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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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秘密



「えっと……どういうこと?」

「言った通り。聞こえなかった?」

「聞こえた……けど」


 意味は解るが詳しい内容までは想像もつかない。

 再び顔を伏せてしまったので所在無く空を見上げた。まだ冷たい風が梢を揺らして葉が擦れ爽やかな音をたてる。

 陽射しが暖かいのだけが救いだ。


 女子寮へと降りていく階段が木々の向こうに見えている。視線を下ろしてぼんやりとみていると、リディアが身じろぎして顔を上げる気配がした。擦れた声が「再会の呪い」と呟く。


「え?」

「再会の呪いって知ってる?」

「確か……お互いに勿忘草を交換して、それを東の窓辺に飾るってやつじゃなかった?」


 少女は硬い表情で首を振る。


「それは再会のおまじないでしょ。のろいだよ?呪い」

「……知らない」


 そんな呪いなど聞いたことが無い。

少女が手袋をした左手をひらひらと泳がせる。


「小さい頃に誘拐されたことがあるんだけどその時の記憶が全く無くて。犯人の顔も性別もどこに連れて行かれたのかも覚えてない。なにをされたのかも」

 誘拐されたことがあるらしいという噂は入学当初からまことしやかに広がっていた。本人はそのことについて語りたくないのか、聞かれても完全に無視して黙秘を続けていた。

 その態度もみんなに反感を持たれている要因のひとつだ。


「それでもひとつだけはっきり覚えてる言葉がある」


 喋りたくないことを無理に言わせるつもりはなかったので正直焦った。


 聞かされても困る。

 なぜ自分なのか。


「いいよ。あの……無理に」

「もうだめ。ここまで喋ったら途中で止まれない」

「ええ!?」

「わたしに家族以外の大切な人ができた時にまた会おう。その時が大切な人を失う時だ」


 必死で説得しようと試みる前に少女は一気に吐き出した。

 秘密を吐露したことにいくらか満足した顔のリディアと、聞いてしまい重荷を背負わされたノアール。


「……そんな」


 愕然としているノアールに少女は苦笑する。


「だって知りたがってたでしょ?どうしてあんなに難しい本を読んでたか。それは呪いを解くためなの。この学園に入ったのもそのため」


 うなされていた少女が目覚めてすぐに恐れていたのは再会を望んでいない誘拐犯だったのか。


 だから約束が違うと訴えた。

 大切な人はいないのにと。

 

 どこか他人から嫌われ、疎まれるのを好んでいるように見えたのは大切な人を作らないように、という最低限の防御なのだろう。


 わざと壁を作って距離をとるのも――そう考えると悲しい。


「呪いは左手にかけられている?」

「うん。見せないけど」


 さっと左手をスカートの裾に隠して澄ました顔をする。


 別に見せてもらおうとは思っていない。


 誘拐話をされる以上にリディアは左手に触れられるのを嫌う。

 面白半分で手袋を剥ぎ取ろうしたクラスメイトの少年を右拳で思いっきり殴ったという事件が起き、それからは冗談でも口にしないようになったほどだ。


「ねえ。大切ってどこまで入ると思う?友達もやっぱり入るのかな?」


 緑の瞳は突然暗く沈み、自分では判断できかねるのかノアールに意見を求めてきた。


「難しいけど入るのかも。大体その言葉自体が曖昧すぎる。大切な人って言い方は漠然としすぎてるから。考え方や価値観で人それぞれだし。友達は大切な人に入らないだろうって考えていたら、相手はそれも含むとみなすかもしれない。逆もある。だったらやっぱり一番安全な方を選んだ方がいいと思う」


 リディアは「だよね」とため息をつきながら頷く。

 それから毅然と顔を上げるとノアールの眼鏡の奥にある目を真っすぐ見つめてきた。


「大切な人を失う時っていうのが、その人が生命を失うのか、気持ちを失うのか解らないのが一番恐い。もし失われるのがわたしの生命だったり、思いだったりするのならなにも恐くないんだけど。相手に危害が及ぶのはやっぱりいやなの」

「でもずっとひとりっていうのは……」

「だから勉強して呪いを解くんだってば!それまでの辛抱。その為に頑張ってるんだから」


 彼女は友達を作らないことだけでなく、いまだに誘拐犯を恐れる日々を送っている。辛いという言葉だけでは言い表せないはずの思いがあるはずなのに。

 暗闇を恐れて夜も眠れないでは授業中に居眠りも仕方がない。


「……手伝うよ」

「なにを?」

「呪いを解くためにできることがあるなら手伝う。聞いちゃったしさ」


 ノアールは微笑んでから立ち上がる。服に着いた芝生を叩いて落とし「う~ん」と伸びをした。チラリとみるとリディアが驚いたように目を丸くしていた。


「危険だよ」

「なにが?」

「わたしがいつノアールを友達だって思うか解らないのに」

「その時は……大切に友達が含まれないことを祈るよ」


 リディアは唇を噛んでから小さく頷き、消え入りそうな声で「ありがとう」と続ける。

 ノアールがそれに答えずに太陽を見て目を細めたところで突然後ろに生えている木の枝がバサバサと音をたてた。なんだなんだと驚いているうちに目の前にしなやかな手足を地面につけてこちらを見てニッと笑う顔があった。

