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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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学生の本分⑦


 一学年に生徒は大体九十人。


 それを三クラスに分けてあるので三人掛けの机が教室に十個、講師が立つ教壇を中央に左右に分かれて置かれてある。

 決まった席は無いので必然的に速い者順で埋まって行く。


 意外と人気があるのは最前列。

 それも教壇の傍。

 そう広くない教室の中では後ろの席は逆に先生の目が行きやすく、そして当てられ易い。


 できれば当てられることなく平穏に授業を終わりたいと思う生徒は多い。

 当てられ答えを求められた時に、講師を納得させられる回答を口にできないのは恥ずかしいと思うだけの自尊心はみなが持ち合わせているらしい。


 それならばノアールのようにもっと真剣に勉学に励めばいいものを。


 案の定のんびり寮から教室へと登校してくると前から二列目まではぎっしりと埋まり、三列目と四列目の廊下側と窓側の死角を選んでみんな座っている。

 あとは仲が良い者同士でくっついて適当に腰かけていた。


 ノアールは窓側の一番後ろに座りぼんやりと外を眺めている。


「……まったく。らしくない」


 いい加減うんざりしてしまう。


 朝の爽やかな光の中で物憂げな顔をしている友人にセシルはさっさと近づいて、空いていた隣の席へ少し乱暴に腰を下ろした。


「……セシル?」


 どうやらようやく気付いたらしい。

 ぼうっとした瞳をこちらへ向けて、起きたばかりのような掠れた声を出す。

 右手で頬杖をつき柔らかな微笑で「おはよう。ノアール」と囁くついでに、眼鏡の蔓に引っ掛かっていた銀色の髪をそっと払ってやる。


「寝起きみたいな顔と声してる」

「……そういえば起きてから今まで誰とも話してないから」

「いいね。色っぽい」

「っ!?」


 やっと焦点を結んだノアールの瞳がセシルを見つめた後で慌てて逸らされた。

 頬をうっすらと染めて唇を戦慄かせたが、色っぽいと称された声を出すのを躊躇いきゅっと結ばれる。


「お勉強と本が大好きなノアールが、教科書も本も開かない休み時間があるのはなにか悩みがあるからだと思うんだけど。それが恋煩いだったらちょっと嫉妬する」


 からかわれるのが嫌な少年は口を噤んだまま顔を正面に向ける。

 その美しい横顔をじっくりと観察しながら、そっと息を吐き出した。


 一日だけなら体調が悪いのかと思う。


 だが二日も続いたらそれは珍しいを通り越して異常だと分かるほどにはノアールを知っている。

 彼がぼんやりと授業にも集中できていないのは兄が訪れた後からだ。


 引き止めておいてくれと頼んでいたリディアは何故か涙を堪え、怒ったような顔をしていた。

 上手く出来なくてごめんなさいと謝った声が震えていたけど慰めてはやらなかった。

 ただ気にしてないよとだけ伝え、鞄を持たせてやり家に帰した。

 それからリディアの落ち込み様も凄まじく、彼女もまた浮かない顔をして授業に集中できていないようだ。


 これは確実に期末テストの順位は落ちる。

 可哀相だがそれが現実だ。


「ねえ。ノアール。忘れさせてあげようか?」

「……なにを?」


 こちらを見ずに尋ねてきたノアールの繊細で危うい少年の美しさを堪能しながら「全部」と応えた。


「イヤなこと全部忘れさせてあげる。その辺の女より上手な自信あるよ。ノアールを満足させられる」

「…………セシル」


 大きく深いため息。

 呆れているのが解るがそんなことで傷つくような弱い人間ではない。


 むしろ好都合。


 所詮生まれは卑しい身の上で、慎みや華やかさとは無縁である。

 明け透けで、無遠慮で恥知らずの人間。

 純粋で可愛げのある子供の時代など元より許されなかった。

 流れ流れて、利用して。


 そうやって生きてきたから。


「そしてあたしを嫌いになればいい」

「なにをいって――」


 脈絡のない言葉にノアールが不快そうな表情を乗せてこちらを向く。

 その無垢な魂を穢してやりたい。

 口汚く罵ってセシルを断罪してくれればいいのに。


「セシル!」


 だが望んでいた声とは別の物が背後から叱責の響きを乗せて聞こえてきた。

 澄んだ水のような美しい声は同級生の物ではない。


 まずい。


 口の端を歪めてセシルは立ち上がりかけて止めた。

 逃げるためには残る方が賢明だ。


「貴女はなにを考えてるの!」


 口汚さとは程遠い、苛立ちと心痛の籠ったお叱りの言葉を小さな桜色の唇が吐き出す。

 綺麗に上を向いた長い睫毛の下に濡れる紺色の瞳は円らで、険を含んで上げられた形の良い眉毛と同色の銀色の髪は朝日を浴びて輝いている。

 花のような美しさと儚さを持つヘレーネは今日も内側から光を放ち、周りの人を圧倒させていた。


 あまりの美貌にクラスにいる者全員が口を開いて見惚れている。


「なにって……。ノアールと気持ちいいことしようって考えてたけど?」

「セシルっ」


 慌ててノアールがセシルの腕を引っ張る。

 怒りのあまり元々白いヘレーネの相貌が更に青白くなって血管が浮く。

 剣呑に目を細めてから「貴女、治療に行ってないんですってね?アイスバーグ先生から聞いたわよ」と地を這うような声で詰め寄ってきた。


「治療って、傷ならとっくに治ってる。今更なんの治療なのさ」

「貴女は女の子なのよ!傷が残ったら困るでしょ!?」

「困らないよ。別に。逆に箔が付いていい感じだし」

「だから。何度もいわせないで!貴女は女の子なの!傷がついて箔が付くなんて考え方はおかしいんだから!」


 その必死な言い分に薄らと厭な笑みが浮かぶ。

 セシルの素性を知っているくせに、考え方がおかしいと諭す矛盾。


 それはヘレーネがセシルを傷つけたという事実に責任を感じ、そしてその罪悪感を消したいがための行動。


「三ヶ月前の傷の話をなんで今頃しなきゃならないのか、全く理解できないんだけど」

「いいから!いらっしゃい」


 一向に終わらない押し問答に痺れを切らしてヘレーネがセシルの手を取り引く。

 その細い指を持つ掌が見た目ほど柔らかくない。

 そしてか弱くも無い。

 意外なほど強くセシルを引くその腕はやはり男の物だ。


 見た目は女性なのに。


「今から授業なんだけど。終わってからじゃ駄目なの?」


 渋々立ち上がりながら一応最後の抵抗をしてみる。


「貴女は別に授業に興味ないでしょう」

「あたしここの学生なのにその言い方は無いんじゃない?ヘレーネ」

「興味ないんでしょ?」


 そう問われればこう答えるしかない。


「まあ……興味は無いけど」

「じゃあ構わないでしょ。それじゃノアール。少しセシルを借りるわね」

「…………どうぞ」

「ほら、お許しが出たわよ。いきましょ」

「ああ。ちょっと。ノアールの薄情者!」


 あっさりと引き渡され、セシルはぐいぐいと引っ張られるまま教室を出た。



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