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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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学生の本分⑤


 埃は枯れた匂いがする。


 そして総じて老人も似たような匂いがする。

 それは決して嫌な臭いではない。

 逆に色々な殻が剥がされ全てが純化し昇華していくようで尊くすら感じるのだ。


 だからセシルは同じ理由でこの図書塔が嫌いではない。


 長居はしたくはないが。


 壁に並ぶ知識の宝庫たる本を手に取り眺めることもせずにゆっくりと上がって行く。

 セシルは座って本から学ぶよりも、動いて体で学ぶ方が好きだし向いているという自覚がある。

 だからノアールのように本の虫になる者の気が知れないとは思うが、夢中になっている世界からこちらへと気を引くためにちょっかいをかけるのは大好きだ。


 それに本を読んでいる彼の顔はとても崇高で美しい。


 丁度三階分の高さに設けられた書見台に二人の姿を見つけ、ほんの少しスピードを上げる。

 こちらに背を向ける形で座っている少女は真剣に教科書を読んでいて気付いていないが、その向かいに座っている少年が気付いて少しほっとした表情で小さく頷いた。


「リディ」


 後ろから癖の無い薄茶色の髪を掬うように両指に絡ませてその柔らかな頬を包む。

 すべすべの赤ちゃんみたいな肌の感触を楽しむように動かすと「くすぐったいよ」と身を捩ったリディアの緑の大きな瞳がセシルを咎めるように振り返る。


「邪魔してごめん。でも急げば面白い物が見られるよ」

「なに?」

「なんだと思う?」


 質問に質問で返すと少女は眉を微かに寄せて唇をへの字にする。

 口にしなくても「そんなの分かるわけない」という気持ちが表れていて思わず笑ってしまう。


「ノアールのお兄さん。今来てるってさ」

「え!?どこに?もしかしてここ?」

「魔法陣までノアールが迎えに行った。折角だから挨拶しない?で、ノアールを困らせてやろうよ」


 驚いた後の好奇心に変わったリディアに提案すると、逡巡するかのように目を泳がせたがやはり興味の方が勝ったのか頷いた。

 早速立ち上がって向かい側に座っているフィルに気付き、今更のことなのに迷う素振りを見せる。


 自分から勉強を見て欲しいと頼んだのに、それを放り出してノアールの兄を見に野次馬をしにいこうというのだから。


「ええっと」

「行ってもいいよ。ノアールのお兄さんが来るなんて珍しいことなんだし。今日は十分勉強したよ」

「そんな。うん。いや。でも。う~ん。ああ」


 気持ちを持て余してリディアは唸り、焦ったり、悩んだり、苦しんだりと百面相をし始める。

 最後になにか解決策を思いついたのか花のように微笑んで「じゃあ一緒に行こう」と誘う。

 フィルが一瞬惚けて、すぐに面食らった顔をし「ぼくは遠慮しとくよ」との一言に見る見る間に意気消沈するリディア。


 なんとかしてくれとこっちを見るので代りに引き受けた。


「リディ。あんまりフィリーを困らせるとリディが困ることになるよ。可愛い女の子に誘われて断れる余裕があるうちに撤退しなきゃ。男はリディが思ってるほど気が長い生き物じゃないんだから」

