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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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保管庫


 講堂へと続く通路に身を潜めてセシルは図書塔から物理学の先生が出てきて鍵を閉めるのを聞いていた。

 通路の両開きの扉も閉められていて向こうからは見えない。

 その扉の前を六十になったばかりの物理学者コロナタが通り過ぎて行く。


 こちらに気付いた気配は無かった。


 図書塔は五時に閉館し六時には校舎全体が完全に閉ざされる。

 基本的に生徒は六時以降立ち入り禁止だ。


 そっと西棟の扉を開けて中へ侵入する。

 学生課が受付を終了して無人になるのは五時。

 働いているのは気のいいおばちゃんばかりだが家庭があるので定時きっかりで帰る。


 なにか用事があって五時ぎりぎりで行っても取り合ってくれないとぼやく者も多いが今回ばかりは有難い。


 完全に閉鎖されてしまう六時まで学生課の奥へと忍び込み資料を漁り退散したいがおそらくギリギリだろう。


 西棟の二階からは魔法学園の教員の領域。

 つまり魔法使いの城。

 待ち受ける罠や守衛方法は全て魔法。


 門外漢のセシルにとって難しい仕事ではある。


「だからこそ燃える」


 思わず呟いて笑顔を浮かべながらも階段を上りながら用心深く気配を探る。


 窓の無い階段はいつだって薄暗い。

 学生が困った時の相談窓口である学生課がこんなに陰気な雰囲気を漂わせている場所を通らねばならないというのは不可思議な感じがする。


 セシルは廊下に人気が無いのを確認してから足音を殺して石床を踏みしめた。

 西棟は重厚な石造りの建物ですり足で歩かねば足音が反響してしまう。


 それに廊下には等間隔に嵌め込み式のガラスが入っていて普通に歩いていると外から影が見える。

中腰になりながら短い廊下を慎重に進むしかない。



 すぐに目当ての学生課にたどり着き、いそいそと懐から細い針金を出して鍵穴に突っ込む。

 指先に集中し慎重に動かして探り、内部を頭の中で描き幾つかのパターンと照合する。


「チョロい」


 上唇を舌でぺろりと舐めて目を細める。

 小さな突起部分に引っかけて針金を回すとカチリと音がして簡単に鍵が開いた。


「問題は……ここから」


 扉を開けた途端に警報が鳴ったりしないか警戒する。

 魔法の知識や才能は無いがそれを回避できるだけの勘や経験は積んできている。


 きっと大丈夫だ。


 ぐいっと押し開けてから中の様子に目を走らせる。

 入ってすぐ正面に受付カウンター、その向こうに向かい合った机が二つ――その右机の後ろの大きな棚と棚の間にひっそりとドアがあった。


 学生課じたいは細長い部屋だ。


 素早く入り扉を閉めてカウンターの前で視線を泳がせる。

 壁側にある掲示板には学園の行事表や資格試験の案内、補習を受ける生徒の名前が貼り出されていた。

 そこに自分の名前が無いことに改めて胸を撫で下ろし、セシルはインクとペン立てが寂しそうに乗っているカウンターの中を覗き込む。


「床が」


 石床の上に幾何学模様の絨毯が敷かれていた。

 その絨毯は満遍なく床を覆っていてそこが石床だとは想像もつかない。

 こんなに綺麗に敷かれていると逆に違和感がある。


 幾何学模様が魔方陣に見えなくもない。


 できれば通りたくないが、ここ以外の道は無いのだ。

 セシルは土足のままカウンターに乗り周囲を見渡す。


 一番近くにあるのは机。


 そこまでは簡単に行ける。

 だがその先はなにもない。


 棚に飛びついて物を落とせば警報が鳴るかもしれない危険がある。

 しかも飛びついた時に棚が倒れる可能性も高い。


 もし上手くいってもドアのぎりぎりまで絨毯が敷かれている以上、足を下につけることもできないのだ。


「さてどうしてくれようか」


 窮地を潜り抜けるための道具や方法を探して顔を巡らす。

 ふと向かい合った左の机の上に束になった書類と眼鏡が置いてあるのに気付いた。


