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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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学生の本分⑪



 休日の学園は通いの生徒がいない所為か穏やかで居心地がいい。

 空も澄み渡り、潮の香りのする風が優しく肌を撫でる。

 明日から始まる学期末テストの勉強会も今日が最後だ。


 色々と教えてもらったが生徒であるリディアの出来が良くないのか、範囲の広い内容を深く理解し覚えることはできなかった。

 努力はしたが、どうにも思考が落ち着かず頭の中に浸透させることが難しい。


「…………ぜんぜん自信ない」


 泣き言をいう生徒に先生役のフィルが申し訳なさそうに眉を下げる。


「ごめん。ぼくがもう少し上手に教えられたらいいんだけど」

「違う!わたしの頭が失敗したスポンジケーキみたいにスカスカなのがいけないんだから」


 昔マーサに教えてもらいながら焼いたスポンジケーキが頭に浮かんで情けなくなった。

 表面をボコボコにしながら膨らんだケーキは中心に空洞ができ、食べるとパサパサしていてあの時も自分の無力を嘆いて切なくなったのを思い出す。

 「初めから上手くできる人なんかいませんよ。なにごとも練習です」と励ましてくれたマーサに次は簡単なクッキーを教えてもらった。


 あれ以来スポンジケーキには挑戦していない。


 あまりの見た目と食感の衝撃がリディアの心に傷を残し、挑戦する意欲を根こそぎ奪っている。


「失敗してもケーキなら甘くて美味しいよ。リディの頭は甘い妄想でいっぱいなの?」


 隣に胡坐をかいて座っているセシルが琥珀色の目を丸くして覗き込んできた。

 視線は額の辺りを見ているので、なんとなく左手で押えて隠してしまう。


「甘い妄想?妄想に甘いとかあるの?」

「あるある。もう。とびっきり甘いのから、かなり濃厚な甘いのまで」

「こらこら。女の子が妄想とかいわないで」


 どうでもいい会話に焦ってフィルが途中で遮る。

 逆にセシルが愉しげに微笑み正面に座るフィルの方に身を乗り出した。

 反射的にフィルは身を仰け反らせて顔を顰める。


「あ。妄想は男の特権とか思ってないだろうね?女だって色々、それこそやらし~妄想だってするんだから」

「思ってないし。できれば知らないでいたい一面だよ」


 さあお喋りはここまでとフィルが芝生の上に置いた本の表紙をポンと叩く。

 そこには基礎魔法の文字。赤茶色の本は分厚く表には二本の杖が交差して描かれている。


「今日は魔法の実技をやるよ。本当は瞑想室でやる方が集中できるんだけど、天気もいいし外の方が気持ちよくできそうだからね」

「……ありがとう」


 ここは素直に礼をいっておく。


 瞑想室は狭く、暗い。

 狭いといっても五人は入れる広さはあるけれど、集中力を高める為に無音で香を焚いている部屋には灯りが無い。

 リディアには狭い、暗いの二重苦で入らなければならないと考えただけで息が苦しくなってくる。


 扉が閉められた後で取り乱し、泣き叫ぶ等の失態を晒してしまう結果になるのが目に見えていたから。


「……礼をいわれると困るんだけど」

「さあ。始めて。フィル」


 複雑な顔をして視線を逸らしたフィルを急かす。

 こういう時どうやったらいいのか分からない。


 もっと気の利いたことをいえたらいいのに。


「フィリー。女の子を不安にさせてどうすんのさ。やっぱり女の子の扱い方みっちり教えてあげないといけないみたいだね」


 よしよしとセシルが頭を撫でながら横目でフィルを窺う。

 深く長いため息を吐いてから、気持ちを切り替えたのかいつもの優しい笑顔でフィルはこちらを向いた。

 そして長い指で表紙を開けてから数ページほど捲る。


「一年生の魔法の実技は基礎中の基礎、灯りを点ける魔法だ。灯りといっても光の球だったり、ぼんやりと周りを照らすものだったりとか色々あるんだけど」


 人差し指がページの真ん中辺りを指す。

 そこには威力と範囲について書かれている場所だった。


「威力を強めようとすると範囲は狭くなる。逆に範囲を広めれば威力は弱くなる。強い灯りにしようと思ったら魔法は小さな光の球の方が効率がいい。広く照らそうとするとその分灯りは弱くなる。まあこれが当てはまるのはぼく達のような初心者だけだけど」

