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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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学生の本分⑩


 とぼとぼと歩き図書塔の前まで辿り着くと重いその扉を開けた。

 閉館間近の館内はしんと静まり返り、いつもならそこにいる上級生の図書委員は誰一人いない。

 不思議に思いながらノアールは受付の前を通り抜け、本棚の並ぶ通路へと進む。


 手の中には兄から届けられた手紙が一通。


 目を奪われ、心を湧き立たせるはずの本たちが今日は視界の端をゆっくりと流れていく。

 セシルが「悩みがあるとしか思えない」と言い切っただけはある。


 今ノアールの頭を一杯にしているのは勉強と魔法への強い憧れよりもセレスティア家の重大な問題だ。

 先日兄であるフィリエスが王都であるディアモンドを訪れたのは父の代わりに王へ領地の報告と謝罪の為だ。


「まさか……優秀なフィリエス兄さんが後手に回るなんて有り得ない」


 初めはディアモンドに父の代わりに報告へ来たのだと聞いた時、後継者がフィリエスに決まったのだと思ったのだが。

 だが「おめでとう」と祝いの言葉を述べると、秀麗な顔を翳らせてそうではないと間違いと早計を正された。


 フィライト国の北側に広がるラティリスはノアールの父であるセレスティア伯爵が領主を治めている。


 北に良質の鉱石を産出するセクト鉱山を持ち、その麓には鉱石を加工する工房と高い技術に定評のある商品を買い求める商人と客が集まる街が発展している。

 そして東側には山と丘が広がる放牧地帯では羊が飼育され、冬が長く寒さが厳しいこの地域での収入源として毛織物が特産となっていた。

 西側には貿易の要所である港街があるなど、伯爵ひとりで治めるにはラティリスは広すぎる。


 そこで父は成人した息子二人に領地を分割して任せている。

 長兄のルーサラには西の港街を。

 次兄のフィリエスには東の放牧地帯を。


 そしてフィリエスは任された領地で許されない過ちを犯した。


 病気の予兆を見逃したのだ。


「これが私の実力だよ。そもそもセレスティア伯爵の名など継げる器ではないのだ」


 兄の声は清々したといいたげに明るかった。

 そして父からの手紙をノアールに手渡して「戻っておいで」と囁いた。


 諭すような、懇願するような声で。


 セレスティア家の紋章の入った封蝋を開けて中を見れば、父の流麗な文字で夏休みに屋敷へ戻り、後継者候補としての役目を果たせと書かれていた。


 役目。


 できれば放り出したい。

 普通の伯爵家ならば長男が継ぎ、残りの子息は他の生きる道を模索する。

 だがセレスティア家の事情は少し複雑で簡単には後継者を選ぶことができないのだ。


 ノアールはその権利を放棄したいと心底思っている。

 でもそれも簡単にできない。


 代々続いているセレスティア家を潰すことはできないからだ。


「…………ん?」


 目の前を通り過ぎた影に気付いてノアールは顔を上げた。

 そしてその動きを追うように移動させて目を瞠る。

 光の粒子が尾を引きながら物体を運んでいく。


 それもひとつだけじゃない。


 上階からも流れるような動きで、輝きながら分厚い本が降りてくる。


「そんな!」


 手摺に駆け寄り本を追って階下を覗くと、両手を天井に向けて突き出した笑顔の少年と目が合う。

 白い帽子を被り、そこから見える赤茶色の髪はくるりと巻いている。

 エメラルドグリーンの瞳は大きく、目尻が少し上がっていた。

 ふっくらとした頬は笑窪が刻まれ、小さな唇が「やあ」と可愛らしい声でノアールに挨拶をする。


 上等の黒いローブの下に着ているのは簡素なシャツとズボン。

 革の靴は、よく履き慣らされているようだ。

 透けるような白い肌は、これまで太陽の下に出たことが無いように見える。

 その細い首から下げられている金の鎖に大きな紫色の石がついており、そこから強い魔力が感じられた。


「すごい」


 素直に感心してノアールは急いで通路を引き返した。

 ゆっくりと魔法の力で図書塔の本が少年の元へと誘われている。


 キラキラと魔法の軌跡を残して。


「もう閉館時間過ぎてるけど、君は図書委員ではないよね?初めて会うもの」


 少年は両手を下してノアールに確認するように質問する。

 集めた六冊の本を抱えて、またにこりと微笑む。


「僕はノアール=セレスティアです。あの、さっきの魔法は」


 並ぶと少年の背はノアールより小さかった。

 細い、薄いと注意を受けている自分より彼は華奢で頼りない。

 年齢は同じか、もしくは一つ二つ下かもしれない。

 同学年に少年の姿はないので学生ではないのだろう。


 でも学生で無い者がこの時間に此処にいるということは考えられない。


「ノアール……セレスティア?どっかで聞いたなぁ」


 首を傾げて少年が眉を寄せる。

 左手が首から下げた紫の石を弄っているが、それは無意識の行動のようだ。


