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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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学生の本分⑫



 街と学園を繋ぐ魔法陣は豊かな緑に囲まれたこじんまりとした庭園の中にある。

 創設者であるグラウィンドの像が置かれ、白い敷石の続く道の先には鉄門が鈍色に輝いている。

 昼間は外側に向けて開けっ放しにされている門の前には“学びの通り”と呼ばれている道があり、出て右手側に下宿街が、左手奥には魔法使いギルドがある。

 魔法使いギルドの方へと歩くと緩い下り道になり、途中で“知識の通り”と交差する。

 知識の通りは細く急な坂道で何本もの横道があり、あちこちに小さな店が点在していた。

 日用雑貨から生活必需品、学用品に文具、本屋、服、魔法道具や武器を扱う店、旅行携帯用食料専門店、菓子屋、飲食店。


 近くに職人街があるせいか雑多な店が多く、色んな発見があるので見て回るだけで楽しく時間はいくらあっても足りないぐらいだ。


 気心の知れた相手と一緒ならばの話だが。


 ノアールは前を歩くローレンとアレスの後ろ姿を見ながらこっそりため息をこぼした。できれば休日はゆっくりと眠り、朝食をとった後部屋でのんびり読書をしたい。

 明日からの期末テストに備えて勉強するのもいい。


 どうしてテスト前日にデートの付き添いをしなければならないのか。

 だれか説明して欲しい。


 学生は学園に学業を修める為に来ているのではないのか?


