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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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解決



 中庭には心地良い春風と陽気が満ちていた。


 午後の昼下がりノアールは膝の上に置いた本のページをゆっくりと目で追いながら、隣りから差し出されたマフィンを受け取る。


「実力テストどうだった?」


 神妙な顔で聞いてくるリディアに「いつも通りかな」と答えるとセシルが「流石学年一の秀才だね」とからかうように笑う。


 暖かい風が吹いて頭上の木々が揺れると紙の上の影と光が乱反射して目の奥が傷んだ。

 目蓋を閉じてからそっと開け、マフィンを食べる為に本を閉じた。


「あれからリディのパパはどうしてる?」


 マフィンに豪快に齧りつきながらセシルが話題を変えた。

 聞いて欲しくないのか、興味が無いかのどちらかだろう。


 だがリディアもその話題を引っ張りたくは無かったのか、欠伸を噛みしめながら軽く頷いてスカートの上のマフィンを千切った。


「こっちもいつも通りかな。ママが一人納得できないってぷりぷりしてるけど」

「トムは?」

「そっちは……フィリーには悪いけど会ったらボコボコにしてやるって意気込んでる」


 ということはエディルが下した決断に従うということだろう。

 殴ってこの件は終わりにしてやるという意思表示だと解釈すればだが。


 エディルはフィリーとルクリアを役人に突き出すことはしなかった。

 ただリディアの暗示を解いてくれたことに礼をいい、自分の所業を謝罪しただけ。


 身代金として渡した金は今更取り戻す気も無いので、慰謝料と思ってくれていいと。


 そして最後にライバルであり親友を失った悔恨の涙を流した。


 ルクリアはリストに戻り、フィリーは学園に残っている。

 ただし偽られていた名前と性別を元に戻して。


「そういえば秀才さんはどうしてフィリーが犯人だって解ったのさ」


 ブルーベリージャムを口の端につけ首を捻るセシルに苦笑する。

 それはたまたま上級生の図書委員がフィリーの学歴を教えてくれたからに他ならない。


 フィリーの名簿を見ているセシルに尋ねる前にローレンが教えてくからこそ核心に至れたというだけ。


「紅蓮に手紙をリストまで届けて欲しいって頼んだのがフィリーだっていう情報とトラカンの魔法学校で学んでいたって聞いて。ルクリアさんはトラカンの出身だったからディアモンドを出た後に故郷に帰ったんじゃないかなって考えた」


 アーモンドを歯で砕いて飲み込みセシルが渡してくれるコップを受け取って水を口に含む。


 二人は黙ってノアールの説明を待っている。


「その頃フィリーは五歳だったから魔法学校小等部に入ることはできただろうなと。その間は多分それなりに幸せで穏やかに暮らしてたんじゃないかな。でもフィリーが勉強も魔法にも優秀だったからルクリアさんは計画を立てた。才能のあるフィリーのために中等学校へ入れたくてもお金が無いから」


 もちろん推測でしかないが。


「小等部は五歳から十歳までで卒業する。中等学校へ入学する二カ月の間にお金を用意しなきゃならない。だから急いでルクリアさんとフィリーはディアモンドへと戻りリディアを誘拐した」

