船旅①
北の故郷に帰省するというノアールを見送ったのはリディアとセシル、そしてヘレーネとライカの四人。
一番仲のいい紅蓮は人使いの荒い所長に仕事を押し付けられて参加できなかった。
どこか不安げなノアールは眠れなかったのか顔色も悪く、眠れなかったのか目の下には隈ができている。
乗船する人が少なくなっているのに、足が重くなかなか動かない。
行きたくないという気持ちが伝わってきてリディアは悲しくなった。
できるならば一緒について行ってあげたい。
傍にいてもなにもできないのは分かっているけれど、友達としてささやかながら力になりたいと思うのはなにもおかしいことではないはず。
ようやくノアールが動いたのは出航ギリギリだった。
大きく瞳を揺らしてから瞬きを繰り返すと、なにかを吹っ切るかのように息を詰めてから「じゃあ。また」と言葉少なに別れを告げ乗り込んだ。
なにかいわなくちゃいけないのに、またなにもいえなかった。
いうべき言葉を自分の中に見つけられずに、胸の中をぐるぐると感情が回転して苦しい。
船は風を受け、波を掻き分けながらあっという間に遠ざかる。
これが最後の別れではないのに辛くてなぜか泣きそうになった。
「後継者問題を解決しに行くんでしょうね」
「そうなったらノアールが一番有力なんだろ?じゃあ戻ってこれないかもしれねえな」
ヘレーネとライカの会話に身を硬くする。
ノアールが北の領主の息子で、後継者で揉めているというのは聞いていた。
だが後継者に一番近いのがノアールだとは知らない。
もし帰って、後継者にノアールが選ばれたら?
ライカがいうようにディアモンドには、フリザード魔法学園には戻ってこれないだろう。
そんなの嫌だ。
あんな別れが最後だなんて。
じゃあ。また。なんて再会の可能性の薄い言葉が最後なの?
「……やだ」
ノアールはセレスティア家を継ぐことを望んでいない。
あんな暗い顔で、不安でいっぱいで旅立たなくてはいけないなんて。
誰よりも勉強が、魔法が好きなのに。
「そんなの、やだ」
取り上げないで。
お願いだから。
「じゃあさ。ぶち壊しに行かない?」
隣にいたセシルの提案にリディアは心を激しく揺さぶられる。
縋りたくなる。
できるのならそうしたい。
「だってさ。あんなに誰か一緒に来てほしいって顔しておきながら、そんなこと一言もいわないで行っちゃうなんて悔しい。だから邪魔しに行ってやろう。ね?」
「どうやって?」
「分かんない。でもきっと、追っかけて行ったらびっくりするよ。その顔は見たい」
きっとなにしに来たの?っていうだろう。
驚いて、戸惑って。
でもちょっと嬉しそうだったらいい。
ノアールは独りで抱えきれなくなっていた秘密を聞いてくれて、リディアを信じ真剣に犯人探しをしてくれた。
そして最悪の場面に駆けつけて、背中を支えてくれたのだ。
孤独に震えていたリディアにようやく温かで大切な物ができた。
それがどんなに大きなことか。
「次はわたしの番だよね」
「二人でお姫様を助けに行こう」
セシルはニッと唇を持ち上げて不敵に笑う。
望まない運命にノアールが絡め取られてしまうなんて我慢できない。
それは二人の共通した意見であり意思だった。
だから。
「行こう」
即座に答えた。
「ちょっと待って」
止めたのは涼やかな声。間に割り込んできたのはヘレーネで、待てといった割にはその顔には懸念は無くどこか面白がる色があった。
「二人で行くなんて危なっかしいわ。セレスティア伯爵に失礼があっては困るしね。だから私も一緒に行きます」
どうやら決定事項らしい。
だが珍しくライカが顔を歪めてヘレーネの肩を掴んで「どういうつもりだ?」と問い質す。
こちらの顔には懸念と不安、そして苛立ちがある。
「この機会に見聞を広めようかと思って。大丈夫。無茶なことしない」
「でもな」
「ライカが一緒にくれば問題は解決。誰も文句は言わない」
「責任とれねえ」
「取らなくていい」
「んなわけいくか」
しばらく睨み合いが続くが結局折れたのはライカだった。
「勝手にしろ」と渋面でそっぽを向いた。
どうやら主導権を握っているのはヘレーネのようだ。
この二人も幼馴染という単純な関係ではないのだろう。
女の格好をしなければならないのはきっと理由があるからだ。
深く考えだすと知らなくていいことまで知ることになりそうで怖いので止めておく。
「次のラティリス行の船は三日後だから、その船で後を追いましょう」
頷いてからリディアは親を説得しなければならないことに思い至るが、ここは無理矢理押し通すことに決める。
もし反対されたら祖父に泣きつけばいい。
孫に甘い祖父は旅行費用を出すぐらい簡単に許可してくれるはずだ。
でもできればそうはしたくない。
ちゃんと親に許してもらってから、ノアールを追いかけたいから。
きっと分かってくれるはずだ。
自分の想いを伝えられたら。
きっと。