「あ。ローレンがいってた子かな?成績優秀で将来有望だって」

「どうですかね……」

「あれ?謙遜?嫌味」


 目の前で美しい魔法を使った人物が謙遜を嫌味だというなんて。

 納得いかないという表情を見抜いて少年は愛らしく笑い「さあ。閉館だから出よう」と促し歩き出す。

 そのまま出ようとして立ち止まりズボンのポケットからメモを取り出すと慌てて受付に置きに戻る。


「黙って持ち出したら後が面倒だからね」

「そりゃそうですよ。貴重な本ばかりですから」


 彼が魔法で選んだ本は全て金の印がついている物だった。

 それも特殊な本ばかりで、学生が理解できないだろう専門の本だ。

 題を見てもなんの本なのか分からない物が多い。


「こんなの頭がおかしい奴が読む本だよ。人付き合いの嫌いな、本しか友達いない奴のね」


 まるで特定の人物に対しての悪口みたいに聞こえる。


 いや。

 悪口ではなく、戒めのような。


「それはおれのことか」

「うわっ!ガイ。いたの?」


 少年がしまったと顔を歪めて扉の向こうにいた人物に気付いて一歩下がる。

 ガイと呼ばれた男はのそりと長身を屈めて扉を潜り、ぼさぼさの藍色の前髪を掻き上げて小さな少年をぎろりと紫の瞳で睨んだ。

 顎には不精髭が生え、目には剣呑な色を浮かべている男は生成りのシャツに黒いズボンという格好をしている。


 大股で少年に近づくとその腕の中から書物を奪うと題名を確認して頷く。


「間違ってはいないようだな」

「当たり前だろ!大体心配なら頼まずに自分で来いってば。こっちは無駄な労力使って損した~」

「喧しい」


 一喝して男はようやく部外者がいることに気付きノアールを怪訝そうに見下ろす。

 慌てて居住まいを正し名を名乗ると、興味が無さそうに顔を背けられた。


「ごめんね。愛想無くて。ガイは母親のお腹の中に愛想を置いて生まれてきちゃって。お陰で友達がひとりもいなくて、拗ねて学院の研究塔に閉じ籠って研究ばっかしてるただの変人になっちゃってさ」

「余計な御世話だ!」

「学院の研究塔って……あの。ガイさんは院生なんですか?」


 フリザード魔法学園は四年で卒業だ。

 だがそこから学院の院生になって研究や勉学する一握りの稀有な人材がいる。

 彼らは学園の反対側にある岬の上にある研究塔で生活をし、そこからあまり出てこない。


 ノアールは初めて学院生を見た。


「だったらなんだ」


 素っ気無い言葉だが、一応答えてくれたのでほっとしながら「さっき彼が使ってた魔法が綺麗で。 あれはどんな原理なのか教えてもらえませんか?」と頼む。


「原理なんか知ってどうするの?知らなくても魔法は使えるよ?」

「知ってた方が上手く使えるよ」

「え~?面倒じゃん」

「お前は血筋に胡坐をかきすぎなんだ。……あれは物が落下する力を計算して、その数値よりほんの少し強い浮力を加える。誤差は0.02以内で。多すぎても少なすぎても駄目だ。それに横移動、縦移動の速度と物の質量を計算。発現中の湿度、温度、風の影響、障害物の在る無しも考慮して構築している。そして視覚の演出」

「構築するのに半年かかったもんね」


 なぜかガイの隣で少年が腕を組んでうんうんと頷く。


「そんなに?」

「この膨大な量の書籍を全てどこにあるか把握して、すぐに欲しい物を手に取れるようにするにはそれでも速い方だったと思うよ」

「じゃあさっきの魔法は、この図書塔で欲しい本を棚まで取りに行かなくてもいい為だけに作られた魔法ってこと?」


 それだけの為に作られた魔法。

 そしてそれを考え実現させるだけの能力と技術があるということが凄い。


「そういうこと。ズボラな魔法だけど助かるよね」

「この塔は高いから時間と体力を浪費する。オレは無駄が嫌いなんだ」

「いいなぁ。その魔法が使えればなぁ」

「教えてあげようか?」

「え?」

「莫迦いうな。誰もがお前みたいに恵まれてはいないんだぞ。ここでは基礎から学ぶ。この魔法は四年生が扱えるレベルの物だ」

「そんなに難しい魔法じゃないのに?」


 安請け合いをする少年に渋面を向け、男は噛んで含めるように説明するが、不服そうに頬を膨らませる。


「グラウィンドに連なる者が簡単に規則を破るのが問題だといっているんだ!」

「ええっ!君グラウィンド様の血縁者なの!?」

「残念ながら」

「ばかにしてるよね?」

「戻る。研究が途中だ」


 少年の抗議を無視して男は扉をさっさと出て行く。

 ノアールは少年が敬愛する学園創設者の血縁者と聞き途端に畏れ多い気持ちになる。

 ガイの後を追って行く後ろ姿をぼんやりと見送っていると扉の外で少年が立ち止まり鍵を振った。


「閉館時間過ぎてるから閉めるよ?」

「あ!すみません」

「いいよ~」


 慌てて出てきたノアールが扉を閉めると少年がすぐに鍵を閉める。

 それから手を差し出して「自己紹介まだだったよね。ザイル=グラウィンド。よろしく」と握手を求めてきた。

 その白く小さな掌に震える手を重ねて。


 奇跡のような出会いに胸が震え、やはり後を継ぐよりこの道を歩きたいと強く思った。




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