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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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船旅④



「それじゃ私も下で一緒に寝る」

「駄目だ」

「どうして?」

「防犯上の問題に決まってんだろうが」

「女の子が下で雑魚寝して男の私が個室で鍵かけて寝るなんておかしい」

「ヘレーネが一番女の子なのにね」


 ライカとヘレーネが言い合っている間に茶々を入れると紺色の瞳がギロリと睨みつけてくる。

 怒りに頬を上気させている姿は女の色気を感じさせて男をそわそわさせるのに十分だ。


 全くもって勿体無い。


「ヘレーネの財力で貴賓室を押えてくれれば問題解決なんだけど」


 無理なのを承知で発言したのでヘレーネが美しい顔を顰めて首を振るのを笑って眺める。


「お忍びの旅行なんだからそんな目立つことはできない」

「あ。財力があるのは認めるんだ?」

「あなたに今更隠す必要がどこにあるのかしら?」

「リディには必要あるんじゃないの?」


 はっとした顔でリディアの存在を思い出し口籠った。

 最近セシルの前では秘密を隠す努力をしないヘレーネはそれに慣れきったせいで失言したのだろう。


 自分の所為でヘレーネとライカが口論を始めたので廊下の端で固まっていたリディアは三人の視線に晒されて怯えたように顔を背けた。

 ライカが舌打ちしてリディアの顎を乱暴に掴むと上を向かせて「命が惜しかったら今聞いたことは忘れろ。いいな」と有無をいわせない口調で睨みつける。


「わたし、なにも聞いてない。下に行ってる」

「そうしろ」


 顎から手を離し階段のある方へとリディアの肩を押し出す。

 黙ってそのまま早足で去って行く少女の背中を見送ってからライカは腕を組んで壁に凭れる。


「かわいそうに。仲間外れにして」


 わざと責めるようにいうとヘレーネは眉を寄せて首を振る。

 美しい銀色の髪がさらさらと音をさせて流れた。


「今は仕方が無い。必要な時が来れば私から話すし」

「必要な時って来るの?」

「できれば来てほしくないわね」

「素直」

「本心だから」

「でも必要になる時が確実に近づいてる……って感じ?」

「貴女ってどこまで知ってるのかしら。恐いわね」


 恐いと言いながらヘレーネは儚げに微笑む。

 それからキラキラと光を浮かべてセシルを見つめた。


 今度は悪戯っぽい笑みで。


「面倒なことに巻き込まれたくないんじゃなかったの?」


 誰も皆面倒や厄介事に巻き込まれるのは嫌がる。

 ちょっとした問題なら面白いですまされるが、ヘレーネの秘密は手に余る物だ。

 命を賭けてまで知りたいとは思わない。


 そんな責任は負えない。


「そうだよ。だから邪魔しないで。おとなしく個室で鍵かけて寝て」

「でも」

「危ないなんていったら笑うよ?あたしは慣れてるし。問題はリディアだけど、あの子は意外と手強いから。襲おうと思った相手が面食らってその気無くなるかもね。掏摸も心配ない。リディアの分のお金はあたしが預かって管理するし」

