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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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ラティリスの毒①


 港街デュランタから屋敷のあるラティリスまで馬車で二日。


 馬車の窓から外を見ると切り立った岩山が見えてくる。

 薄らと雪を纏い筋状の雲に覆われているセクト鉱山の標高は高く、この山を越えて向こう側へと行くことはできない。


 向こう側は隣国ナクヤ。

 軍国主義を貫く彼の国はラティリスよりも更に北に位置し、横に長い国土の所為で資源が少ない。

 一年中寒く、痩せた土地には作物が育ちにくい上に木材になる樹木も細く、森林と呼べる物が僅かしかないから、暖を取るのにも苦労していると聞いた。


 ナクヤが餓えずに生き抜くためには豊かな国土が必要だ。

 まずはナクヤの南にあるショーケイナ王国へと進軍を開始したのは八十年も前のこと。


 フィライト王国は片方を海に、片方を三つの国と接している。

 北をナクヤ、北東をショーケイナ、東にキトラス。

 ショーケイナが落ちれば、そこで満足できずにナクヤはフィライトとキトラスも手に入れようとする。


 そこでフィライトの王はショーケイナに手を貸し、ナクヤを自国へと押し戻した。

 現在はフィライトとショーケイナが物資を援助することで停戦という形をとっているけれど、ナクヤの国民も王も燻り続ける豊かさへの渇望に目をぎらつかせて隙あらば攻め入ろうと軍事力強化に力を入れているらしい。


