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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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おんぶ


 左手側の城壁の向こうで王城が光を放っているが、もちろんリディアのいる場所までは届かないし、なんの励ましにもならない。

 青い至宝と謳われるブリュエ城の姿すら高い城壁に閉ざされ見えないのだから。


 家はすぐ近くにあるし、毎日通い慣れている道だ。

 それなのに家々の間に存在する深い闇が恐ろしい。

 なにが待っているか解らない曲がり角が怖い。


 ゆっくりと唾を飲み込んで何とか冷静に頭を働かせるように努力する。

 きっと帰ってこないリディアを心配して両親と兄は探しに来てくれるはずだ。


 また誘拐でもされたのではないかと青い顔で。


 だから動かずにここでじっとしていれば迎えに来てくれる。


「大丈夫。大丈夫……だい」

「おい」

「ひゃっ!」


 突然背後から声をかけられ頭を抱えてうずくまった。


 それでも目を瞑ることはできない。

 恐くても、いや恐いからこそ目を閉じることが出来ないのだ。


「なにやってんだぁ?変な奴だな」

「……あ。さっきの」

「先輩と呼べ。先輩と」


 帰ったはずの少年が不思議そうな顔で見ている。

 どうして戻って来てくれたのか解らないが、暗い道に一人取り残されるよりはましだった。

 ほっと胸をなでおろして立ち上がると素直に「先輩」と呼び何故戻ってきたのか尋ねる。


「角を曲がる時に見たら馬鹿みてぇにつっ立ったまま動かねぇから」

「心配してくれたの?」

「心配よりも、家に帰らない理由が知りたくて戻ってきちまった」


 好奇心に満ちた笑顔で答える少年にリディアも微笑んでから住宅街の方を見た。


 家々が作る深い影。

 暗い道。

 眺めていると顔が引き攣ってきて笑いも消えた。


「歩けないの」


 帰らないのではなく帰れない。


 暗闇が怖くて動けないのだ。


 誘拐されてから暗闇や閉ざされた狭い空間が怖くてたまらない。

 自分の存在が危うくなり、闇の中に溶けて霧散してしまうのではないかと思う。

 あまりにも頼りない自我に取り乱してしまうのだ。


 無事に帰ってこられたとは言い難い現実に焦りと苛立ちを募らせ、無力さに打ちひしがれる日々を夜毎に繰り返す。


 あれは九歳の夏ごろだったからもう六年も経ったのだ。

 六年も精神は囚われたままいまだに苦しんでいる。


 実際もう疲れ果てていた。


「前に、進めないの」


 視界が歪んで生暖かい物が頬を伝って落ちる。

 こんなこと初めて会った上級生にいう言葉でもないし、こんな姿を見せるのは悔しい。


「恐いの!」


 足は震えて膝が笑い、内臓がぎゅっと縮まったように感じられて頭の芯がチリチリする。

 涙がこぼれて身体が冷えても立ちすくみ、たった一歩すら動かすことが出来ない。

 このままここに居てもどうしようもないのに。


「しょうがねぇ」


 少年が前に回りリディアに背を向けるとしゃがみ込んだ。

 肩越しに振り返る瞳には優しさなど欠片も無く、ただ底抜けに明るい前向きな意思をたたえていた。

 腕白な笑顔を浮かべて「ほらっ」と催促された。


「でも」

「自分が歩けねぇつったんだろうが。どうすんでぇ。乗るのか?止めるのか?」

「……うぅ。乗る」


 ここで断れば少年は立ち去ってしまうだろう。

 暗い中で一人残されるより少年に家まで連れて行ってもらう方が賢明な判断だと決めて、そっと両手を伸ばして肩を掴んだ。


 しなやかで少し硬い肩だった。


 子供のように背負われることに多少の抵抗と恥じらいはあるが、もうすでに情けない弱音を吐いた揚句に泣いてしまっている。


 今更だ。


「どっちだ?」

「あっち。まっすぐ」


 正面を指差して教えると少年は「よしっ」とリディアを背負ったまま力強い足取りで進み始める。


 少年の背中から見る景色はいつもより高く同じ風景に見えなかった。

 なんだか大きくなった気がして暗い道も怖くないような気分になる。


