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魔法学園フリザード  作者: 151A
騙りのレイン
123/127

出陣



「ちょっと!くっるし……」


 チェストの上に手をついて赤を通り越し、青い顔をして苦しんでいるリディアを眺めて女は大変だと改めて思う。


 この場合の女は庶民では無く、貴族の女限定だが。


 コルセットの紐を後ろから侍女にぎゅうぎゅうと締め上げられている姿は中々にそそられる物だが本人は必死でこの苦行が終わるのを待って耐えている。侍女頭のグレンダが傍でリディアと侍女たちの奮闘を黙って監督しているが、その目が厳しくなにかあれば小言を言ってやろうという意志が感じられて恐ろしい。


 今日の舞踏会で着る予定の淡いピンクのドレスは銀糸で薔薇の刺繍が全体に施されていて可愛らしさと上品さが丁度良くきっとリディアに似合う。今はベッドの上に皺にならないように置かれて出番を待っている。


 ようやく侍女が締め終えて離れ、ドレスを取ろうと振り返りセシルに気付くと悲鳴を上げた。


「ここはリディアお嬢様の部屋です!誰の許しを得て入って来たのですか!」

「お嬢様がお召し替えの最中になんという卑劣な!」

「一体クライブは何をしているの!?」

「護衛騎士の役目を放棄してお嬢様を危険に晒すなんて!」

「とにかく出て行きなさい!」


 部屋にいた侍女五人が一斉に駆け寄って来て部屋の外へ出そうと手を突き出してくる。それぞれが喧しく喚くので説明をする暇も無い。

 クライブは仕事をしていないわけでは無い。騎士の肩を持つのは嫌だがフォルビア家の屋敷を訪れたセシルを別の部屋に案内し、そこに用意していた衣装を着るようにと指示して出て行った。


 セシルは不審者では無く客人の立場なのだ。


「みんな止めて!セシルはわたしの友達なの。大丈夫だから」


 外へ叩き出されそうになっているのが自分の友人であると気づいたリディアが慌てて制止する。侍女たちが動きを止め動揺を隠せぬまま侍女頭のグレンダを恐々と窺う。

 神経質そうなきつい顔でため息を吐き「お止めなさい」と窘めて、ドレスを顎で指して速く支度を済ませるようにと促す。

 侍女たちは命令を受ければ動くのは速い。

 顔を引き締めて一人がドレスを取りに走り、もう一人は装飾品を用意し、一人は化粧の準備をし始め、靴の準備をするのが一人、最後の一人が練香水を手にしてリディアの耳と首から胸元まで丁寧に塗り込んだ。


 見事な連係である。


 あっという間に準備が整い侍女たちはセシルを横目で眺めながら部屋を出て行った。そして最後にグレンダが深々と頭を下げてから退出して部屋にリディアと二人きりになる。


 淡いピンクに銀糸のドレスは思った通りにリディアによく似合っていた。

 大胆に開いた胸元が気になるのか必死でレースを掴んで上げようとしているので止めさせる。


「それ以上は上がらないよ。リディ」

「でも、ちょっと開き過ぎて……やだ」

「大丈夫。似合ってる。可愛いよ」


 童顔の顔に豊かな膨らみを持つ胸はあまりにも差がありすぎて、舞踏会に出席する男達の目を惹くことになるだろう。

 それでもドレスとはどんなものでも胸元を見せつけ、くびれを強調するためにコルセットで締め上げる物なのだ。


「……セシルの方が似合いすぎ」

「そう?」


 リディアが羨ましそうに見ているセシルに用意された衣装は男物の礼装だった。フリルとリボンをたっぷりと使ったシャツに長めの濃紺のベルベッドのジャケットと揃いのベスト。黒いぴったりとしたズボンに少し踵のある長靴。絹の手袋。