 越えられないと思われているセクト鉱山を、いつかナクヤの兵が踏破し責めてくるかもしれない。


 そんな時の為にラティリスは騎士隊を随所に派遣している。

 その騎士隊を運営し支えているのもセレスティア伯爵だ。


 工房から立ち昇る煙と煙突が丘の向こうにぽつりぽつりと見え始め、登りきった頃にはその周囲に広がる街並みとそれを囲む石の堅牢な壁がノアールの視界に映る。

 そして最奥にセクト鉱山の一部のように、まるで砦のような佇まいの屋敷が現れた。

 山から吹き下ろされる冷たい風にはためいているのは盾と百合の意匠が描かれたセレスティア家の紋章。


 いつ見ても威圧的で息苦しい。


 帰ってきたのだと懐かしむより、父と顔を合わせるのだと思うとただただ気が重く胃の辺りがしくしくと痛む。

 ディアモンドにある繊細で美しいブリュエ城を知ってからは余計に故郷の屋敷が陰鬱で無骨な物にしか見えない。


 馬車は外門を通り街の中へと入って行く。

 歩いているのは買い付けに来た商人の姿が多く、住民たちは時折姿が見えても目的地へと足を急がせ脇目も振らない。

 デュランタの明るい表情と活気を感じた後でラティリスに来ると暗く余裕の無い静かな街としか映らなかった。


「相変わらずだな」


 こういう所も故郷を忌むひとつの理由にもなっている。

 冬の寒さが厳しい上に五カ月も続くのだから、人々が通りを歩くときに険しい顔をして真っ直ぐに行くべき場所へと早足で移動するのは仕方が無かった。

 色が白く整った顔立ちの者達が顔顰めていれば尚更冷淡で酷薄そうに見える。

 しかも早口で喋るので、余計に余所から来た者には愛想無く感じるだろう。


 馬車が屋敷へと続く坂を上がりはじめる。

 その坂はゆっくりと蛇行しており、街の様子を睥睨しながらやがて屋敷の重厚な門へと辿り着く。


 色が無い。


 ふと街全体が暗く沈んでいるように見えた原因に気付く。

 どの建物も石で建てられている上に屋根の瓦も黒や灰色が多い。

 整備された道も石畳。人々が着ている服も落ち着いた色ばかりで、明るい色を着ているのは外から来た商人ばかりだ。


 なんだか閉鎖的に見える街に違和感を覚える。

 ラティリスは鉱山から採れる上質の鉱石と、それを使用し加工した宝飾品、美術品を商人に売ることで生計を立てている。


 開かれた街として存在しているはずなのに。


 馬車が止まり、御者が門番にノアールの名前を告げる。

 窓から中を窺って顔を確認すると門番の若い男が胸に手を当てて一礼した。

 ノアール自身は男の顔等知らないが、むこうは知っているらしい。


 当然といえば当然か。


 セレスティア家の子息の顔を知らない者がこの屋敷にいるとは思えない。

 ノアールは屋敷に仕える人達にあまり興味を持たずに生活していた。

 広い屋敷を維持するには多くの者達の力がいる。

 いちいち全員の顔と名前を覚えるのは面倒で、またその必要も無かった。


 ノアールは好きな勉強や読書ができればそれで良かったから。


 身の回りの世話をしてくれる数名の名前と顔さえ分かっていれば不都合はない。


「お帰りなさいませ。ノアール様」


 柔和な顔で出迎えてくれたのはメイド長のテレサ。

 そしてその隣で「お待ちしておりました」と恭しく礼をするのは執事のモリスン。

 ふたりは長くセレスティア家に勤めている。


 この屋敷で信じられるのは彼らだけだ。


「元気そうだね」

「変わらずこうしてノアール様をお迎えでき私は幸せでございます」


 ふっくらとした身体つきのテレサは所作も柔らかく一年前と同じように安心感を与えてくれた。

 茶色の髪は白髪が混じっているが豊かで、きっちりと纏め上げられている。

 同じ色の瞳も目尻の皺は目立つが、澄んでいて美しい。


「長旅のお疲れもあるでしょう。旦那様から今日はゆっくりお休み頂くようにと仰せつかっております」

「うん。……正直今日は父上と会いたくはなかったから助かる」

「まだ旦那様が苦手でございますか」


 モリスンは苦笑して扉を開け、ノアールを中へと誘う。

 外のひんやりとした風が遮られ、温められた空気が身体を解す。

 一年も留守にしていたのに屋敷の匂いは変わらず、調度品も寸分変わらない場所に置かれているのを見るとまるで時が止まっていたのではないかと疑いたくなる。


 藍色の絨毯が敷かれた床。

 寒さを凌ぐための分厚い窓。

 圧迫感のある石の壁。静かな屋敷は息をするのも躊躇われる。

 多くの者が働いているのにその気配が無いのは気味が悪い。


 ここにリディアとセシルが来るのか。


 そしてヘレーネとライカも。


 そうしたら少しはこの屋敷も明るく色づくかもしれない。


「モリスン。三日後にディアモンドから友達が来る。大変だけど頼むね」

「おや。珍しいですな。ノアール様の御友人が訪ねて来られるとは。このモリソン張り切ってご用意させていただきます」


 年を取ってもすらりと伸びた背中と、後ろに撫でつけられた髪は隙が無く頼もしい。

 整えられた髭の下の唇が微笑み丁寧なお辞儀をして見せる。


「デュランタへお迎えを?」

「必要ない。ルーサラ兄さんが出迎えてくれるようになってる」

「ルーサラ様ですか。もうお会いになられたのですかな?」

「うん。デュランタは賑やかな街になってて正直びっくりした」

「ルーサラ様が治めておられるのですから当然でございますよ」


 テレサが胸を張って自慢げにするので、ノアールは眉を下げて苦笑する。

 彼女はルーサラの目が見えないことで、実力を問題視する親戚たちに腹を立てているのだ。

 だからこそルーサラの功績を当然だと誇らしげに口にし、態度に表す。


「友達と一緒に兄さんも屋敷に戻るっていってたから忙しくなるよ」

「それは楽しみです」

「フィリエス様も明後日には御到着の御予定でございますよ」


 胸がしんと冷たくなる。

 ノアールの帰省に合わせて屋敷に後継者候補が集まる。

 セレスティア伯爵である父が呼んだのだ。


 つまり誰が跡を継ぐのか。

 ここで決まるのかもしれない。



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