 まだ見ぬ知識の海に挑んで時には喜び、翻弄され、畏怖し、悩みながら力をつけていく。それが学生のあるべき姿のはず。


 それなのに。


「……どうしてこうなったんだか」


 出かけるなら二人で行けばいいのに。


 ノアールがいても、いなくても変わりは無いように思えた。

 実際二人は気になった店に入っては買いもしない商品を手に取りああでもないこうでもないと喋り、通りを歩いて楽しそうに話しながらまた違う店へと入って行く。

 時折ローレンが気を遣いノアールに喋りかけてくるが、アレスの冷たい視線が痛くて曖昧な返答しかできない。


「胃が痛い……」


 寮に戻ってテスト勉強がしたい。

 二人が入って行った店の前にある小さな噴水の縁に腰かけてそっと胃のある場所を擦る。

 空は晴れ渡り、陽射がきつく肌を照らす。


 北の出身であるノアールには少しきつい。

 まだ初夏ともいえない気候だが、露出している部分の皮膚が薄らと赤らんでいるのが分かる。


 俯いてぼんやりと頭の中で試験範囲の復習をしていると、石畳を近づいてくる影に気付いて顔を上げると「ごめんね」と苦笑するローレンの姿があった。


「……いえ。アレスは?」

「まだ中にいる。明日から学期末試験なのに連れ回してセレスティアくんには悪いことしちゃったね」

「まあ……」


 否定せずに曖昧にぼかすとローレンがにこりと唇を引き上げて微笑むみ隣に腰を下ろす。

 噴水から吹き上がる水の音が耳に涼しさを、飛沫による見た目と肌からの冷たさを背中で感じる。


「この間ガイさんとザイルさんに会ったんだってね」


 彼女より明らかに年下のザイルをさん付けで呼ぶのはやはり創設者の子孫だからだろう。

 ノアールも彼のことをどう呼んでいいのか決めかねていたので、今後はローレンにならってさん付けにすることにする。


「とても素敵な魔法を見せてもらいました」

「あれでしょ?図書塔の中の好きな本を選んで運ぶ魔法。あれは綺麗な魔法だよね。私も初めて見た時は感動したもの」

「はい。魔法の粒子がキラキラと輝いて」

「ガイさんは効率の良い魔法だけじゃなくて、見た目にもこだわる人だから」


 あの魔法を半年で作り上げたという。

 それが短いのか、長いのかノアールには分からないが、美しさと繊細さが見る者の心を捕えて離さない印象深い魔法だというのは分かる。


 あの日から自分でもそんな魔法を作り出してみたいという願望と欲求が湧きあがってくるのを押えることができないでいた。


「二人を見てると、自分の才能の無さを痛感して挫けそうになるんだけどね」

「……モント先輩はどうしてフリザードへ入学したんですか?」

「そりゃもちろん魔法を学んで、その技術を糧に仕事を得て自立する為だよ」


 自立。


 フリザード魔法学園は入学試験があり、合格して初めて入学が認められる。

 この入学試験は一般的な教養と学力を知るための物で、基本的には受験者が不合格になることは無い。

 問題は入学金と授業料の金額が高いことである。

 支払うことができる経済力を持つ家の子供しか通うことができない。

 ノアールもリディアも、そしてセシルも親がそれだけの基盤を持っているからこそ通えるのだ。


 つまりローレンもまた同様に裕福な家庭に育った少女ということだ。


 それが技術を身に着けて自立するために学園に来たという。

 もちろん女性が働いて社会に貢献することも、最近では増えてきている。

 だが女性は貞淑な妻となり夫を支え、子供を慈しめという世論は未だ強い。

 しかもそれなりの家柄を持つ者ならば尚更その傾向は強い。


「意外?」


 くすりと笑ってローレンが首を傾げる。

 素直に「はい」と頷くと、アイスブルーの瞳を伏せて彼女は小さなため息を洩らす。


「セレスティアくんも彼らと一緒で優秀だから、きっと私の気持ちは解らないんだろうな。羨ましい」


 きっと答えなど求めていない独り言だ。

 自嘲気味に笑ったローレンはさっと立ち上がるとスカートを払った。

 そしてノアールをいつもの笑顔で見つめた。


「帰ってもいいよ」

「え?でも」


 ここで帰ったらアレスから後でなにかいわれたりしないかと口籠ると「大丈夫。ちゃんと上手くいっといてあげるから」と励まされノアールは立ち上がる。

 急かすように背中を押され、肩越しに振り返ると手を振られた。


 そのまま歩き出しかけた足を止めて振り返る。


「あの。どうしてよく知りもしないアレスの誘いを断らなかったんですか?」

「う~ん。よく知らないからかな」

「よく……知らないから?」

「そう。知らないから知るためにデートしてみる。分からないから調べて、理解する。勉強も一緒じゃない?なんでもやってみないと分からないでしょ?」


 だから面白いと上級生が余裕の表情で解説する。

 真面目で大人っぽいと思っていたローレンの違う一面に驚きながら成程と納得した。


「それにね。デートに誘われて喜ばない女の子はいないと思うよ」

「……そんなものなんですか?」

「そんなものなの。セレスティアくんも今だからできることたくさんした方が良いよ。勉強も遊びも。恋愛も」


 明るい少女の声は希望に満ち溢れた未来を確信しているかのように聞こえたが、先程聞いた自立したいという言葉がノアールの胸を切なくさせる。

 無理して出されたような明るい声はあまりにも辛い。


 だからこそ思う。


 自分の前に拓かれた未来は光り輝いた幸せな物だろうか。

 それとも血塗られた暗く険しい道だろうか。


「きっと今経験したことが、将来を揺るぎ無い物にするんだって」


 信じてるから。


 ローレンはもう一度手を振ってから店の中に走って行った。

 その背中を見送りながら唇を噛む。


 彼女は信じなければ挫けてしまいそうなのだ。

 だから一途にそう願うのだろう。


 ならば。


 今悪あがきをすれば未来は変わるだろうか。

 必死で行動すれば将来を揺るぎ無い物にできるだろうか。


 もしできるのならば。


「なにごともやってみないと分からない……か」


 ノアールは眩しい空を見上げて思う。


 できるだけやってみよう。

 諦める前にきっとなにかできる事があるはずだと信じて。


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