「服に着られてるって感じがするけどね」


 セシルが肩を竦めてみせるとリディアは不思議そうな顔をしてついと身を寄せてきた。

 練香水の甘い香りと化粧の匂いがして、纏め結い上げられた髪の後れ毛が揺れる項がセシルの目の前に晒された。

 皮手袋の代わりに肘まで覆う絹の手袋に包まれた両手が躊躇いも無く伸ばされてジャケットの上から胸元を探られた。


「リディ?」

「なんで?」


 なにが納得できなかったのかリディアは襟を押し開き、ベストとシャツの間にまで手を滑らせて入れてくる。


「ちょっと、なにしてんの」


 止めずにいるとたっぷりついたフリルの合わせ目を指で除け、ボタンを外そうとし始めた。

 流石に時間も無いのに服を脱がされては困る。

 そんなつもりはないのだろうが、執着している少女に迫られているのと同じ状況にレインの血が疼く。


「リディ。今止めないと後悔するよ」

「だって。セシルの胸どこいっちゃったの?」

「胸?」


 本気で心配しているらしいリディアの手首を握って止めさせ「本当は男だっていったら信じる?」とからかうと一瞬信じそうになったのか身体を強張らせて、直ぐに冗談なのだと気づいて「もう!」と怒る。


「折角リディのエスコート役を仰せつかったんだから完璧にしないとね」


 リディア程ではないにしろ少なからず主張はしている胸を布でぐるぐる巻きにして押さえつけているのはコルセットと同じで苦しいが、舞踏会が終わるまでの短い時間ならば問題は無い。


「エスコート……本当に一緒に行ってくれるの?」

「そのつもりだから来たんだ。今更リディに断られてもついて行くよ」

「ヘレーネがなにか策を練ってるのに?」


 この話は最初からヘレーネに持ちかけられた物だと聞いている。

 解っていてそれを受け、一緒に舞踏会へと参加するのだからリディアが憂慮する必要は無い。


「大丈夫。リディの社交界デビューのお供ができる栄誉をあたし以外の男に譲ってやるつもりはないから」

「ノアールでも?」

「勿論」


 今回は王家主催のロッテローザ婚姻のお祝いで大規模な舞踏会だ。

 招待状は全ての貴族に送られている。

 セレスティア伯爵家にも無論招待状は届いていて、遠く離れたラティリスから出席するのは難しいと判断しノアールが代わりに出席することになっていた。


「向こうで会えるかな?」

「どうかな。会場は広いから」

「でもノアールはひとりで行くんでしょ?」

「いや。所長と一緒に行くっていってたから大丈夫じゃないかな」


 厄介事万請負所の所長は貴族世界に顔が広いらしく、初めて城を訪れるノアールのための付添人としてついて来てくれるらしい。あらゆる苦境を乗り越えているはずのレットソムが一緒ならばノアールも不安は無いだろう。


「さあ行こう」


 左手を胸に当ててお辞儀をしてから手を差し出すと、リディアが緊張しながら微笑んで手を重ねた。

 その手を引いて部屋を出ると外で待っていたクライブが「馬車の準備はできております」と玄関まで先導する。


 胡桃色の髪に青紫の瞳の騎士は笑顔を崩さぬまま馬車の扉を開けると乗り込むリディアに手を貸して身を引く。

 値踏みする視線を受け止めてクライブを横目で眺めてにこりと笑うと、騎士は眉を僅かに寄せて不快そうな顔をした。


「野心的な目だね」

「……そのように見えるとは、心外です」


 侯爵家の馬車は大きく中で座っているリディアにはこの会話は聞こえない。

 クライブの笑みは表面だけで目は細められていてもその奥の光は甘くも柔らかくも無かった。


「心外ね……。ノアールにすら見抜かれるんだから、騎士殿の目は多くを語って隠しきれてないよ。気を付けるんだね」

「……なんのことか解りかねますが、気を付けることにいたします」

「そうして」


 騎士の肩を気安く叩いてから馬車へ乗る。

 肩越しに見れば叩かれた肩を押えて冷たい瞳でセシルを見上げていた。

 くすりと笑うってやると騎士が眉尻を上げて扉を閉め、そして御者の隣に座る気配がして馬車がゆっくりと進みだす。


「狭いのが恐いのも克服したんだね」


 上等の椅子は振動を殺してくれるが、音と揺れはそのまま体に感じる。リディアは立派だがそれなりに狭い馬車の中でふんわりとしたスカート部分を押えて居心地悪そうに座っているがその表情に恐怖は無い。


