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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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呪われてるし!


 あれは確か一学期が終わる直前の寒い日だった。


 入学してから三ヶ月が経ってそれぞれが仲の良いグループに別れ落ち着き始めていた頃。そのグループ内で小さな諍いがあった。


 一時限目と二時限目の間の三十分休憩の時。

 女の子六人グループの中で一人の女の子が言い負かされて泣いてしまった。グループのリーダーは期末テストで五番に入った勉強のできる女の子。リーダーは気に入らないその子を「まったく……すぐ泣いて、感情的な子供はこれだから困るわ。魔法学園に入学したからには知的に振る舞えないの?」と馬鹿にした。


 皆が遠巻きに見ている中で少女は自分の机に頬杖をついたまま、さっきの言葉で責めた。

 リーダーの子は「知的好奇心は感情じゃないわよ」と反論したが「じゃあなに?」と逆に聞かれて口籠った。


「人は感情と無意識、欲求で動いてる。知的好奇心は欲求?無意識?」

「知りたいという欲求でしょ」


 むっとした顔で答えると少女は興味なさそうに「違うよ。感情」と首を振る。

 そんなことも分からないのかといいたげな態度に女の子は唇を震わせて「じゃあ説明しなさいよ!」と詰め寄った。


「欲求は心より体が求める物に近い。例えばお腹が空いたとか、眠いとかそういうこと。逆に感情は心。だって知的好奇心って心って文字が含まれてる。知りたいって思うことでしょ?もっと単純だよ。わざわざ難しく考えすぎじゃないの?」


 ノアールはその時びっくりしたのだ。


 クラスで一番背が小さく子どものような容姿の少女が、そういったしっかりとした価値観を持っているということに。

 いつだって心の赴くまま自由に振る舞っている少女は少しクラスで浮いていたし、特別に仲の良い子もいなかった。授業中に欠伸をして居眠りをしていることも多いし、突然意味不明な質問を先生にしたりする。


 あの子はちょっと変だ。


 そういわれていてもけろりとしている。


 勉強ができないわけではない。

 授業中眠ってばかりいる割にはいつも二十番台に名前が載っているのが不思議だった。


 ノアールは感情論があまり好きではない。

 物事を理論的に考える性格だし、感情でぶつかってこられるとどうしていいか解らないから。


 チリンと澄んだ音がして現実に引き戻される。

 少女の髪を結んでいる鈴の音がしたのだ。


 起きたのかと振り向こうとした時「い……や。……ないで」と苦しげにゆがんだ声が聞こえた。振り返ると少女の上にはノアールの影が覆い、暖かな春の陽射しから遮ってしまっていた。少女はうなされているようで啜り泣きに似た声で「やめて」と繰り返している。


「……リディア。ねえ?大丈夫」


 近づいて名を呼び小さな肩を揺すると、がばっと飛び起きて椅子から転がるように立ち上がると悲鳴を上げて後ろへと下がった。

 怯えた瞳が周囲を彷徨い、左手をかばうように体を横向ける。

 逆光に浮かび上がるノアールの影を視界に捉えると青い顔で涙を浮かべた。


「だれ?わたし……大切な人なんていない。約束が違う」


 さらに下がる少女にノアールは手を伸ばす。

 あまり下がると手摺にぶつかるし、下手すると階下へと落ちる。


「やだ!触らないで!やめて」


 懇願する声を聞きながらノアールは「危ないから」と注意を促す。

 だがリディアは恐怖にかられるまま手摺まで下がると嫌々と頭を振り、腰が抜けたのか座り込んでしまった。手摺越しに受け付けが見えて心配そうにさっきの上級生が見上げていた。


