謝罪
「まだいらっしゃっているみたいですよ」
気の毒そうな声で窓から外を覗いてマーサがいう。
リディアもいい加減可哀相になり、リビングから玄関へと移動した。
大きく深呼吸してから扉を開けて外へ出るとフィリーが弾かれたように顔を上げる。
玄関ポーチの柱に身体をもたらせていたフィリーはさっと姿勢を正すとすごい勢いで頭を下げた。
細い三つ編みが肩から滑り、手編みの肩掛けもはらりと下に落ちる。
春が近いとはいえまだ風は冷たく、長時間外で立っていれば身体は冷えてしまう。
落ちた肩掛けは緑と青の糸で編まれた物で凝った模様編みが愛情の深さを感じさせる。
長い時間をかけて編まれた物だ。
それを拾い上げてフィリーにかけた。
触れてもいないのに冷たさが感じられるほど彼女の身体は冷え切っていた。
「素敵な肩掛けだね」
身体に巻きつけながらフィリーは「母が編んでくれたの」と小さく笑った。
魔法学園に入学する時に持たせてくれたのだと続け愛しそうに撫でる。
「風邪引くのに」
締め出したリディアがいうことではないが外で待っていたことを責める。
フィリーは薄い唇をきゅっと持ち上げて「許してもらえるならいくらでも待つつもりだったから」と意外にも頑固さを垣間見せた。
「風邪引かれたら責任感じるじゃない」
「許してもらえるなら風邪ぐらいなんでも無いから」
「もう……」
ポーチ横にあるベンチに座り、リディアは隣に座るように勧める。
フィリーは素直に右隣に座り緊張した顔でこちらを向く。
「本当にごめんなさい。あんなことするんじゃなかった」
「もういいよ。わたしもちょっと過剰すぎたし」
「でも」
言い募ろうとした時、再び扉が開いてマーサが温かいホットショコラと膝掛を持ってきてくれた。
「どうぞ」と笑顔で差し出されリディアはホットショコラを一つ受け取りフィリーの手の中に押し付け、膝掛を広げてから二人の足にかけてもう一つのホットショコラを受け取った。
「失礼します」
一礼して下がったマーサの姿と気配が消えてからリディアは熱々のホットショコラを一口飲んだ。
甘い香りと味が寒さを和らげ、心を落ち着かせる。
ちらりと横目で見るとフィリーは両掌でマグを包み込むようにして持ち、小さく肩を震わせていた。
「大丈夫?」
「……平気。元々家は貧乏で暖房とかない生活してたから。これぐらいは大丈夫」
「じゃあフィリーは特待生で学園にきたんだね」
「……ええ」
家庭が裕福でなくても魔法学園に入学できる方法がひとつある。
成績が優秀で才能が認められれば特待生として学費免除で入学できるのだ。
特待生になるには色んな審査や推薦状が必要で、そう簡単に特待生にはなれないが皆無ではない。
実際今学園に特待生として通っている学生は九人ほどいると聞いている。
フィリーはその数少ない特待生の一人なのだ。
「じゃあとっても優秀なんだね」
「……どうかしら」
「でも成績が落ちたら特待生の資格は剥奪されるんでしょ?それって確か学年で十番以内に入ってなきゃいけないはず」
「私、魔法が嫌いなの」
魔法学園に通いながら魔法が嫌いだと言う生徒がいるとは思ってもいなかった。
学園では魔法だけを教えているわけではないが、基本的に魔法に関する分野が多いし、魔法を学ぶのが目的だ。
中にはこの間のライカやセシルみたいな者もいるが、嫌いとまでは思っていないだろう。
苦手だとか理解できないとか興味が無いとかそれぐらいだ。
「じゃあどうして……」
驚いているリディアにフィリーは潤んだ瞳を向けた。
張り詰めた空気を感じリディアも緊張する。
「気になる子がいて。どうしてもフリザードに入りたかったの」
「気になる子」
まさか恋する相手を追いかけて来たという理由があるなんて思いもよらなかった。
そしてそんな情熱的な物をフィリーが持っているなんて。
どこか控えめで地味なフィリーがそんな大胆なことをするとは誰も思わない。
「その子とはどうなったの?」
フィリーは視線を逸らしてホットショコラに口つける。
白い湯気が風に踊り、薄くなり消えた。
「まだ……なにも始まってない」
「そうなの」
恋など未経験なリディアにはなんの忠告も助言もできない。
ただその恋が実ればいいなとだけ思う。
許しを請うためだけに何時間も外で待つ一生懸命さと、誠実さを持つ彼女を選んでくれる男性は多いはずだ。
だからきっとこれから始まるのだと思いたい。
「ねえ。フィリーはどうやってセシルと知り合ったの?」
「セシルとは今ルームメイトなの」
「ということは寮で同じ部屋?」
「ええ。あの子無茶苦茶な子でいつもびっくりするわ」
肩を竦めて身震いするとフィリーがにこりと笑う。
きっとあの調子で部屋でも自由なのだろう。
気の毒に想いながら楽しそうだなとも思った。
「セシルといるときっと毎日が楽しいんじゃない?」
「そうね」
フィリーは物憂げな表情をしてからリディアを見つめる。
不安げな瞳に心がざわつく。
なにかいいたそうなのにフィリーはなにもいわない。
そしてマグをベンチに置くと立ち上がり、壁をつたう蔓薔薇を眺めると唇をへの字に曲げて洟を啜り「ごちそうさま」と言い置いて去って行った。
その唐突な行動に呆気に囚われながらもリディアは門の向こうに消えたフィリーの背中をぼんやりと見送った。