「少し恐いけど、慣れないといけないし。それにセシルが一緒だから」


 平気と続けて唇を持ち上げて微笑む。

 そして身動きできない狭い場所はまだ怖いのだと告白した。


 そんなになんでも簡単に克服することなどできないのだから馬車に乗れるようになっただけでもすごい進歩だ。

 窓の外に流れる大きな屋敷の並ぶ通りを抜け馬車は中央に建つ王城へと向かう。青く輝くブリュエ城。青白い壁にはキラキラと光を弾き生み出す石が混ぜられていて、昼でも夜でも変わらず輝きディアモンドの中心で王の威信を見せつけている。


 王城は目立つ部分だけでも相当な大きさだが、その周りに建つ離宮やホール、城に付随する政に関する各部署や王宮に住む人々の屋敷が何棟もありそのひとつずつに庭園が広がっていた。


 コーネリアとヘレーネに連れられて行った王子の寝所はどの辺りだろうか。

 きっと城の最も奥。


 そんな所に足を踏み入れたのか思うと信じられないが、望んで訪れた場所ではないので深く考えるのは止めておいた。


 多くの馬車が行列をしていて会場の離宮である紫水晶宮の玄関前で貴人たちを降ろすために混雑している。


「どうする?すごく待たされそうだけど」

「ここから歩いて行くのはやっぱりはしたないかな?」


 ずらりと並ぶ馬車の数にリディアがうんざりした顔で確認してくるので「そりゃね」と苦笑したが、このまま待っていても順番が来るまで相当かかるだろう。


「でも大人しく待ってる必要も無いしね。行っちゃおうか」

「うん!」


 丁度馬車が停まったのでそっと扉を開けて気付かれないようにリディアの腰を支えて飛び降りる。

 順番が回って来て扉を開けたら中は無人だったと知った時のクライブ達の慌てぶりを想像すると胸がすっとした。

 身を屈めて騎士と御者がなにやら話して視線を外した隙に、前に停まっている馬車の影へと移動して顔を見合わせて笑う。そこからは手を繋いで玄関へと進む。途中で中から驚いた顔をした夫人や令嬢に見られたり、子息やその父親が気付いて苦笑いされたが咎められることは無く入口へと辿り着いた。


「沢山の人達を抜いてきたよ」

「もう胸がドキドキして苦しいぐらい」


 慣れないヒールの高い華奢な靴で歩き辛かっただろうにリディアは興奮気味に来た道を振り返って楽しげに声を立てて笑った。


「リディア腕を」


 目的は会場に辿り着くことではない。


 本番はこれからなので少女に右腕を差し出すと、そこに小さな手がそっと乗せられる。そして入口にいる執事らしき男に名を名乗り招待状を見せるとすんなりと中へと入ることができた。


 玄関ホールは高く広い。煌びやかなドレスをきた女性たちと正装姿の男達が挨拶を交わしながら談笑したり、広間へといそいそと急ぐ人の姿などが入り乱れている。ホールでこの人混みだ。広間にはどれほどの人が集まっているのか。


 こんな中でヘレーネやノアールを探し出すことなどできるはずが無い。逆もまた然りだが、入口で名前を確認されるので到着したのはヘレーネの耳に程なく届くはずだ。


 なにをしかけてくるのか。


「さあ。出陣だ」

「喜んで」

 

 勇んで足を踏み出して二人で会場を目指す。

 未知の世界はやはり恐いが、リディアが隣にいてくれれば立ち向かえる気がした。


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