表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
45/127

船旅②



 訪いを告げると扉が開きマーサが柔らかな腕で迎えてくれた。

 甘い匂いが鼻を擽り朝食を食べてきているはずなのに胃がきゅうと音をたてる。

 その音に気付いた優れた使用人であり、料理人のマーサは良い匂いの原因をこっそりと教えてくれた。


「クッキーを沢山作ったんですよ。船の中で皆さんと食べて下さいね」

「やった!マーサのお菓子はどれも美味しいから楽しみ」


 くすくすと笑いながらセシルを解放し家の中へと招き入れる。

 二階を見上げマーサは「お嬢様!セシルが迎えに来てくださいましたよ」と声をかけた。


「いいよ。直接迎えに行くから」

「すみませんね。長い御旅行が初めてだから用意に手間取っていらっしゃるんです」


 困ったような表情を浮かべるマーサに首を振ってから勝手に奥へと入って行く。

 食堂とキッチンを通り過ぎた先に上へと上る階段があり、そこを軽やかに登りきると三つの部屋が廊下に並んでいる。

 一番手前が扉の無いリディアの部屋。その隣がトーマスの部屋。

 そして一番奥が夫婦の部屋らしい。


「リディ?」


 名を呼びながら入口の布を跳ね上げて中に入ると、淡いブルーのワンピースを着たリディアがこちらを振り返り「もうそんな時間なの?」と慌てていつものように髪を結び始める。

 チリチリという鈴の音が部屋に涼しげに響く。


「ちょっと早く迎えに来たから急がなくても船には間に合うよ」

「んー……昨日やっぱりどきどきして眠れなかったから」


 眠れないのはいつものことだろうにという言葉は口にせず、セシルはリディアの背後にそっと立つ。

 ワンピースはゆったりとしたシルエットで、身体のラインが出にくいデザインだ。

 しっかりとした生地で踝近くまでの長さがある。

 そっとウエストに手を添えると柔らかな感触が掌に返る。

 筋肉とは無縁の蕩けそうな弾力を楽しみながら上下にゆっくりと動かすと微かな曲線が現れた。

 

「セシル?」


 戸惑いの声に「少し痩せた?」と問い返すと、静かに顎を振りその動きに合わせて鈴が鳴る。


「痩せてない……?」


 返答に疑問が浮かぶ。

 ということは。


「ちょっと。セシルくすぐったい」


 笑い声を上げて身を捩るリディアを抱き締めてから気付いた。

 両肩に手を乗せてこちらを向かせるときょとんとしている顔を見下ろして笑い、包み込むように少女の胸に触れる。

 大きくならないと悩んでいたリディアの胸は微かにだが膨らみ始めていて、強く触れたわけでもないのに「痛い」と手を払われた。


「なにするの!?」

「おめでとう」


 無礼な行為を責めたはずなのに祝いの言葉を述べられて、怒りが空中で霧散し失速するのが解る。


「少しくびれてきたし、胸も大きくなってきてるよ」

「そんなこと」

「あるって。胸が痛いのは大きくなる兆候だから」

「……そうなの?」


 尋ねながらリディアは頬を染めて自分の胸を見下ろす。

 普通の十五歳の少女の胸とは比べ物にならない小ささだが、己の身体の細やかな変化に喜んでいる。

 心配しなくても身長も胸もこれから大きくなるだろうし、腰もくびれてくるだろう。


「成長してるんだよ。リディも」

「だとしたら嬉しい」

「さて。リディの荷物は?」


 これだと示されたのは二つの大きな鞄だった。

 五歳の子供が身を丸めて入れるぐらいの大きさが二つ。


「ちょっと。リディ。家出でもするつもり?」

「変?だって船で五日、港から二日でしょ?往復で二週間はかかるんだよ?それぐらい普通でしょ?」


 長旅どころか旅行も初心者なのか。


 セシルは呆れるどころか逆に感心し、両方の鞄を遠慮なく開けて中身を確認する。

 替えのワンピースが二枚、シャツが二枚にスカートが一枚、寒い時に着るつもりなのか長袖の上着が二枚。

 寝間着が二枚に下着は一週間分。

 靴下が五枚。綺麗なタオルが三枚。

 しかも大き目。結構な厚みの本が三冊。

 ペンとインク。

 ノート。


「多すぎる。大体本三冊って有り得ないよ!」

「だって……期末試験が散々だったから勉強しようと思って」

「いらない。旅行中に勉強しても身につかない。集中できない。よって却下」


 三冊をぽいっと放り投げるとリディアは必死の形相でそれを受け止めようとする。

 最初の一冊は上手く取れたが、残りの二冊は無残に床に転がった。

 恨めしそうな視線を感じたが時間が無いので無視する。


「着替えはシャツとスカート一枚ずつとワンピース一枚で十分。上着もいらない。持って行っても着ないから。寝間着も一枚でいいし、下着もこんなに要らない。タオルは小さいのを二枚にして」


 容赦なく鞄から引き抜いてベッドの上に乗せる。

 指示通りリディアは小さいタオルを用意するために部屋を出て行った。


 その隙にクロゼットを開ける。


 学園の濃い紫のローブや、温かそうな白いコート、薄紫の可愛らしいドレス、上等そうな紺色のワンピースなどが並んでいる中に一枚、深い緑色のフードの付いたポンチョがあった。


「あ。いいのある」


 魔法の糸で編まれた高級品だ。

 暑さも寒さも軽減させる旅行にぴったりの物。

 これなら船の上に吹く夜には冷たい潮風も、海面が照り返す太陽の光も遮ってくれる。北にあるラティリスの肌寒さからも護ってくれるだろう。


「これでいい?」


 急いで帰ってきたリディアからタオルを受け取り、ポンチョを押し付けると鞄にタオルを押し込んで準備を終わらせる。

 荷物を減らしたことで鞄はひとつになり、軽くなった。

 それでもセシルの荷物と比べれば大きく、重いが仕方が無いだろう。


「さ。急ぐよ。港まで走ろう」

「え?走るの?」

「そう。誰のせいだと思ってんのさ?」

「だって」


 言い訳させる前に左手でリディアの右手を掴み、右手で鞄を持ち走り出す。

 階段を駆け下り玄関へと向かうと、そこで待っていたマーサがクッキーの入っている袋を差し出した。


「いってきます」


リディアがその袋を受け取り、少し緊張した顔で出立を告げる。


「いってらっしゃいませ。セシル、お嬢様をよろしくお願いします」

「まかせて」


 力強く頷くと、居間の方からリディアの両親が揃って出てきてマーサと同じようによろしく頼むと頭を下げる。


「ちゃんと無事に送り届けるので、それまでリディをお借りします」

「本当によろしくお願いします。リディア、セシルから離れては駄目よ?勝手にひとりで行動しないこと。いいわね?」

「大丈夫だってば」

「気を付けていっておいで。楽しんでくるんだよ」


 母親には膨れっ面を、父親には笑顔を向けて。

 時間を気にしてかリディアは「いってきます」の言葉を合図に別れを終わらせた。


 セシルが腕を引くとそれに応じて走り出す。

 太陽は力強く輝き、空には雲ひとつない上天気。


 心が何処かそわそわと落ち着かないのは、この旅が特別な物になるとお互い知っていたからかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