 ――コツコツ。


 丁度その時背後の扉の向こうから石床を歩いてくる足音がした。

 セシルはひょいっと机の上に飛び乗り眼鏡を掴んで振り返る。

 カウンターの下に備品入れか、木の箱が置かれているのが目に入った。


 もう一度カウンターに戻り、その箱の上に縮こまるようにして乗った。


「あら?私鍵閉め忘れてたのかしら?いやねぇ。最近忘れっぽくて困るわ」


 陽気な独り言と年齢とともに増え続けた体重を感じさせる足音が入ってきた。

 セシルが開けた鍵を閉め忘れたのだと思ってくれたようだ。


 息を詰めて掌の眼鏡を見る。

 きっとこれを取りに戻ってきたのだろう。


 眼鏡は高価な物だ。


 いくら明日出勤してくるとはいっても一晩置いておくのは嫌なのだろう。

 ふんわりとした大きいスカートが目の前を通り過ぎて行く。

 セシルは彼女が机の上を探している間にそっと顔を覗かせる。


「おかしいわね?」とぶつぶつ呟きながら引き出しを漁りはじめたのを見届けて大胆にも中腰のまま忍び足で右の壁へと近づく。


 他には誰もいないという先入観からか探し物が見当たらない焦りか、一向に気付く様子も無い。


 セシルは針金を鍵穴に突っ込むとクルリと手首を回転させるだけで開け、眼鏡を棚に置いてからドアを開けて心の中で「ごゆっくり」と手を振った。


 保管庫は埃っぽい匂いと背の高い棚で区切られたいくつもの通路でいっぱいだった。

 灯りも無く薄暗い中、青白い炎が漂っているのが見える。


 あれは書庫の番だろう。

 通路の間をゆらゆらと丁寧に見回っている。


「ここからは時間との勝負だな」


 今のところ炎は奥の方を重点的に見ているようだ。

 できるだけ反対側の通路に飛び込んで手当たり次第に箱を開けると『魔法大会優勝者名簿』とある。


 関係なさそうだ。


 隣の箱を開けると『第二十五期生卒業者名簿』が出てきたがセシルたちは三十二期生なのでやはり関係ない。


「魔法アイテム開発コンクール?」


 もうやっていないイベントの資料と共にいくつかの試作品が出て来ておもしろそうなものがたくさん入っているがゆっくりと見ている場合ではないので諦める。


 次の箱に手をかけた所で青い光が奥の方から近づいてくるのを視界の端で捉え、慌てて隣の通路へと非難した。


「うん?」


 偶々避難した棚の正面に今までの学生名簿が年代順に並んでいるのを発見した。


 これはついている。


 ヘレーネは自分達より一学年上なので第三十一期生。

 素早く見つけて開くが九十人分あるのでその中から目当ての名前を見つけるだけでも一苦労だ。


「そういえばヘレーネの名字知らないな」


 フィリーはスワというのが名字だ。


 だがヘレーネから聞いたことも無かったし、学生名簿にも載っていなかったので今まで解らないままだった。


 これでヘレーネの謎が解ける。


 名簿が後半の方へと進む。

 紙を捲る微かな音とセシルの呼吸だけが辺りに溶けるように消えていく。


「……嘘だ。そんなわけない」


 セシルは名簿を繰る手を止めて呟いた。

 一瞬頭が真っ白になり、それが意味することに理解が及ばない。


 とにかくあってはならないことだ。

 指先が冷たく、虚しく紙を滑る。


「!?」


 殺気は無かった。


 だから反応できたのは遠い通路を横切る青い炎が視界に入り現実へ引き戻してくれたからだ。


 風が頬を撫で、闇の中でも澄んだ輝きを放つ光の帯が目に焼き付く。

 セシルは身を捩ってかわし、そのせいで名簿を取り落した。

 

 乾いた紙の束が石床を叩く重い音に横切っていたはずの炎が戻ってくる。


「人には知られたくない過去のひとつやふたつあるでしょ?」


 まだ小さな点でしかない炎を背に優雅に微笑む少女の顔は美しい。

 その手に見たことも無い剣を持ち、しかもそれをセシルに向けているのに不思議と気迫が感じられない。


 それでも身の危険は感じるに十分だ。


 人が二人並べば身動きができない狭い通路で二人は向き合うような形で立っている。

 そして片方は武器を手に持っていた。


「ヘレーネ」



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