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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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船旅⑦


 早朝の甲板には人気が無く、船員達の姿も少ない。


 ディアモンドは南に面して開港している。

 陸地を右手に南海を西に向かって進み、西の先端に立つ賢者の塔を遠くに見ながら旋回するまで一日半を要する。

 そこでようやく西海へ入り帆に風をいっぱいに孕ませることで速度が増すのだ。


 王都から賢者の塔までの距離の倍以上あるのに、賢者の塔からラティリスの港まであと一日半で到着するというのだから魔法の力と風の威力は恐ろしい。


 しかも途中で軍港として栄えているアリッサムへと寄港するというのだから本当に恐れ入る。


 今はまだ魔法の力と微力な風で前進している船だが、昼頃には賢者の塔を超え西海に入り、夕方にはアリッサムに着く。


「早いのね」


 船縁から身を乗り出し海鳥が狩りをするのを眺めていると背後から近づいてきた気配が挨拶をしてくる。


「あんたもね」


 振り返らずに返事をするとヘレーネは隣に立ち同じように海を眺めた。

 波を掻き分けて進む船が立てる白波が朝日を受けて輝く。

 海鳥が滑空し海面ギリギリを掠め、再び空へと舞いあがった時には嘴に魚が銜えられている。


「護衛無しでうろうろしてて大丈夫なの?勝手に歩き回ってたらライカが困るよ」

「……ライカは護衛じゃないわ」

「じゃあ友達?」

「そうでありたいと思ってる」


 美しい眉を切なそうに寄せて儚い願いを口にする。

 今日は長い髪を高い位置でひとつに結び、華やかなドレスではなく仕立てと生地の良い衿の詰まったシャツを着て、凝った刺繍の入った瞳と同じ色のベストを着ていた。

 そしてスカートではなくズボン姿で膝までのブーツを履いている。


「珍しい」


 そんな格好をしても美少女然とした容姿は揺らがない。

 だが当然ながら胸の膨らみも、女性的な柔らかい線も無い。

 尻も小さく、腿も細い。

 立ち居振る舞いは女性的なのに、そこには一切女の匂いを感じさせない違和感が目を惹く。

 そして男なのか女なのか解らない危うさが好奇心をそそられる。


「逆効果だよ」

「でもこっちの方が動きやすいから」


 肩を竦めたその仕草も可愛らしくてセシルは笑う。


「護れる自信ないな。だって目茶苦茶にしてやりたいって思うもん」

「護ってもらう必要ない。これでも少しは戦えるんだから」


 唇を尖らせて拗ねる顔もまた可憐で、男にしておくのは勿体無いと心底思う。

 いっそ男でもいいから自分の物にしたいと思う邪な男がきっと沢山いるに違いない。

 不憫だが美しく生まれた我が身を呪うしかないだろう。


「知ってる。保管庫と、あと昨日ライカにやられたし」


 顔を強張らせてセシルを眺め慎重に声を紡ぐ。


「ライカになにかされたの?」

「そうだ。ヘレーネからもいっといてよ。力加減間違えるなって。乱暴なのが好みでも、こっちはそういう趣味ないのに」

「俺も無いって昨日いっただろうが」


 やはり気配も足音もさせずに何時の間にか現れたライカが渋面で反論する。

聞きようによっては誤解されそうな会話に、ヘレーネが戸惑いながらもそこに甘い空気が無いのを感じ取り微苦笑した。


「心配すんな。少し手解きしてやっただけだ」


 言い訳をヘレーネに向かってしているライカの横顔を見上げて「少し!?」とわざとらしく声を上げる。


 手加減抜きの本気の攻撃だった。


「ああん?だってな。こいつ俺の攻撃全部避けやがった。有り得ねえだろ」

「ライカの攻撃を避けた?つくづく意外な才能ばかり持ってるのね。貴女は」

「全部は避けてない」


 結局最後は押え込まれてしまったし。


「惜しい逸材ね」

「いっておくけど」

「分かってるわ。手に入れるにはそれなりの覚悟がいるんでしょ?」


 泣きそうな顔で微笑んで解っていると頷く。

 だから「覚悟だけじゃなく、代償もね」と補足する。


「誰もが貴女を手に入れたいと思うわ。それだけの魅力を持っている。それだけの価値も。無駄に散らせたくはない」

「束縛されないからこその魅力なんだよ。花のように大切に囲われる生き方なんてできない。雑草のように逞しく、風に乗ってどこまでも飛んでいく。それがセシル・レインなんだから。無駄かどうかは自分で決める」

「勘ぐり過ぎよ、貴女は。散らせたくないから、巻き込むつもりはないの」


 安心してと告げるその瞳がひどく頼りない。

 少しは戦えるといったヘレーネだが、やはり戦う相手が大きいと挫けそうになるのだろう。


 同情はしない。


 セシルの人生には関与しない出来事だ。

 やはり恨むなら己の不幸な生まれを恨まなくては。


「リディは巻き込むの?」


 昨日の言葉が気になって尋ねた。

 紺色の瞳を瞬かせてから視線を外したヘレーネが「分からない」と呟く。


「その時が来れば私には協力者が必要だから。そういう流れが来たとしたら私はリディアをきっと巻き込むわ」


 来ないで欲しいと思っているけれど、と続けてヘレーネは深く長い息を吐き出した。


「怒る?」

「…………別に。選ぶのはリディだから」


 それこそセシルが口出すことではない。

 リディアが利用されるのは嫌だが、彼女が望んでヘレーネに協力するというのなら止めはしない。


 そんな権利は誰にも無い。


 時が満ちてヘレーネの人生が動き始めた時にセシルがまだここにいるとは限らないし。

 もしその時にセシルが居て、リディアが流れに飲み込まれてしまうのであれば苦言を呈して引き止めようとするかもしれない。


 しないかもしれない。


 未来は不確定要素でいっぱいでその時が来ないとセシル自身どんな行動をするのか分からない。


 自分が巻き込まれなければいい。

 それだけは確実で。


「安心した」


 ヘレーネがにこりと微笑んで「私朝食は食べない派なの。だから部屋でのんびりしておくわ」と離れた。

 ライカも後を追うように歩き出す。

 二人の後ろ姿から早々に視線を外して海と空の境目をじっと眺めた。


 心を空っぽにしてただ無心に。




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