「じゃあ復讐ではなく金目当ての事件だったってこと?」


 腕を組んでセシルが解せないという顔をする。

それにノアールは「両方じゃないかな」と答えてやると「ああ」と納得して口の端のジャムをペロリと舌で舐めて微笑んだ。


「フィリーは中等学校に上がる時に女の子になったの?」


 リディアは答えを全てノアールが持っていると信じて疑わない瞳で見つめてくる。

 そういうことは本人に聞いて欲しい。


 困っているノアールをセシルがにやにやと笑いながら「どうなのさ」と答えを急かす。軽く睨みつけてから考えうる答えを口にする。


「……おそらくはそうだろうね。なんらかの理由をつけて中等学校に偽名を名乗らせることを認めさせた。それでそのままフリザード魔法学園に推薦入学で入ってきた」

「なんらかの理由って?」


 水を飲みながら明確な答えを欲しがるリディアにうんざりしながら首を振って降参した。

 だがセシルは意地悪な笑みをたたえたまま「ちゃんと考えなよ」とまたしても茶々を入れる。


「借金取りに追われているから……とか」


 苦し紛れに出した答えに背後から拍手が贈られた。

 振り返ると爽やかな笑顔で歩いてくるフィリーの姿が。

 金色の長い髪を項でひとつに束ねて、服装はスカートではなく一般的な男物の服を着ている。

 ようやく男として生活できるようになったことを喜んでいるように見えた。


「名推理だね。ノアール」

「えっ!?本当に……」

「ぼくの家は貧乏だったから中等学校へ行くために借金をしたといったら信じてくれたよ。まさか身代金だとは誰も思わないからね」


 当然だ。


「慰謝料!」


 神経質にリディアが言い直す。

 本人は苦笑して首を竦めるとノアールの隣に腰を下ろした。


「ヘレーネは元気になった?」

「熱は下がったから大丈夫じゃないかな」


 あの後、雨に濡れて熱を出したヘレーネと元々熱のあったセシルが倒れた。

 それから寝不足と頭痛でノアールも三日寝ていたし、リディアも色々あって体調を崩した。

 元気だったのは紅蓮とライカにフィリーだけ。

 そんなフィリーもずっと事後処理のために多忙を極めていたし。


 ヘレーネとフィリーは無事に下宿へと戻り、事件は無事解決され、たった二週間の春休みはあっという間に過ぎ去ってしまった。


 ノアールはフィリーに会うのはあの日以来だったので、少年としてのフィリーに少し戸惑う。


「どうかした?」


 不思議そうに問われ、慌てて目を反らすと本を広げた。

 フィリーがクスリと笑う気配を感じて更にいたたまれずに俯く。


「でもあの時のリディアは勇気があってびっくりしたね。一番怖かったはずのルクリアさんにしがみついてさ」

「勇気じゃなくて無謀だよ。どうしてぼくと二人きりで話をしようと思ったの?セシルやノアールに一緒に来てもらうとか考えなかった?」


 セシルは讃え、フィリーは責める。

 リディアは手を叩いてマフィンの滓を落として「う~ん」と唸る。


「あの時は夢中だったから……。でも思い出す前より怖いって気持ちは弱くなってたかな。フィリーは昔も今も優しかったし、後悔しているのが分かってたし。きっと傷つけたりしないって確信があったから」

「そんな。軽率すぎるよ」

「そんなことない。わたしが誘拐されて意識を失う前に聞こえたよ。フィリーはルクリアさんに『ここまで傷つける必要は無かったし、怪我させないって約束だったろ』っていってくれてたでしょ?」


