。

 麦の畑が広がり、その周りに赤茶色の屋根の可愛らしい家が身を寄せ合うように建っている。

 犬が走り、それを追って子供たちが駆けていく。

 家々の煙突から夕食の用意をしている良い匂いが漂っていた。


 宿は一軒しかない。


 ジェンガがひらりと馬から降りると宿の入り口に声をかけた。

 すぐに主人が駆けつけ、後から少年も出てきてジェンガの乗っていた手綱を預かる。

 主人はルーサラが降りるのを少し離れて待ち「お預かりします」と恭しく手綱を受け取った。

 ライカはさっさと飛び降りて自分で手綱を引き視線は油断なく辺りを見渡しつつも注意は常にヘレーネの元にある。


「セシル……大丈夫かな」


 来た道を振り返り別れた友人を思う。

 リディアが心配しなくてもセシルは平然と森を行き、頼まれた植物を手に入れ後を追ってくるだろう。


 それがまた悔しくて。

 後ろ髪をひかれる思いを抱いているのはリディアだけなのかと思うと複雑で。


「リディア。手を」

「え?」


 声をかけられて驚くと傍にルーサラが立っていた。

 白い手が差し出されているのを見て目を丸くすると促すように頷かれた。

 乗馬に慣れているリディアは馬から降りるのに手を借りる必要は無い。


 そういえばディアモンドで馬に乗る時にさりげなく手を添えて助けてくれたのもルーサラだった。


「大丈夫なのに」

「急がないと暗くなりますよ」


 差し出された手が引くことはないようだ。

 仕方が無いので向こう側にある足を鐙から外して鞍を跨いで横座りになる。

 まるで見えているかのように両手が腰を支えるので、体重を預けるようにして滑り降りた。


「ありがと」

「どういたしまして」

「紳士的なんだね」

「普通ですよ」


 にこりと笑うルーサラを見上げて苦笑いを浮かべる。普通の人はさりげなく手を貸すことなどできない。

 あまりにも自然すぎて、断る方が間違っていると思わせるぐらいの雰囲気である。


 育ちの違いかもしれない。


 しかもリディアの荷物は馬を厩舎に連れて行った後の少年が下して中へと運んでくれたりするのでなんだかひどく居心地が悪い。


 もぞもぞしているとジェンガが「風が冷たくなり始めたので中へ」と笑顔で勧める。

 ルーサラが侍女の後ろを危なげなく歩いて行くのを見て、本当に見えてないのかと疑いたくなった。

 宿屋の前の階段も、扉の敷居も引っかからずに進んで行く。

 日常生活に不都合など無いように見えた。


「素敵な方ね。ルーサラ様は」

「なんだか住む世界が違う人って感じ」


 ヘレーネが微笑んで未だ戸惑っているリディアに近づいてくる。

 正直いって不相応な対応はやはり落ち着かず、セシルの言葉を借りるなら「気色悪くて痒くなる」といった所だ。


「人徳者だと聞いていた通りの方で安心した」

「ヘレーネは顔が広いんだね」

「どうして?」

「噂話に精通してるから」


 きょとんとしていた顔に理由を明かすとヘレーネはすぐに破顔した。

 まるで花が咲いたような美しい顔にリディアは照れて目を反らす。


「ディアモンドは王都だから、あちこちから噂話が集まって来るのよ。顔が広いからじゃない。注意してちゃんと耳を澄ませていたらリディアにも聞こえてくるわよ」

「そうか。やっぱりわたしが興味無かったから色んな噂話も右から左に流れて行ってたのか……。セシルも耳を澄ませてるのにね」

「セシルは……ちょっと違うかも」

「違うの?」

「あの子は聞きたくなくても耳に入ってくるって感じかしら」

「……ヘレーネの方がわたしよりセシルのこと知ってるんだね」


 その事実が胸に痛い。友達のことなのにリディアはセシルのことを詳しくは知らないのだ。


 聞きたくても聞けない。

 セシル自身のこと。


 ヘレーネは知っているのかもしれない。

 きっとリディアよりは分かっている。


 自分のことも解らないお子様なリディアには、母親すら理解できず、友人の過去も恐くて聞けない。


 セシルがリディアにも良い所がいっぱいあるといってくれたが、それを見つけることができない。

 文句をいう前に自分をもっと見てみろといわれても、目に見えるのは心も世界も狭い小さな人間。


 なにも知らない愚かな子供。


「リディア。セシルは貴女を大切に想ってるのよ。それだけは真実だから」


 励ますようにいわれ、リディアは眩暈がした。

 そんなことまで教えてもらわなければセシルを信じられないと思われているのか。


「こんなわたしを大切に想ってくれることに感謝しなきゃね」


 そういえば自分のどこを気に入って友達になってくれたのだろうか。

 クラスの中でセシルが興味を示すのはノアールとリディアだけだ。

 今まで考えたこともなかったが、不思議と選んでくれたということに救われた気がした。


 このままだと呆れてセシルは離れていってしまうかもしれない。

 変わらなければ。


「やっぱりこっちはさみぃな」


 ライカが肩を竦めて戻って来たので三人で中へと入る。

 気遣わしげなヘレーネに大丈夫だと笑いかけて、自分を見つめる努力をしようと心に決めた。



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