「どういうこと?セシルのいうことって回りくどくて分かり辛い」

「そうかな?フィリーは分かってるみたいだけど?」


 揶揄して少年を見ると苦い物を食べているような顔をして横を向く。

 リディアが困惑している間にセシルはその両肩を押して回れ右をさせると背中を押した。


「セシル?」

「ちょっとフィリーに話があるから先に行っててよ。ノアールのお兄さんを引き止めておいてね。なにしろすごい良い男らしいから」

「え!?引き止めとくってどうやって……」


 青くなった少女に安心させるように「すぐに行くから」と微笑む。

 フィルとセシルの顔を見比べて、なんとなく察したのか頷き「早く来てね」と念押ししておりていく。

 それに手を振ってセシルはリディアの座っていた席に腰を下ろした。

 そこにはまだ彼女の温もりが残っていて、甘やかな思いを植え付ける。


「すごい良い男ってとこを聞きのがしちゃうところがリディアらしいよね?」

「……最後にその情報を持ってくるセシルが悪いと思うけど」

「最後までちゃんと聞かない方が悪くない?」

「そうかもしれないけどね……。でも」


 来ないかと思ったよとフィルが声を低くしたのでセシルは両手を上げる。

 別に彼は怒っているわけでは無いが、その声が苦悩を抱えて疲れ果てているのを汲み取り、敵意はないのだと知らしめるために降参の仕草をとっただけだ。


「あんたも不憫な人だね。そんだけ苦しむなら断ればいいのに。二人きりにならないようにヘレーネやライカにも頼んで」


 そしてセシルにまで頼んできた。

 図書塔での勉強会にそれとなく一緒に来てくれないかと。


「一日目はヘレーネ。二日目はライカ。三日目はあたし。明日はどうするつもり?紅蓮?ノアール?」

「……紅蓮には明日来てくれるように頼んだ」


 頼んだのかよというツッコミは心の中でしてセシルは呆れる。付き合わされる方の身にもなって欲しい。

 まあ二人をからかって楽しむのは簡単だが、それでは勉強会の意味は無くなるだろう。セシルは邪魔をする。


 確実に。


「……どうしてリディアはぼくを怖がらないんだろう。普通あんなことされた相手に笑いかけたり話しかけたりしない。できない。赦せないはずなのに」

「フィリーがしたことはリディアの手にちょっと傷をつけて血を刃物につけただけだからね。実際の暴行はあんたのママがやったことだし。一応ママから庇おうとはしたんでしょ?」

「あんなの!」


 庇ったことにはならない。


 フィルの言い分は分かる。

 でもその時のフィルはまだ子供で、絶対である存在の母親を完全に否定し拒むことなどできなかっただろう。

 できることは「ここまで傷つける必要は無かったし、怪我させないって約束だったろ」と責めることだけだったはずだ。


「リディアが思い出した記憶は鮮明じゃなかったって言ってた。まるで夢を見たかのように不鮮明だって。だからじゃない?あんまり実感ないから恐くないんじゃないかな」


 それが時間の経過による記憶の薄れなのか、ドライノスの優しい思いやりによる魔法の効果なのか、セシルが薄めてしまった副産物なのかよくは分からない。


 だが結果としてリディアの負担は軽くなった。


 罪を犯した側は責められることなく、償うこともできずに感情を消化できずに苦しむことになったがそれもまた仕方が無いことだ。


 ある意味それが罰なのかもしれない。


「だからフィリーも気にせず普通の男として振る舞えばいい」

「……できないよ」

「意気地なしだな。フィリーは。女の子の一人や二人ぐらい愉しんでもいいのに。それとも教えてもらわなきゃ女の扱いは解らない?」

「ちょっと!セシル!?」


 そっと右手を伸ばしフィルの首の後ろをやんわりと包み込む。

 そのまま後頭部に手を移動させ身を乗り出すと、慌てて少年は押し返そうと両手を前に出すがその時はもう距離を詰めていたので腕のやり場に困り固まったようだった。

 宙に浮いたままの手を見て笑いセシルは書見台に左膝を乗せて更に近づく。


「拒まないなら、しちゃうよ?」

「っ!」


 吐息と髪が触れあうほどに顔が近づいて、ようやく灰紫色の瞳が力を得て躊躇っていた腕がセシルの肩を押し退けた。


 耳と頬を上気させて睨んでいる姿はなんとも悩ましい。


「そそられる。そんなに隙だらけじゃ、すぐにでも攻略できそうだ」

「……冗談にもほどがあるよ」

「ふふん。そうだ意気地なしのフィリーの為に今度ドライノスからいやらしい薬をもらってきてあげるよ。それなら大丈夫だ?」

「そんなの必要ない!それに大丈夫ってなんのことだよ!」


 声を荒げるフィルに満足して台から飛び降りると、リディアの勉強道具をまとめてから鞄に突っ込んで「じゃあね」と笑顔で手を振って後にした。



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