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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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先輩


 険しい岩場だらけの岬に建つ魔法学園と王都ディアモンドを繋ぐ道は唯ひとつ。


 王城から北西の位置にある魔法学園の門を通ること。

 ただこの門は門限があり、例え学生であろうとも門限を過ぎたら魔方陣を使って帰ってくることはできない。


 その登校用の魔方陣を使って街へと戻ったリディアは知識の通りを歩いていた。

 魔術師ギルドのある東区と下宿街や職人街のある西区に分かれているこの通りは、魔法に関する店や道具屋、雑貨店、古書店が並び多くの魔法使いたちが歩いている。職人街で働く人たちも頻繁に往来していて賑やかでもあった。


 この時間は授業終了から大分経っているせいか魔法学園の生徒の姿はリディア以外には無い。

 学園指定のローブは濃い紫で、明るい色で春を待っている街の景色からはかなり浮いている。大きな襟は白く、裾と同じように群青で模様が染め抜かれ、少し大人っぽいデザインが気に入っているが身長が小さいのが強調されてしまうのが玉に瑕だ。


 自分の歩く影が右側へと流れていくのを確認してリディアは更に速度をあげた。

 

 夕暮れが近づいている。

 風も冷たくなってきた。

 自然と小走りになりながら、知識の通りを進んでいくと視界が開けて王城前の広場へと出る。


 そこはまだ暖かな光に溢れており、人々ものんびりとくつろいでいた。


 ほっと息をついて歩調を緩め、王城を取り囲む城壁の方へと進む。

 城壁の中は旧市街があり建国時から住んでいる貴族や高級商人、騎士団や高級旅館、老舗の店、王族に連なる人々の住居がある。

 当然城壁の門には門番が立ち、王城前の通りを歩く人々を油断なく見ていた。


 門番の視線を感じながら、リディアは城壁に沿って歩いていく。

 左手には時計塔、正面には宿場街があり、宿場街の奥には歓楽街、そして街道へと続く東門がある。


 リディアの住む家があるのは城壁の東側にある裏門のそばの住宅街だ。その辺りは比較的裕福な家庭の人々が住んでいる場所で、治安も悪くない。

 裏門にも衛兵が立っているからだ。


 もうすぐ住宅街に入る、という所で後ろから突き飛ばされた。


 石畳に膝を打ちつけ、顔まで激突させる寸前に両手を地面に滑らせてそれを回避する。膝と掌が焼けるように熱かった。奥歯を噛みしめて、なにが起きたのか頭を必死に整理していると後頭部に「どこ見てやがんだぁ!」という声が降ってきた。


 早口で罵られてリディアは上体を起こしながら呆然とした顔を背後に向けた。


 そこに立っていたのは真っ黒な髪の少年だった。とても堅そうで量の多いその髪は、太陽の下で見ると深い緑にも見える。褐色の肌に赤茶色の瞳は見事な三白眼で人相が悪い上に左の頬に引き攣ったような古い傷跡が走っているので印象は悪い。裾の絞られたズボンを穿いて、前開きの上着を腹部で交差させ緋色の帯で結んだ変わった服装。


「……どこって前見て歩いているに決まってるでしょ?頭の後ろに目があるわけでも、後ろ向きに進んでいるわけでもないんだから!わたしは後ろから押されて転んだんだよ?」

「なにぃ?」


 仁王立ちした少年―—多分リディアよりひとつかふたつ上ぐらいの年齢だろう――を睨み上げながら頬に力を入れて舌を動かす。


「あなたに押されて転んだのに謝られるどころか、罵られて理不尽な扱いを受けてるですけど!?あなたこそ一体どこを見て歩いてたのか知りたいぐらいっ」


 胸がむかむかする。


 世の中理不尽なことばかりだと知ってはいるが、実際にこう言う扱いをされると黙っていられない。王都とはいえディアモンドは港を抱えた街なので、外国からの船やそれらに関わる海の男たちがうろうろしている。荒っぽい者も多く、難癖を付けられて金品を奪うという事件も度々あるのだ。


 そんな街で生まれ育ったリディアには少年の悪態や悪相はおそれるに足らない。


 忌々しいのは普段なら下校する時間を見計らって魔方陣の前で待っている兄の姿無かった事。いつもは鬱陶しいだけだがこういう輩に絡まれている時こそ傍にいて助けて欲しいものなのに。