「先生達は広い範囲を強い光で照らせる?」

「得意不得意はあると思うけど、できる」

「そうかな?先生ってだけでなんでもできると思ったら大間違いだと思うけどね」

「ぼくはできると思うよ」

「あたしはフィリーもできると思うけど?」


 突然矛先が向いてきたフィルは面食らってから即座に「できないよ」否定する。

 だが簡単にセシルは引き下がらない。


「嘘だ」


 確かに初心者の中にフィルを入れるのは間違っているかもしれないが、今はそんなことより勉強が先である。

 困った顔のフィルとにやにや笑いのセシルの遣り取りを遮って「先に進めて」と促す。


「どっちがやり易いかは個人差だから。授業でやってみてどっちがしっくりきた?」

「分からない。授業で上手くいったことないから」

「そっか。セシルは?」

「あたし?真剣にやってないから」


 肩を竦めセシルはごろりと芝生に寝転がり、指を首の後ろで組んでさっさと目を閉じてしまう。

 試験などどうでもいいという態度に呆れ、少し羨ましくもなる。


 テストの結果に怯え、順位に囚われている自分が酷く愚かな気がして。


 それでも学年で三十番内にいたいという見栄があり、そんなことでしか価値を見いだせないことに不安になる。


「じゃあ今からやってみる?どっちが向いてるか」


 揺れ動く心を押えて頷く。


「まずは威力を大きく、範囲を狭くする方から……。目を閉じて。集中して」


 いわれた通りに目を閉じて集中するように努力する。

 呼吸を整えるためにゆっくりと深く息をする。

 芝生の青い匂いとスカートの下から刺してくる柔らかな感触が妙に気になって意識が乱れる。


 集中ってどうするんだっけ?


 最近集中力が欠けている自覚がある分、そう思えば思うほど焦って呼吸が知らず早くなっていた。


「リディア。額の真ん中に意識を向けて。ゆっくり」


 フィルの声がそっと誘導してくれる。

 いわれるまま額に意識を持って行き、呼吸をゆっくり繰り返すと少しずつ落ち着いてきた。


「そのまま。内側に。意識を向けて。ゆっくり」


 内側ってどこだろうと考えるよりも先に目蓋の裏にチカチカと小さな光が瞬いた。

 光は夜空に浮かぶ星に似ていて弱い光も強い光もある。

 強い光がふわりと右から左へと流れてそれを追うと、規則正しいリズムを刻む脈動する塊の横を通り過ぎ、力強く流れる川に乗り奥へと辿り着いた。


 薄い膜の中。

 薄暗いが温かい。

 水の音に似た音が聞こえる。


「光は闇の中でも空気中に目には見えない形で存在している。見えるような形で存在させるには魔力の力が必要だよ。それは人の中にある、命の力。心の力。魔力もまた目には見えないけど確かに存在しているから。それを繋ぎ合わせて。混ぜ合わせて。命を吹き込んで」


 リディアは蝋燭の火を消すようにふうっと息を吹きかけた。

 その息がなにかにぶつかる確かな手ごたえを感じて目を開けると、そこには小さな光の球が浮かんでいた。

 強い光とは言い難いが、クルクルと回転しながら七色に光る魔法の灯りがそこにある。


「……嘘。初めてできた」

「優秀な生徒で助かった」


 手を伸ばして掴もうとすると、リディアの未熟な魔法は呆気なく消え失せてしまう。

 それでも嬉しくてフィルを見上げると彼も優しく微笑んで「おめでとう」と頷いてくれた。


「威力を小さくして、範囲を広くする方はさっきと逆だよ。内側ではなく外側に。集中は一点ではなく浅く、広くするだけ」

「集中を浅く、広く?」

「そう。集中するっていうより意識を外に向けて放出する感じっていった方が近いかな」


 簡単にいっているが不器用なリディアには難しい。

 まだ一点に集中する方が向いているような気がする。

 それに折角教えてもらった成功例を、他の方法に挑戦することによって感覚を失うのが恐い。


 正直に伝えるとフィルも一点に集中する方が向いているかもしれないと同意してくれた。


「やっぱりフィルに頼んでよかった。解りやすかったし」

「そんなことないよ。きっとノアールの方がもっと上手く教えてくれたと思うよ」

「ううん。フィルも試験前なのにわたしの勉強に付き合ってくれてありがとう。やるだけやったから、試験結果がどうなっても諦められそう」

「やる前から諦めてどうすんの?」


 目を閉じたままで笑いを洩らし、セシルは堪え切れずに会話に割り込んできた。

 悔しくてリディアは友人の頭に手を伸ばしぐちゃぐちゃに掻き回してやる。

 柔らかい髪が心地よくて更に掻き乱すと、仕返しとばかりにセシルの手が脇腹を擽ってくるので真剣な攻防戦が繰り広げられた。


 笑い声が弾け、フィルが目を細めてそれを見守った。




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