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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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 ノアールが訪ねた厄介事万請負所は歓楽街に入ってすぐの雑多な裏路地にあった。

 ライカがいなかったら見つけることはできなかっただろう。


 茜色に染まり始めた路地の隅に露出の多い女性たちが立っているのを見ないように、俯き加減で歩いていたのをライカにからかわれたのはとても不本意だったけど。


 厄介事万請負所の所長レットソムは坊主頭の中年男で、切れ者と言うよりも眠たげな印象を与える男だった。

 目蓋が重く半分閉じているような状態で「どうしようかねぇ」と間延びした声を出す。


 紅蓮に聞いていた所長とはとても同一人物だとは思えなかったが、事務を担当している冴えた美貌の女性が彼を所長だと繋いでくれたので間違いはないだろう。


「タダ働きはしたくないんだよねぇ」


 だらしない服装でだらしなく椅子に座っているレットソムが天井を仰ぐ。

 そしてまた「どうしようかなぁ」と呟いて腕を組んだ。


「タダでとはいいません。ちゃんとお金は払いますから」

「そういう問題でもなんだよねぇ」


 はっきりとしない態度は苛立ちを募らせる。

 そして焦りも。


 口を開きかけた時「そういえばなにしに来たの?キミ」と今更の質問をレットソムがする。


 事務所は狭く、応接室は奥にあるのだろうがそこへは通してくれなかったのでノアールはひとり所在無く立っているしかない。


 ライカは所長に会うのは御免だと案内後にそそくさと帰って行った。


「あの」

「人生の転機についての課題をするためにエディル=テミラーナについて調べていると紅蓮に聞きました」


 ノアールが説明しようとするのを遮って、事務の女性が伝票の束から顔を上げて答える。

 その声は平坦で感情の感じられない物だった。


 それでも彼女の発言は紅蓮の嘘をつけない性格を知っているノアールには空々しく聞こえた。


 嘘をつくのは気持ちが悪いがここはこらえて静観してみる。


「なるほどねぇ。人生の転機と言うテーマでテミラーナ氏の娘誘拐事件を取り上げるか。学園の課題ならば仕方が無いなぁ。課題は自分で調べなきゃ意味が無い……ということでセレスティアくん。自分でやってみなさいな」


 レットソムは少々わざとらしく頷くと軽く身を乗り出してノアールの腕を叩いた。


「いいんですか?」


 これが協力をするという遠回しな言い方だと解らないほど阿呆ではない。


「必要な物は勝手に使ってもかまわないのでどうぞ」


 目を伏せて再び伝票へと向き合いながら女性はにこりともせずに告げ、所長が大欠伸をしながら「それとも門限だから出直すかぁ?」と聞いてきたので急いで首を振った。


 守秘義務があるはずの情報を見てもいいという寛大な許しを得ておいて、門限だから帰りますでは話にならない。


「お世話になります」と頭を下げてから早速事務所内に視線を巡らせるノアールに「あっちにあるよ」とレットソムは女性の後ろにある棚を指差す。


 そっと歩み寄り邪魔にならないように気を付けながら見てみると、紐で束ねられ製本してある資料がたくさん並べられていた。


 個人情報を手当たり次第見ていくわけにもいかずに迷っていると、横から白い手が伸びてきて一冊の資料を掴んで差し出される。


「あ……ありがとうございます。ええっと」


 名前を知らないので口籠ると女性は顔をこちらに向けもせずに仕事を続けながら「カメリア」とだけ答えた。


 どうやらそれが名前らしい。


 受け取ってもう一度「ありがとうございます。カメリアさん」と繰り返した。

 カメリアは会釈だけして応えてノアールからすうっと関心を退ける。


 資料を手に空いている机に着くと眼鏡を押し上げてから気合を入れた。


 本をめくる時に一番胸が高鳴るのは表紙を開く瞬間だ。

 自分の知らない世界がこの薄い紙に書かれているのかと思うと、その入り口である表紙に手をかけるその時がいつもノアールの心を高揚させる。


 今も同じように心臓の音は高く乱れている。

 ここにリディアを誘拐した犯人へとつながる何かがあるかもしれないのだ。


「……鐘」


 時計塔の鐘が鳴り始めている。


 窓の無い事務所では壁の向こうから微かに聞こえてくるぐらいだが、はっきりと時を報せていた。


 どこか郷愁を誘う鐘の音が街の中を響き渡り、みなが家路を急ぐ。


 薄闇に沈んでいく街に温かな灯りがポツリポツリと広がってゆく姿を学園から眺めるのがたまらなく好きだったが、その景色のひとつとして自分がここにいることがなんとも不思議だった。



「これでゆっくり腰据えて調べ物に集中できるなぁ?」


 不精髭の生えている顎を触りながらレットソムは唇を歪めるようにして笑った。

 なんだか試されているという気がして背筋を伸ばして「はい」と答える。


 レットソムに認められれば一人前の男だと周りも一目置いてくれるかもしれないという妄執に囚われるようにノアールは再び気合を入れなおして表紙をめくる。


 最後の鐘の音は余韻を残しながら空気に溶けるようにしていつしか消えていった。



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