「落ち着いて。リディア。落ち着いて。うなされてたみたいだったから心配で」

「……ノアール?」


 手摺に縋りついている間に少し余裕が出てきたのか放心した顔でノアールの名前を呼んだ。リディアが眩しそうに緑の瞳を細めたので光の中から飛び出して傍らにしゃがみ込む。


「わたし……てっきり迎えが来たんだって思って……。ごめん」

「迎え?」

「なんでもない」


 はっとした顔でリディアは急いで首を振り、ぎこちない笑顔を向けてから立ち上がった。書見台に戻って片づけを始める。


 ノアールは腰を上げて受付の上級生に大丈夫ですと唇で伝えてぺこりと会釈した。それから持っていた本を少女に差し出す。

 リディアが気まずそうに頬を歪めて右手を出したその瞬間「知ってるよね?規則」と問う。


「知ってる。だからここで見て勉強してるんだもん」


 まだ一年生の自分たちには図書塔で借りることのできる本には限りがある。

 閲覧はできても貸し出しはできない本は学年が上がるほどに減っていく。


 本の背に赤い印がついている本は三年生からしか借りられない本。

 二年生が借りられる本は緑。

 一年生が借りられることのできる本には黄の印。

 最上級生はどの本でも借りられる。


 リディアが見ていた『魔法理論』の印は赤。

 

 貸出禁止の規則の理由には難しすぎて理解できないからだが、知識の混乱を防ぐためでもある。一年生が借りられる同じような本は『基礎魔法理論』だ。魔法の授業はすべて基礎からみっちりやることが学園の方針で、段階を踏むことが大切とされている。


 それをリディアは飛び越えて勉強しようとしているのだ。


「ノアールは見た?」


 少女が本を抱えて上目づかいで首を傾げる。

 それに「……うん」と答えた。


 二学期に入って基礎理論が半分ほど進んで面白くなってきた頃だった。昼食の時間に食堂に行かず図書塔にやって来て盗み見た。それから毎日通って十日ほどで読み終えた。


「理解できた?」


 正直に答えたノアールにリディアは不安そうに聞いた。

 どう答えようかと思案してから諦めて「少しは」と口にする。


 すべてを理解することは難しい。

 だがなんとなく漠然とだが掴むことはできたと思う。


「すごいね」


 ふっくらとした頬に笑窪を刻んでリディアは大きく頷いた。それから息をつくと「私は全然だめだな」と左の蟀谷に指を当てて目を伏せ歩き出す。上がって三個目の棚に本を押し込むと戻ってきた。


「やっぱり学年一位は頭の出来が違うんだね」


 うんうんと納得しながら鞄を斜め掛けにしてノアールの横を通り過ぎる。

 「八十六人の頂点」と拍手してみせ、軽い足取りで降りていく後ろ姿を何故か放っておけずに追いかけた。


「どうしてあんなに難しい本を読んでたの?」


 素朴な疑問を投げるとリディアは「内緒」と明るく返し、不思議そうにノアールを見る。


「本借りるんじゃなかったの?」

「そのつもりだったけど……。ね。質問に答えてよ」

「だからぁ。内緒だってば」


 百五十センチしかないリディアは唇を尖らせて少し歩調を速めた。

 女性らしいふくよかさでも、太っているわけでもないのに少女の体にはくびれが無い。

 まるで時間が止まっているのではないかと思えるほどの幼児体型。

 とても十五歳には見えなかった。


 リディアは駆け足になりながら図書塔入口を飛び出す。

 ノアールはちょっと迷ってから足早にドアを潜る。


 だがもうそこに少女の姿は無かった。

 髪飾りにつけられた鈴のチリチリという音だけが鳴っている。


 耳を澄まして方向を探ると講堂の方から聞こえていた。アーチ型の入り口を抜けて正面に階段が見えたがそっちではない。短い通路の途中から中庭に出ることが出来る。


 きっとリディアは中庭に出たのだ。


「なにか悩み事?」


 芝生を歩いて一つ目の茂みにそう声をかけると「ついてこないで」と素っ気ない答えが返ってきた。ノアールは茂みを迂回してから膝を抱えて座っているリディアの隣に腰かけた。スカートに顔を埋めて少女が「悩み事ならたくさんあるよ!」と肩を震わせた。


「身長は伸びないし、胸は大きくならないし、腰はくびれてないし、鼻は低いし、夜眠れないし、暗いのは怖いし、呪われてるし!」


 最初の悩みは苦笑して聞いていたが、最後の方はさすがに笑顔が凍った。

 どう反応していいのか解らずに戸惑っていると、リディアが膝から目だけを上げてノアールを睨んできた。


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