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魔法学園フリザード  作者: 151A
騙りのレイン
118/127

告白


 セシルは胸糞悪い物を見たせいでおとなしく寮に帰れるような精神状態ではなかった。

 学長室へと戻るとそれをいつものように感情少な目のドライノスが迎えてくれたので我儘をいって非常用の魔法陣で街へと送ってもらった。


 本当は余程の時しか許されないのだと小言をいわれたが、いつもと様子がちがうセシルに少々同情してくれたようだ。


 魔方陣は非常用でも同じ場所へと繋がっている。

 誰もいない夜の広場は暗く静かで、むしゃくしゃしているセシルの心を逆に騒がせた。ゆっくりと台を下りて石畳を門へと向かって歩き出す。

 暖かな上着も、外套も身につけずに歩いているのに寒さをちっとも感じない。


『光よ、満ちよ。光ある所にカステロの威光あり。そこに救済と庇護が齎されるものなり』


 その光の下で生きることができない者には救済も庇護もありはしない。

 カステロの光に焼かれ消え失せる運命なのだ。


「奉仕の精神とか、慈悲深い行為とか、あたしには偽善にしか見えないよ」


 十年の寿命を惜しげも無く差し出したキビルの行為は偽善だっただろうか。

 そこには正しい行いをしようとしている健気な姿しか窺えず、セシルの心を酷く動揺させた。


 そしてそれを当然の行為として搾取する公爵の姿が浅ましく映った。

 コーネリアの姿はまるで自分たちを外から見ているような気にさせた。


「解ってたことなのにさ」


 差し伸べられる善意が無ければ自分達は生きていけない。いやドライノスがいうように数ある技術を使えば稼いで暮らしていくのは容易だ。それをしないのは意地汚い自尊心と根深い恨みが血の中に混じっているから。


 呪われているのはレインだ。

 世界から弾き出されたのも自分達。


「永遠に消え失せよか……」


 不要と見做され消え失せるべきなのだろうか。


 行くあても無くただ足が動くに任せて歩いていると賑やかな通りへと辿り着いた。冬の寒さと中の温かさで窓は曇り、おぼろげに見える影と楽しげな声が聞こえてくる。通りを歩く千鳥足の男達や、薄いドレスを身に纏った女が身体を震わせて男を誘う。細い路地へと目をやれば、宿を借りる金の無い男と商売女が絡み合っていた。


「おや。こんな時間に出歩いて悪い坊やだね。遊んでくかい?」


 赤い唇を歪ませてからかうように手を差し出す女にセシルは流し目をくれて「満足させられないよ」と嘲る。女は勘違いして「坊やがあたしを満足させてくれなくてもいいのさ。あたしが坊やを満足させてあげるからさ」白粉臭い顔を近づけてくる。


「冗談じゃない。逆だよ。あんたがどれだけ逆立ちしたってレインに敵うはずが無い」

「なんだって?」


 目を吊り上げた女の安い自尊心をへし折ってやりたくて「なんなら試してみる?」と挑発する。


「上等だよ!」


 鼻息荒く女がセシルの腕を引いて路地へと向かう。

 暗くて不潔で黴臭いその路地で一戦交えるのだと思うと笑えてくる。そして望むところだと意気込んでいる自分はやはり卑しい生まれなのだと自覚させてくれた。


「本当なら相手は選ぶんだけどね」


 その呟きは女の耳には入らない。

 女は待てずに路地の入口でセシルの頭を引き寄せて上を向かせると強引に唇を重ねてくる。相手が興奮し燃え上がれば燃え上がるほど気持ちは冷えていった。


 心もまた凍えていく。


「セシル?」


 まさかと続けられた声に反応しセシルは女の肩に手をかけて身体を離し、非難を込めた目で見つめる女に苦笑いする。


「場所が悪い。あんたが中までお利口に待てれば良かったのにさ」

「やっぱりセシル。なにしてんの!?」


 あわあわと動揺しているノアールを振り返り、唇についているだろう女の口紅を拭う。女はノアールに気付くと「まずい」とそそくさと逃げていった。


「あーあ。逃げられちゃった」

「もうー……なにやってんだよ。どうしてこんな所をうろうろしてるの?女の子が」

「あの人坊やだって思ってたみたいだから。この際楽しもうかと」

「バカなこといってないで。なんかあったの?」


 壁に凭れてセシルは「なんで?」と問う。

 ノアールになにかあったと勘付かれるほど自分は平常を欠いているとは思えない。


「不真面目なセシルでもこんな時間までふらふら出歩いてるのは初めてだから」

「そっか。そういえば怪我をしてリディの家に逃げ込んだ時ぐらいだな。もっと夜遊びしとけばよかった」

「…………ちょっとこっち来て」


 ノアールが手を伸ばしてセシルの手を握る。

 そこでぴたりと止まった。

 確かめるように握り、不思議そうに角度を変えて眺める様子に誰かの手と比べられているのだと気づく。


「ちょっと。誰の手と比べてるのさ。尻の軽い雌犬だったら容赦しないよ?」

「ち、違う!別に比べてるわけじゃなくて。同じ女の子でもこんなに違うんだなって思っただけで!」

「それを比べてるっていうんだけど。相手がリディじゃそりゃ違うよ」


 小さくて柔らかい掌は触ると滑らかで、強く握り締めると壊れてしまいそうだ。それに比べればセシルの掌は薄く、長い指と少し乾燥した硬い感触で。

「お気に召さなければ離してくれても結構だよ」

「誰も気に入らないとはいってないし」


 膨れながらノアールは少し強くセシルの手を握って歩き出す。手を繋いで歩くという行為がなんだが照れ臭くて笑ってしまう。

 掃き溜めが似合う自分をその綺麗な手で引いているノアールの横顔を眺めて喉の奥がぎゅっと縮み上がる。


「こんばんは」


 挨拶をしながら入った一軒の飲み屋の看板には“鈴蘭亭”という店名が明記されていた。十五歳を超えているので酒を呑むのを咎められたりはしないが、さすがに堂々と飲み屋に入って酒を注文するのはいい顔はされない。


