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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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賭け

少しだけ流血のシーンあり。


 銀の髪はやはり美しい野苺を模した髪飾りで彩られている。

 今日は一つに纏めて高い位置で結んでいるだけだが輝く魅力は逆に増しているようだった。


 薄いドレスを身に纏い、それでも隙が無い構え方をしている。

 こちらを見ている紺色の瞳はどこまでも静かで澄んでいるだけだ。


「私のことを知られては困るの。貴女だって知られたくないことがあるでしょう?ねえ?“かたり”のレイン?」


 ピンクの唇から告げられた名前は胸を不規則に跳ねさせるがが動揺を起こすまでには至らない。


 腰を落として一歩下がり逃げる様子を見せるとヘレーネはため息をついて細い片刃の、しかし切っ先だけは両刃になっている剣を突き出して「約束して」と声を低める。


「なにを?」


 出口に近い方にいるのはセシルの方だ。


 走って逃げれば逃げ切れる自信はある。

 だが身を翻した途端に距離を縮められて背中を着られるのが解っていてそれを実行にうつす阿呆はいないだろう。


 隙を作ってからでなくては逃げられない。


「ここで見たことは誰にもいわないと。私もここで貴女を見たことは誰にもいわない」

「……嫌だといったら?」

「私も黙ってはいないわ。貴女の秘密をお友達に話してもいいのかしら?」


 美しい眉を寄せてヘレーネが不快そうに顔をする。

 不本意なことをさせないで欲しいという懇願にも似た表情だった。


「あたしの秘密ぐらいたいしたことじゃない。そんくらいの秘密で揺らぐような友情なんて、それこそたいしたもんじゃないよ」


 ククッと笑ってセシルは肩を竦める。


 青い炎の形が解るくらいの距離に漂っているのが見えた。

 時間も無い。


 視線を漂わせて使えそうなものを探す。

 ヘレーネの腕が動き左手が剣の柄に添えられ、セシルの肌の表面がざわつき警戒を促してくる。


 狭い中で振り回される剣の攻撃が大体決まっているのが救いだ。


 横からは無い。

 あるのは上か下か突きか――。


 どれだ?


「潔癖な二人には理解できない秘密だと思うけど?」


 最後の警告だろう。

 紺の瞳にはもう迷いはない。


 重い空気が取り巻く中でセシルは笑える自分を不思議に思う。

 その笑顔の意味を図りきれずにヘレーネが戸惑い、次の瞬間意を決したように踏み込んできた。


 セシルもそこに飛び込んで、斜め上から振り下ろされる剣の刀身に波型の模様があるのをぼんやりと見ながら苦笑する。


「脚にすればいいのに」


 逃亡を阻むなら狙うのは脚が効果的なはずだ。

 そして口を封じるなら内臓狙いの突きの方がいい。


 それをあえて上段からの斬り。


 人が良すぎるのも考え物だ。

 またそれを望んで選択した甘さも。


 奥歯を噛みしめて衝撃と痛みに備えた。


「貴女って人は!」


 悲鳴に近い怒声を轟かせてヘレーネが必死で剣を引くと体制を崩し右に流れる。

 しかも悪いことに足元に落ちていた名簿に引っ掛かり今度は前へと弾かれた。


 その瞬間確かに柔らかい物を斬る感触が両方へと伝わる。


 ヘレーネは息を飲んで小さく悲鳴を上げ、セシルはぐっと腹に力を入れて息を止めた。

 撫でるように二の腕の上を剣が滑り落ちる。

 生臭い匂いがつんっと鼻についた。


 戦意を喪失したヘレーネは投げ捨てるように剣から手を放すと前のめりになりながら左手を棚の方へと差し伸べて身体を支えようと足掻く。

 だが動転しているからか指は棚板を掴むことが出来なかった。


 気づけば青い炎の中にある男の不気味な顔立ちが判別できるほど近くに来ていた。

 セシルは倒れ込んできたヘレーネの身体を肩で押し止めると「ごめん」と一応謝罪して書庫の番へと突き飛ばした。


 ぶつかった衝撃に青い炎が驚愕の表情のまま霧散する。

 ヘレーネは床に激しく倒れ込んで激しく咳き込む。


「じゃあ一人で捕まって」


 セシルはその隙に出口へと走る。


 左腕が思うように動か無いので速度はいつもより落ちるがヘレーネに追いつかれるほどではない。

 すぐにドアに辿り着き開け放つと絨毯を躊躇いもせずに踏みつけ、二歩で助走をつけるとカウンターを跳躍して超えた。

 空気が震えるような警戒音が鳴り響きセシルは唇を前歯で押え蹴り開ける要領で扉を潜る。


 短い廊下を走り始めた頃に警戒音とは別の音が外で鳴っているのが聞こえた。


 時計塔の鐘だ。


「……閉まる」


 指先が冷たい。

 神経がピリピリとして身体中を駆け巡っている。

 