 まるで新緑の柔らかな色そのままの髪が風にそよいでふわふわと猫っ毛が乱れる。白目の少ない琥珀の瞳は目尻が少し上がっていて、つんと上を向いた鼻の下で薄い唇が動く。


「その話乗った!」


 悪戯が成功した時の屈託のない笑顔を浮かべて立ち上がると、両手を叩いて泥や木の屑を落とす。少女にしては低く、少年にしては高い声。どちらとは判断しかねる容姿を持っているが性別は女だ。


 同級生の問題児。


「セシル」


 咎めるように目の前の同級生を見た。

 「その話」と言ったからにはずっと木の上で盗み聞きしていたのだ。だがセシルは悪びれる様子もなくショートパンツからすらりと伸びた脚を見せつけながらリディアに歩み寄ると、上からワシっと頭を撫でた。撫でるというよりは乱暴なやり方に鈴がしきりに抗議の音をたてている。


「ちょっと!止めてったら」

「大丈夫。恐がらなくてもこの呪い穴だらけだ」

「え!?」


 セシルはおかしくてしょうがないというように顔をくちゃくちゃにして笑い、親指を立てて突き出す。穴だらけという言葉にノアールもリディアも驚きの声を上げた。


 同級生のセシルは魔法よりも体術や軽業が得意で試験の順位も高くはない。そんな彼女に呪い――つまり魔法について説明を受ける日が来るとは夢にも思っていなかった。ノアールは少しプライドを傷つけられてひっそりと落ち込んだ。


「いい?家族以外の大切な人は駄目ってことは……この人は大切になりそうだという瞬間に家族になればいい」

「……どういうこと?」

「結婚しちゃえばいい」

「ええーっ!?」


 無茶苦茶な言い分にノアールは「それは異性にしか使えないよ。乱暴すぎる」と却下する。だが怯まずに人差し指と中指をたてて見せてセシルが「ふたつ目」と続けた。


「リディアは誘拐犯を覚えていない。どこにいるかも解らない。いつまた現れるか恐くて呪いを解こうとしている。でもそれは難しい。だって魔法はかけるよりも解く方が断然難しいから。それぐらいあたしでも解る」


 そう。


 かけられた呪いを解くのは難しい。そんなことはこの学園にいる学生全員が知っている常識である。


「でも逆に相手が誰で、何処にいるかを把握できれば簡単にその恐怖からは逃れられる。違う?」

「そりゃ……そうだけど」

「それなら誘き寄せて捕まえるのが一番の早道だってば。そして呪いを本人に解いてもらう。それなら簡単」

「リディアに大切な人ができた時に発動する呪いを利用するってことか……」


 ようやくセシルの言いたいことが見えてきた。だがそれはとても危険なことである。どれほどの魔法の使い手なのか解らないのに、子どもだけで立ち向かうことはあまりにも無謀すぎる。


「いやだよ!わたし」

「まあ……おとなしくこっちの要求をのむとは思えないし。大切の相手役の命の保証もできないしね」


 リディアが反対してノアールも尻込みする。

 だがセシルは腰に手をあてて仁王立ちすると「決めたから」そう宣言して白い歯を見せて唇の端を持ち上げる。


「聞いたからにはあたしはあたしのやり方で協力する。だからリディアはたった今からあたしの友達」

「やだやだやだ!そんなのやだよ!」


 半泣きになりながらリディアは拒否するがセシルは構わずに「よろしく。リディ」と肩を抱いた。


 ノアールは眼鏡を押し上げて苦笑し、問題児ふたりが繰り広げる騒がしい日々が来ることを思うと少々気が重いが「手伝う」といった手前今更引けない。このふたりが暴走しないように監視する役目を引き受けることにした。


 明後日から二週間の休暇があり、そのあと三学期が始まる。


「ゆっくり読書でもしようかと思ってたけど……無理そうだな」


 青い空に見守られ、今日もディアモンドの街は平和だ。

 魔法学園の中庭の騒がしさも平和の証なのだろうと思い込みながらノアールはなんとも情けない声でため息をついたのだった。

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