「おや。ノアール。今日も仕事かい?」


 カウンターから女将がふっくらとした腰に巻かれた白い前掛けで手を拭うと中から出てきて不思議そうにセシルを眺める。


「友達かい?」

「そう。ちょっとゆっくり話がしたいんだけど」

「二階の部屋が空いてるから使いなよ。請求はレットソムに?それともノアールに?」

「僕に」

「ごゆっくり」


 店内にいる数名の客が物珍しそうに見ている。

 ここではノアールは厄介事万請負所の従業員として有名で、中には囃し立てるように口笛を吹いている者もいた。


 誤解されても良いことはなにひとつ無いのに。


「いいの?ここって連れ込み宿だよね?」

「いいから」

「じゃあ女だって思わせるように演技した方がいい?」


 さっきの女が男だと思っていたように、客も女将もセシルを男だと思っていたらそれこそ不名誉な噂が流されてしまう。


「余計なことはしなくていいし、心配しなくても大丈夫だから」

「でも」


 細く急な階段を登りながら強く引かれるがままに導かれ、空室を意味する札がかけられているのを確認したノアールが扉を開けてセシルを押し込んだ。

 札を使用中に裏返してから中へと入りノアールは大きく息を吐いた。


「えっと。御希望ならばお相手しますが?」


 狭い部屋にベッドがひとつ。

 年頃の異性がこういう場所で二人きりならばやることは決まっている。一応確認すると「必要ないから」と断られたのでほっとするやら、残念やらでセシルは笑ってベッドに腰を下ろした。


「完全に誤解されてるよ?」

「いいよ……別に。誤解されても」

「女に興味の無いノアールは男が好きだって思われても平気なの?」

「セシルは女の子だろ」

「そうだけどね……。女の子と二人きりでいるのに、その気にならないのは正常だとは思えないけど。それがノアールだしね」


 にこりと微笑んで見せればなぜか気遣わしげな瞳で見つめてくる。「で?なにがあったのか教えてくれる?」と優しく問われれば拒む理由も無くて「色々」とだけ答えた。


 内容を全て答えることはライカと誓った秘密に関わるのでできない。

 だかなにかがあったという事実だけ伝えた。


「前に話したセシルの生まれや血についてのこと?」

「う~ん。ちょっと違うけど、結果的にそれについての嫌悪感に繋がったというか」


 ノアールが真剣な顔でそっとセシルの足元に膝を着く。そうすると座っているセシルと顔の高さが一緒になる。

 必然的に見つめ合うことになり自然と口元が緩んだ。


「逃げないで欲しいんだけど。セシルは“騙りのレイン”なの?」


 その唇から放たれた言葉は驚きと共にやっとという解放感で脱力させる。知られたくない一方で酷く責め立てて欲しいという、相反する欲望がずっと己の中にあったから。


 ここまで来たら逃げるわけが無い。


「そうだよ。他に“偽りの”とか“詐欺師”とか色々あるけど一般的にはそう呼ばれてる」

「そっか……どうりで」

「いつから知ってたの?」

「最近。ベルナールがまた変な噂を持ってきて」

「ベルナールね。あいつ本当に好奇心旺盛というか、青春真っ盛りというか、ただの盛りの付いた犬というか」

「本当にごめん」


 謝るノアールに苦笑して「なんで謝るのさ」と額を小突く。


「なんかまた勝手に桃色妄想してて。リディアだけじゃなくセシルまでベルナールの下品な妄想に使われたのかと思ったら情けなくて」


 がっくりと肩を落としながら悔しがる姿を愛しく思いながら、そんなことでリディアやセシルが穢れるわけでは無いのだから気にするなと慰める。


「普通の男子なら可愛い同級生を夜毎思いながら色々な行為に及ぶのは正常なんだから。それをしないノアールの方が異常なの」

「……いいよ。異常でも」

「あんまりガツガツしてるノアールは見たくないから。そのままでいて」


 色々と反論したいはずなのに少年は黙って頷いた。

 そしてまたセシルの手を取って眼鏡の奥からじっと熱く見つめる。そこに男の欲望は微塵も無く、ひたすら真摯にセシルを思う気持ちだけがあるのが解り堪らずに目を反らす。


「セシル。僕は前にも伝えた通り変わらない。沢山の思い出や過ごしてきた時間がかけがえの無い物で、失うなんて考えられないんだ。どんな生き方をしてきたとしても、人にいえない過去があっても。全部ひっくるめて僕の大事な友人セシル・レインだから」


 また心を惑わせる言葉をその憎い唇は囁いて、光の元へ出てこいと誘う。


 ノアールは知らないのだ。

 この流れる血が呪われていることを。

 だから話さなくてはならない。


「…………聞く気があるなら話そうか。昔々の物語を」



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