 それに地面をしっかり踏みしめて足音も立てずに歩く少年の独特の歩き方は、歩いているというよりも滑るようで面白い。


 住宅街は家々が立ち並び道が間を縫うように枝分かれしているが、裕福な家が多いためゆったりと家は建てられ道も広い。

 丘の住宅街とその先の開発区に比べれば静かで道も解りやすい。


 そう歩かずに家は見えてきた。


「そこの家。緑の屋根の」


 小さいながらも立派な門があり、玄関ポーチまで距離がある。

 ポーチ横の白い壁に蔓薔薇が這い、緑の葉を茂らせ小さなピンクの花を美しく咲かせているのが遠目でもぼんやりと確認できた。


 二階家の屋根は確かに緑色をしているが、月も無い曇った夜空の下では緑なのか青なのか赤なのか判断はつきにくい。

 それなのに少年は「緑の屋根だな」と頷いて迷いもせずに門の前までたどり着く。


 よっぽど夜目がきくのだろう。


「着いたな」

「……ありがとう」


 少年の背中から降りて軽く頭を下げた。

 原因は少年の方にあるのだが、家まで送ってもらったのでおとなしく礼を言っておく。


「まったく世話が焼ける後輩だな」


 豪快に笑い門を無造作に掴んで押し開ける。

 その時玄関扉が音をたてて開き母親が悲鳴を上げて走り出てきた。

 娘の無事な姿を確かめんと、蒼白な顔で駆け寄り抱き締められる。頭を撫でられ「無事でよかった」と何度も繰り返す。


「ママあのね。学園の先輩が……」


 送ってくれたと続けようとして少年の姿が忽然と消えているのに気付いた。

 気配も痕跡も残さずに綺麗に消え失せていた。

 リディアはぽかんとしてしまい、母親が促すまま玄関へと歩く。

 視線だけは後ろに向けたまま。


 だが無情にも母親が閉めた扉に遮られて、少年がいたはずの場所は見えなくなった。


「……名前聞くの忘れた」


 そのことに気付いて苦笑すると母親が不思議そうに顔を覗き込んできた。


「パパとお兄ちゃんは?」

「街中を探し回ってるはずよ。そうだ。マーサ。お願い。あの人たちにリディアが無事に帰ったと報せてくれる?」


 マーサは家の仕事を手伝ってくれる通いの家政婦で料理と値切りが上手ずだ。

掃除も洗濯も得意。

 リディアが産まれる前から通ってきてくれているので、家族の一員のような気軽さがある。


 キッチンから出てきたマーサは纏めた金茶の髪の後れ毛を押えながら頷いて、リディアの頬を優しく撫でてから「おかえりなさいませ」と挨拶をした。

 藤色のワンピースに白いエプロンを着けたマーサは母親に一礼してから玄関から外へと出て行った。


 食堂には夕食が用意されているのが見える。

 暖炉が暖かな色で燃え、誘うように薪が爆ぜた。食堂に入って暖炉に向かう。

 膝が歩くたびに痛んだが構わずに進む。


「……意味が無くてもいい、か」


 少年が言った言葉を思い出して呟いた。


 それではなんのために学園に通っているのだろうか。

 勉強するためでもなく、魔法を身につけるわけでもない。

 まさか遊びに行っているわけではないだろう。


 リディアは世の中に無意味なことなどないと思う。

 全てに意味があり、必ず感情が絡み、損得の存在があるのだ。


 楽観的な発言と考えは相いれないが、少年の放った言葉は何故かとても魅力的で心を揺らす。


 それからノアールとセシル。

 秘密を打ち明けたら協力を申し出てくれた学年一の秀才と、半ば強制的に友達にならされたトラブルメーカー。


 油断してはいけない。


 感情は何よりも強く制御できないものだ。理性や知識、理論では押えることはできない。

 感情は無意識の状態でも働き、予想できない速さや講堂で身体を支配している。


 だからこそ恐ろしい。

 大切だと思わないでいられるのか自信はない。


「未来も感情も予測不能だなぁ……」


 ため息をついて炎を見つめる。


 自分の中の感情を取り出して暖炉にくべられたらいいのにと左手を握りしめて悔やむ。

 いつか必ず呪いを解いて今までの時間を取り戻す。


 そのための努力は惜しまないつもりだ。


 だからどうかそれまで感情が暴走しないようにと願う。


 ただそれだけを。




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