 急がなくては。


 学園内に閉じ込められては意味が無い。

 階段を飛び降りて講堂へ続く扉の前へとがむしゃらに走って辿り着く。


 震える指を叱咤してノブを握り開けると夕闇に染まり始めた景色が広がった。


 ほっと息がもれる。

 鐘はまだ鳴っていた。


「どうしよう……」


 ぽたりぽたりと指先から生温い液体が芝生に落ちる。


 このままここに立ち尽くしていては正気に戻ったヘレーネが追いかけてくるかもしれない。

 それだけじゃなく先生達が探しに来れば間違いなく捕まる。


 額に汗が浮かんでいるが熱いからではなかった。


「……賭けだね」


 引きつった笑いを浮かべて再び脚を動かして走る。


 向かう先は校門の更に先。

 鐘が鳴り終わる前に飛び込めば街へと逃げられる。

 いくらなんでも男子寮に匿ってもらうわけにはいかない。


 となると頼れる人物は限られている。


 肺から送り出される空気が荒い呼吸となって吐き出された。

 校門の両脇にぼんやりと筋骨隆々の巨人が姿を現し始めている。


 右が青で左が緑の肌。


 校門の柱に背中をぴったりと着けて向き合う姿はまだ両目を閉じている状態だ。

 目を開ければ内にも外にも鋭い視線で見張られてもう通ることはできない。


 巨人の前を抜け、薄れ始めた魔方陣の中へと身体ごと飛び込むと軽い浮遊感の後で床に叩きつけられた。


「あたしの勝ちだ」


 自嘲気味に笑ってセシルは頬を野ざらしの石床につけたまま呟く。

 ざらざらした砂の感触が妙に心地よい。


 そっと両膝を身体に引き寄せて蹲ってから身を起こす。

 木々が風にそよぐ音が広間に木霊している。


 すっかり血で汚れた袖を見て頬を歪めた。

 見なくても深手だと解る。


 指先の感覚が無く、出血のせいか空腹のせいか視点が合わない。

 感覚が麻痺しているのか痛みが鈍いので助かった。


「リディア驚くかな」


 蒼白な顔で怒る姿が簡単に想像できてセシルは微笑む。

 もう走る力は両足に残っていない。ふらつきながらも真っ直ぐ歩いて通りへと出た。貧血気味なのは走りすぎて無駄に血を流したのがよくなかったのだろう。


 夜気の冷たさだけではない寒気が忍び寄ってきて背中がぞくぞくする。

 知識の通りを真ん中まで行った辺りで「おい」と呼び止められた。

 歩みを止めたら気力が無くなるので無視して進む。


「待ちやがれ。それはまずいだろ」

「ちょっ……!?」


 後ろから肘を掴まれて悲鳴を飲み込む。

 血を吸って色の変わってしまった袖が肌にあたって気持ち悪い。

 だが振り解こうにも傷が疼くように痛み、うまく関節を掴んでいるのかびくともしない。


「くぅ……。あんた誰さ?」


 悔しいが呻く声を隠せない。

 誰なのか解らないまま左肩に手が置かれ、汚れて半分切れかけの袖が肘を掴んでいた手で引き千切られた。


 傷を見るために覗き込んできてようやくセシル側から顔が見える。

 三白眼の少年。


「相手はヘレーネだな?」


 一瞬顔を顰めた少年は目を上げて斬った相手を断定した物言いで尋ねてきた。

 尋ねたというよりも確認に近い。


 なぜ傷だけで相手がヘレーネだと解るのか。


 いつものように思考があっちへこっちへと遊ぶ。

 だが深く考える前に集中力が薄れて散々に溶けて行く。


 「どうして」という間抜けな問いしか口にすることが出来なかった。

 少年が得意げな顔で笑い「そりゃあれだ」と声高に続ける。


「こんなに綺麗な切り口はうちの刀でしかできない芸当だ。しかもその刀は限られた人間しか持ってねぇ。お前は学園から来たんだろ?なら相手はヘレーネしかいない」


 あの見たことのない武器は刀と言うらしい。


 少年はその刀とやらを作る職人の関係者なのだろう。

 今は色々と考える余裕がないのが悔しい。


「しかし最近はよく怪我したのに行き会う」


 歯を見せて笑うと少年は懐から綺麗な布を取り出し、犬歯で噛み布を縦に引き裂いた。

 一枚は腕の付け根部分に近い所をきつめに結び、もう一枚を二の腕の傷口に当ててぐるぐると巻く。


「で……どこに行くつもりだったんだ?」


 裏の無いような率直な言葉に気を許しかけ思い止まる。

 止血をしてくれても相手はヘレーネを知っており、もしかしたら仲間かもしれない男だ。


「……ヘレーネの知り合いにはいいたくない」

「それもそうか」


 粘りもせずにあっさりと引いて少年は「ちゃんと手当しろよ」と忠告してから軽い足取りで立ち去った。


 呆気ないぐらいに。


 セシルは拍子抜けしたまま少年を見送って、重い身体を引きずるようにして向かった。

 まるで自分が怪我したみたいな顔で青くなったリディアに怒られるために。



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