 まったく無能な兄だ。


「わたしがなにをしたっていうの?ただ道を歩いてただけなのに後ろから突き飛ばされて、冷たい道にお尻を付けて訳も解らず怒鳴られて。痛いのに。ほら。膝も手も!」


 スカートとローブの裾をめくって見せてから、両手を広げて突き出した。少年は吊り上った鋭い瞳を細めてしげしげと掌を見る。そして屈んで膝も。


「フリザードの学生か?」

「え?」


 何気ない口調でリディアは怒りを和らげられて狼狽えた。

 合わさった襟の胸元からしわくちゃの布きれを取り出して、右膝の擦り切れて血が滲んだ傷を拭いてくれる。血は脛の真ん中までたれていてよく見るとスカートも汚れていた。


「ちっちぇから子どもかと思ってたけど、お前学園に入学できる年なのか」

「ちっ……ちっちゃい」

「俺も生徒」

「えええっ!?」


 子どもだと言われたことよりも少年が魔法学園の生徒だという事実の方が信じられなくて叫んだ。

 少年は眉根を寄せて耳の穴に左の人差し指を突っ込んで舌打ちする。


 フリザード魔法学園は歴史のある名門校で、魔法使いだけでなく優秀な騎士や剣士も輩出している――というのにこんな頭の悪そうな人間が在籍しているとは。


 自分の価値すら下がったような気がして眩暈がする。


「なんだよ!二年生だから先輩だろうがっ!」


 敬えといわんばかりの声にリディアは唇を尖らせて睨んだ。上級生が下級生を突き飛ばした挙句に謝りもしないのに、尊敬しろと言われても無理だろう。どうみても優秀さも思慮深さも感じさせない少年が魔法を学んでいるとは想像するのも難しい。


「……学年で何番なの?」


 二学期末の試験が終了して順位が張り出された後だ。

 リディアは疑いの眼差しを向けたまま尋ねた。


「俺か?俺は今回ぎりぎり三十番」

「三十番!?」

「なんだ。おかしいか?」


 一学年に九十人ほど在籍しているがその中で三十番とは意外に勉強はできるらしい。


「まあ俺様は勘がよくて冴えてるからな。出題される問題の山を張るのなんてお手のもんだ。今回は怖いほどよく当たったぜ」

「山を張る……?」


 なじみの無い言葉に首を傾げる。


「山を張るってのは一か八かの成功を狙って試験に出ると思われる部分を適当に選ぶんだよ。他の試験範囲は捨ててそこだけを覚えんだ。俺のは毎回八割は当たる。すげえだろ?」

「それじゃあ実力じゃなくて運じゃない。それ。ずるい」

「運も実力のうちだろうが」

「まぐれ」

「なにぃ?」


 意気揚々と笑う少年に呆れた視線を投げるとため息をついた。真面目に勉強している人たちが聞いたら怒りを通り越して卒倒してしまうだろう。

 リディアでも授業中に居眠りばかりをしているのに二十番台に毎回名前が載っているので嫌味を面と向かって言われることもある。


「ギャンブル性の高い勉強法だし、身につかない。それじゃあ学園に行っている意味ないよ」


 肩を竦めて見せると少年はニッと笑い「いいんだよ。意味なんか無くて」と悪びれもせずに言い放つ。

 そしてリディアの右膝にぐるりと布を巻いて結ぶと立ち上がり挨拶もせずに背中を向けて広場の方へと歩き出す。

 慌てて立ち上がりお礼を言いかけて止めた。怪我した理由は少年が突き飛ばしたからで、謝罪の言葉も無かったからだ。


 そんなものかと諦めて前を向き、足を前に出そうとして凍りついた。


 住宅街は薄闇に包まれ、家々の入り口にぼんやりとした灯りが灯されている。商店街や港で働く人たちが東の丘の方の住宅街に帰っていく人影がある。なかには住宅街の方から歓楽街の方へと連れ立って行く姿も見えた。


「だめだ……暗い」


 少年と喋っているうちにすっかり日が暮れてしまっていた。真っ暗ではないが薄ぼんやりとした視界は逆に顔の判別がつきにくく、輪郭もはっきりしない。紫色のローブも暗く沈み、風景に溶け込んでしまいそうで一気に不安が加速する。


 空も曇っていて月も星も見えない。

 心細さよりも恐怖で足が動かなかった。


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