船旅③
乗船時に船員から教えられた船室の番号を元に狭い廊下を進む。
セシルが先を歩いているので、それについて行きながら初めての船旅に胸を弾ませる。
人ひとりが通れるだけの細い扉が廊下に向かい合わせに行儀よく並んでいた。
甲板側から番号が増え、右が奇数で左が偶数。
リディアとセシルの部屋の番号は十五なので右側。
そしてその奥にも扉は続いていたのでざっと見て三十はある。
「ここだ」
扉を開けてセシルはリディアを先に入れようと端に身を寄せた。
何気なく近づいて中を見て凍りつく。
無理だ。
部屋は小さな作り付けのベッドが二つに、同じく作り付けの小さなカウンターが丸い窓の下にあるだけ。
開いている空間は通り道ぐらい。
それも人がすれ違うことができない狭さだ。
「セシル……これ、どこも同じ?」
「これが普通。まあ貴賓室があるとは思うけど、それはかなりの値段がすると思うよ」
「だよね……」
「あたしが一緒でもやっぱダメ?」
「んー……ごめん」
肩を竦めてセシルは船室を眺める。
それでもリディアを置いてさっさと中に入ることはしないで、どうするか思案しているようだ。
「ドアを閉めないでいられたらまだ少しはなんとか、多分」
平気だとは言い切れない己の弱さに打ちのめされながら妥協案を出す。
琥珀の瞳が呆れたようにリディアを見下ろして「寝る時も開けっ放し?」と確認してくるので「ごめん」と反射で謝った。
「年頃の娘が部屋のドアを全開にして無防備に寝るなんて。襲ってくださいっていってるようなもんだよ」
多分眠れないだろうから無防備にはならないと思うという意見は勿論口には出さない。
「リディはもっと自覚しないと」
「……はい」
船で旅をするということがどんなことか覚悟が足らなかったと反省する。
そして想像力も欠けていた。
自分がどれだけ病的なまでに暗闇と狭い空間に拒否反応を示すか。
今まで避けて生活していたからこそ自覚が薄く、どれほどの制限があるのか分かっていなかった。
それをセシルに教えられ小さくなる。
周りに気を使わせるなんて本当に恥ずかしく、情けない。
「ねえ?お金の持ち合わせが少ない人が船に乗るにはどうするの?」
「下の階にある大部屋でハンモックに乗って寝る。乗客が多い時は床にも寝るよ。ま、大部屋っていうか、ただの広い空間なんだけど」
「そこがいい!」
この狭い部屋よりよっぽど快適だ。
だから咄嗟にそう叫ぶと、セシルは目を瞠ってから「リディ自覚しろっていったばっかりなのに」とぼやいた後でやれやれと首を小さく振る。
「反省したからいってるの」
「……リディ。多分自覚する場所が違ってると思う」
「むー……。よく分からないけど。でもこの部屋には入れない」
指差して宣言するとセシルは頷き「解った。変更できるか聞いてくる」結局はリディアの意見を通してくれた。
扉を閉めてからここで待つようにと言い置いて波で揺れる廊下を危なげなくさっさと歩いて行く。
セシルの背負っている小さな鞄が見えなくなると途端に心細くなる。
旅慣れたセシルには置いてきぼりにされたリディアの不安な気持ちなど理解できないだろう。
ひとりでどこへでも行き、楽しく過ごせる。
美味しい料理を出す店も、安く泊まれる宿を見つける術も、旅に必要な物を買い足して次の目的地を選ぶことさえ楽しんで。
身の回りの最低限の物さえあればどこででも生きていける。
そんな強さをセシルは持っている。
でもひとりは寂しい。
どんなに素敵な場所も、美味しい物も、次の目的地を選ぶ時も他の誰かが一緒ならもっと楽しい。
この旅行はリディアにとって特別な物だ。
家族から離れて遠い所へ行く。
友達を、ノアールを助ける為に。
一歩踏み出せたら次の一歩はもっと簡単に前に出せるはず。
進むべき道を前に躊躇っているノアールの背中を押して、正しい方の道を選ぶ手助けができたら。
きっとリディアも変われる。
言葉で上手く伝えられないのなら、行動で示せばいいのだ。
「一人で立ち向かえないのなら一緒に戦えばいいんだよね」
友達の為になにかできることがあるのならしたい。
例えそれが周りから間違っていると謗られようとも。