「分かった。じゃあライカはセシルたちと一緒に下で寝て。私はおとなしく部屋で寝るから」


 それにはライカも抵抗をせずに黙って頷いた。

 部屋の扉を開けて中に入り、少しだけ無念そうな顔をしたが「後でね」と夕食の約束をしてから笑顔で閉めた。


 ライカが身を起こしリディアの去った廊下を歩き始める。

 セシルもその後ろを歩きながらその背中に一応声をかけた。


「部屋で護らなくていいの?」


 こちらに視線を向けて頬を歪めると心底嫌そうに答えた。


「男と二人で狭い部屋に閉じ込められるなんて御免だ。気色悪いだろ」

「でもヘレーネの部屋は二人部屋だよね?元々は一緒に泊まるはずだったんでしょ」

「あいつは自分の身は自分で護れるから俺は下で寝るつもりだったよ」


 始めからと続け顔を前に戻す。

 自分の身は自分で護れるのならば一緒に下で寝てもいいだろうに、と呟くとライカは足を止めてこちらに向き直った。


 徐に左手を勢いよく突き出してきたので上半身を仰け反らせて一歩下がる。

 直ぐに右の手刀が抉るように斜め下から上へと向かってきた。

 膝を曲げ、腰を捻って右に体重を移動させると、ライカはぐいっと間合いを詰めてくる。

 胸元を掴もうと右手が伸ばされ飛び退こうとしたが背中に壁が当たり追い詰められたと気づく。


 廊下は狭い。


 荷物を持った人がすれ違うだけの広さしかない。

 それでも大きな荷物ならば身体を横にして通らなければならないぐらいの幅。


 両手を首の前で交差させて息を止める。

 独特の足運びですいっと近づいてきたライカの右手を交差した手首で跳ね飛ばし、腹部に蹴りを入れた。

 だがその瞬間に左掌がセシルの右足首を掴み、右手で襟首をがっしりと握られる。

 動きを封じられ壁に押し付けられた状態でセシルは目を細めて微笑む。


「なんかいけないことしてる気分」


 凄い力で捕まれ押されている右膝がぶるぶると震えている。

 痛みより屈辱的な姿勢になんだか笑えてきて、そっとライカの左頬に刻まれた傷痕を撫でた。

 触れるとかなり抉れているのが解る。

 口の中まで到達したのではないかと疑うほどの傷痕。

 日に焼けた健康的な肌は、傷痕以外は意外なほど滑らかで気持ちがいい。

 セシルを見下ろす赤茶色の三白眼には感情が一切なかった。


 動じない視線に背中がぞわりとする。

 このまま殺されるかもしれない。


 きっとライカは顔色一つ変えずに邪魔者を排除するだろう。

 セシルが敵ならばきっとそうする。


「いつまでこうしてるつもりなのさ?」


 だんだん足が痺れてきた。


 変な姿勢で普段は使わない筋肉が悲鳴を上げ始めている。

 仕方なく両腕をライカの首に巻きつけて体を支えると、右足の拘束が無くなった。

 すとんと床に着いた脚は直ぐには力が入らない。


 力の加減を知らないのか。


「手加減してよ。一応女なんだから」

「手加減したらこっちがやられるだろうが」


 衿を掴んでいた手を離しながらライカがいつもの明るい笑顔でにやっと笑う。


「そんなわけない」


 どんな怪力女だと思われているのか。

 柔軟性と瞬発力はあるが男ほどの力は無いし、体力も無い。

 セシルができるのは最低限の身を護ること。


 一応授業でも習っているのでリディアも最低限の知識はある。

 だが技術については個人の才能によるものがあるので残念なことだが。


「普通の女は壁に追い詰められたところで諦めるか、怯える。まさか抵抗して逃げようとするなんて思わねえだろ」

「だっていきなり襲ってくるから。乱暴にしなくてもいってくれれば相手してあげたのに。それとも乱暴なのが好きなわけ?」


 「んなわけあるか」と否定して真面目な顔で理由を明かす。


「ヘレーネが身を護れるのは場所が狭い所だけだ。俺の親父がそれしか教えなかった」

「……成程」


 つまり実践してみせたわけだ。

 この廊下も狭い。

 部屋はもう少し狭いが、あれぐらいの広さならば許容範囲なのだろう。


 下は広すぎる。


 つまり襲われれば不利で、ライカはヘレーネを護るのが難しくなるということか。

 しかも足手纏いのリディアと戦力外のセシルがいる。


「護衛も大変だね」

「……しかもいい出したら聞かねえからな」

「同情する」


 セシルは力の戻ってきた膝を軽く回してからライカの首から手を解く。

 そして今度は先に立って歩いた。

 出航した船は激しく揺れる。

 揺れに逆らわずに体重を移動させながら進むと甲板に出る扉の右手側にある階段を下りた。



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