 はにかむように笑ってリディアは「だから恐くなかったよ」と明るくいった。


「まあ……ルクリアさんは思い出した後でも怖かったけど。フィリーのお母さんなんだし、きっと話せば分かってくれるかなって」

「安直」

「ほっといて」


 ふくれっ面でリディアはそっぽを向く。

 セシルは声を上げて笑い、フィリーは苦りきった表情で首を傾げる。


「そうだ。どうやってフィリーとルクリアさんはお金を宿屋から持ち出したの?」

「お。それは気になる。教えて教えて」

「簡単だよ。エディルさんは宿屋に空っぽの鞄を置いて出て来るように指示して、本物の身代金は時計塔の傍の公園で受け取ったから」

「……ということはエディルさんもグル?」

「パパはフィリーたちに捕まってほしくなかったんだよ」

「……かもね。エディルさんは優しい人だから」

「そうだ。セシルが気に入ってた幸福の木。枯れちゃったの。残念」


 唐突にリディアがセシルの方に身体ごと向き直って申し訳なさそうに呟いた。

 それにセシルが「ああ……あれね」と気まずそうに言葉を濁す。


 その言い方に首を傾げたのはノアールだけでは無い。

 リディアも怪訝そうにしている。


「きっと生きてきた分の記憶を思い出して悲観して枯れたんだ」

「……セシル。それって」

「ごめん。リディ。ドライノスから貰った薬のほとんどをあの木にあげちゃった」


 記憶を喚起する薬をセシルはドライノスから預かり、それをリディアに飲ませたのだと聞いていた。

 だがそのほとんどを植物の根元に捨てたという。

 木は薬に汚染されて枯れたのだろう。


 だが今気にする所はそこではない。


「じゃあリディアが飲んだ薬は?」

「ほぼ水?」


 あっけらかんと答えたセシルを呆然と見つめる。

 それでは薬は効くはずが無い。


 だがリディアは記憶を取り戻したという。


 これはどういうことだ。


「少しくらい薄めても効くんじゃないかと思って」

「その根拠は?」

「ノアールやリディはドライノスの薬と魔法の腕を信用してるから、ほとんど水でも薬だったいって飲ませれば効果あるよ。思い込みを利用しただけ」


 詰め寄ったノアールに簡単に説明するとセシルは本日二個目のマフィンに手を伸ばす。

 確かにドライノスから頭痛薬だと渡されて飲んだら、例え胃薬だったとしても効くだろう。


 だがまさか大事な時にそんな芸当をやってのけるとは。


「リディの負担が軽くなればいいなって思って。それにもし効かなかったとしてもノアールが犯人を見つけてくれるだろうからと人任せにしてみた」


 友情のなせる業だったのかとノアールはため息を吐いたが、感動していいはずのリディアがなぜだか猛然と「ちょっと待ってよ!」と怒り始めた。

 それにはセシルも驚いて身を仰け反らせる。


「なんで悲観して幸福の木が枯れるのよ!わたしの所に来たのが嫌だったとでもいうの!?」

「ええっ!?そこ!?」


 若干ずれているリディアの反応に度肝を抜かれるているとセシルは腹を抱えて芝生に転がり、フィリーが「まあまあ」と間に入った。


「おかしい。お腹痛いっ。リディ最高!!」

「なにがおかしいのよぅ」


 悔しそうに地面に両拳を叩きつけるリディアを漸く笑いを押え込んだセシルが身体を起こして慰める。


「分かった。じゃあ言い方を変える。リディが幸せになったから役目を終えたんだよ」

「むむむ……今更遅い」

「おっと。長居は無用かな……後頼むね。ノアール」


 機嫌を取ることに失敗したセシルが慌てて立ち上がる。

 無理やりリディアを押しつけて身を翻して駆けて行った。


「ちょっと!セシル」


 怒りが治まらないリディアが呼び止めるが右手をひらひらと振ったまま校舎の中へ消えた。

 逃げて行った方向を見てノアールは思い出し、自棄になってマフィンを食べているリディアに力ない笑顔を向ける。


「今日抜糸だっていってたから。アイスバーグ先生の所に行ったんじゃないかな」

「抜糸……」


 その言葉を聞いてリディアは溜飲を下げざるを得なくなり食べかけのマフィンをフィリーに渡す。


 食欲が無くなったのか、元々食べたくないのに食べていたのか分からない。


「セシルはセンスがあるね」


 フィリーが有難くマフィンを口に入れながら感想を述べる。

 ノアールもその言葉には頷く。

 一番魔法を信じておらず、勉強する気も無いくせに才能があるのだから面白くない。


 それに勿体無いと思う。


「ノアールも才能あるよ」


 一歳しか変わらないのにフィリーは柔らかい笑顔で落ち込むノアールを励ましてくれる。

 その余裕はどこから来るのだろう。


「ぼくは魔法に興味が無くなったんだ。最初は楽しくて面白くて、上手くできれば先生も母さんも喜んで褒めてくれたから夢中だったけど……その学んだ技術を使ってリディアを苦しめたことが辛くて。恐くて憎かった」


 フィリーがちらりとノアールの右隣に座っているリディアの方を見て目を細めて笑う。

 その視線を辿ると睡魔の誘いに乗りウトウトと居眠りをし始めているリディアがいた。

 危なげに前の方へ頭が下がったり、上がったりする。


「本当は勉強するのが嫌だったけど学校で良い成績を取ればディアモンドの魔法学園の推薦枠を取れるって聞いて頑張ったよ。リディアの暗示を解けるように。それまでは何事も起こらないようにってそればっかり願ってたから」

「上手くいって良かった」


 そう相槌を打つと複雑な表情でリディアの寝顔をフィリーが眺めながら「どうかな」とため息をついた。


「この様子じゃ相変わらず夜は眠れないみたいだしね。そう簡単に全てが上手くいくとは思っていなかったけど」


 悔しいと続けてフィリーは無心でマフィンを頬張る。

 ノアールはなにもいえずに本へと目を落とす。


 人それぞれに進むべき道がある。

 今は同じ学園で生活をし、学んでいるだけだ。


 いずれはバラバラになる日が来る。

 それでも今は一緒に居たい。


「……リディア?」


 肩甲骨に重みを感じて肩越しに振り返ると薄茶色の髪が見えた。

 そのままだと滑り落ちて地面に横たわる形になるのでノアールは身体を動かして背中合わせになるようにした。

 身動きが取れずにきついが仕方がない。


「ノアールは優しいね」


 フィリーが微笑んで膝を抱えると空を見上げる。

 つられて見上げるとどこまでも澄んだ青い空が続いていた。


 そして緑の匂い。

 暖かな風。


「エディルさんは役人に引き渡さなかったけど、母さんと二人で次の日出頭したんだ。奥の部屋に連れていかれて少し待たされた。そして誰が来たと思う?」

「……分からないよ」

「前法務大臣補佐のオルキス=フォルビア様」


 目を閉じて風の匂いを嗅ぐように鼻を動かしフィリーは薄く笑った。


「それで……どうなったの?」


 待たされ現れたのは前法務大臣補佐。

 緊張し、どんな判決が下されるかと思うと生きた心地がしないだろう。


 ノアールなら卒倒してしまうかもしれない。


「あの方も思慮深く優しい方だ。誰も訴え出ていない罪で人を裁くことができる法律は今の所無いからぼくたちは無罪であるって」

「っ格好いい!」

「だよね。これからも勉学に励んで頑張るようにとまでいってもらちゃったよ」


 後悔し魔法の力に絶望したフィリー。

 弱々しく呟き右手を両目の上に翳す。


 魔法が齎す物。

 それは善か悪かは使用する者の心根で決まる。


 なにを成すべきか。


 背中の温もりと重みが逃げることを許さない。

 リディアは逃げずに闘った。


「夏には実家に帰ろうかな」


 逃げ続けた問題に立ち向かう為の一歩を踏み出す決心を鈍らせないように口にするとフィリーが「そう」とだけ応える。


 素っ気無くは無い。


 その短い言葉の中に尊重する響きがあることをノアールは聞き取った。


 兄達の顔を思い出しながら文章をなぞる。

 今度こそ自分の想いを伝えよう。


 はっきりと。


ようやく第一部終了です。

お付き合いいただきありがとうございます。

読んでくださる方がいるということが、こんなにも嬉しいことだとは……。

これからも彼らの物語を温かく見守っていただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 再読ですが、謎解きの瞬間はやはりどきどきしました! フィリーママも、最後まで意地を張らなくて良かった。きっとずっと彼女も後悔してたのでしょうね。後悔とはちょっと違うかもですが、ずっと気にし…
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