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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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探る


 扉が二度間隔をあけて開け閉てする音がしたのを夢現ゆめうつつで拾いノアールはゆっくりと目蓋を押し上げた。

 いつもならぼんやりと像を結ばない世界がはっきりと映しだされている。


「あ……眼鏡。かけっぱなしだ」


 また本を読みながらベッドで眠ってしまったのかと苦笑しながら体を起こしかけて四方を白いカーテンで仕切られていることに気付いた。


 そういえば天井も布団も寮のものとは違う。

 窓から差し込む陽射しも朝ではなく昼過ぎたばかりの力強い物だ。


 朝はちゃんと起きて紅蓮と話し、図書塔でドライノスに暗示について教えてもらった。

 それからセシルとリディアの家まで行って、広場で軽い食事をしてから――。


「やばいっ」


 眼鏡を押し上げてずり落ちた位置を正しカーテンを掴んだ。

 引き開けながら上半身を起こすと、向こう側に椅子に腰かけているセシルの姿が見えた。


 なにやら掌を見つめて俯いている。


「セシル?」

「……ん?お目覚め?お姫さま」


 顔を上げて笑う顔になんだか力が無いような気がするのは気のせいだろうか?


 そう悩んでいるとセシルは立ち上がると枕元へと近づいてきて今度はベッドの端に腰を落ちつけた。


 それから「ご褒美は?」とキラキラと悪戯めいた輝きを浮かべた瞳を向けてくる。


「ないよ。そんなの。でもありがとう」

「ちぇっ。残念。でもノアールの寝顔を見れたからよしとするか」

「!?」

「可愛かったよ」

「セシル……男に可愛いは全然褒め言葉じゃないし」


 一生の不覚だ。


 意識を失ったノアールを医務室まで運んでくれたことには感謝するが、これからもことあるごとに寝顔の話をされるかもしれないと思うと気が重い。

 しかもそれを可愛かったと評されるのは納得がいかないような。


「隣。リディアも寝てる」

「え?どうして」


 慌てて左側のカーテンに手を伸ばして開けようとした所で躊躇する。


 女の子が寝ているのを盗み見るようでなんだか後ろ暗い。

 それにまたセシルに要らぬことを言われそうだし、もしかしたらからかわれているだけかもしれないし。


「疑い深いねぇ」

「学習したんだよっ」

「ふぅ~ん?」


 揶揄するようなセシルの声と笑い方に唇を歪めて抵抗する。

 宙に浮いたまま取り残されていた右手を捻った身体ごと戻す。


 セシルの思惑に乗って行動することは止めようと固く心に刻みながら。


 だがそんなノアールを面白そうに眺めてから「嘘じゃないって」と逆に布団の上に両膝を乗せてセシルが手を伸ばす。

 引き寄せるようにしてカーテンを動かすと静かに眠っているリディアが見えた。


 ノアールからいわれたくはないだろうが顔色が悪い。


「なにがあったんだろう……」

「さあねぇ。なんだか色々あったみたいなことをアイスバーグがいってたけど。よく解らなかった。でも残念だよね?」

「……残念って何が?」

「だってふたりっきりになりそこなったじゃん」

「っ!?だからっ。そんなことは女の子が言うなってば」


 恥ずかしくないのかと問うと肩を竦めて「別に?」と微笑む。

 悪気が無いように微笑むことが出来るのを知ってしまった後ではその笑顔の裏を考えてしまうのは邪推だろうか。


「それに襲うつもりなら寝込みを襲うって。そっちの方が簡単だし?」

「冗談にしてはきついよ……」

「ありがとう」

「……だから」


 褒めていないと続けようとしたがセシルはじっと青白い顔で眠っているリディアを見つめている。

 その横顔は真剣で深い思考の窺える雰囲気を醸し出していた。

真横に引き結ばれた唇も、柔らかな前髪が遊ぶ下から覗く眉もどこか憂いを帯びて見える。

 

「これからどうしよう……」


 小さく微かだが長いため息の向こうでセシルが呟いた。

 それは答えを求めたような言葉では無く、独白に近い物だったから胸が締め付けられるような寂しさを植え付けた。


 琥珀色の瞳はどこか焦点の定まらないままぼんやりと、やはり同級生の少女を見ている。


「決まってる。暗示を解く……だろ?」


 周りの人を不幸に陥れる暗示の発動を未然に防ぐには解くしかない。

 ドライノスが言うように暗示の鍵となる言葉をリディアに思い出してもらわなければならないが、そこは二人でできるだけの手助けや精神的な安全を考慮すれば大丈夫だろう。


「犯人を捜して聞き出すって手もあるし」

「……できる?」


 そう。


 一番リディアに負担がかからない安全な対応策が犯人探しだ。

 その代わりにノアールとセシルの安全は保障されない。


 それでも可能な限りは動きたかった。


 ノアールの弱気ながらも決意に満ちた言葉にセシルがようやくこちらを向いて本心を探るように小首をかしげる。

 真っ直ぐなどこか縋るような瞳にたじろぎながらも小さく頷いて「乗りかかった船だから最後までやる」と答えた。


 「できる」と言い切れないのは情けないがそれは仕方ない。

 それになんだか恥ずかしい。


「どうやって探す?」

「まずはリディアの父親を探ってみよう。マーサさんが何か知っているかもしれないっていってたし」

「……うん。じゃあ、あたしはヘレーネとフィリーを探る」


 セシルの口から出た名前に驚く。


 なぜそこに二人の名前が出るのか解らない。

 リディアの事件に何か関わりがあるというのだろうか。


 やはりセシルの思考回路はノアールには理解できないもののようだ。


「なんか怪しいんだよね、あの二人。関係あるとかじゃなくて個人的に気になるっていうかさ……」


 あまりに怪訝そうな顔をしていたのかセシルが言い訳をするように苦笑した。

 カーテンを手放すとリディアのどこか苦しそうな寝顔は見えなくなる。

 それでもしばらくは顔が見見えていた辺りを見つめていた。


「セシルどうかした?」

「ん……別に」


 顔を俯かせたまま身を翻してベッドから降りる。

 その拍子にノアールの膝に小さな固い物が上から落ちてきた。

 セシルのポケットから落ちたように見えたので拾って渡そうとして止める。


「これ……なんの薬?」


 小さなガラスの小瓶だ。


 薄い緑色の半透明の小瓶に透明の液体が入っているのが見えた。

 掌にすっぽりと治まるぐらいの頑丈な作りで、蓋もしっかりと閉じられていて簡単には開きそうにもない。


「……媚薬」


 一瞬の間の後に屈託なく笑いセシルは手を伸ばしてノアールの手に中から簡単に小瓶を奪い取る。

 ショートパンツのポケットに無造作に突っ込んでからこちらを向いたまま二歩下がって「今度ゆっくり楽しもうね」と弾むように言い残すとくるりと踵を返して出口へと走り扉を潜る時に軽く手を振って出て行った。


「今度って……」


 当惑顔で呟いて数学の難問よりも難しく、理解不能のセシルの言動に頭を抱えた。

 どうやって対応していいのか、まったくもってわからない。


 あんな無茶苦茶な女の子は初めてだ。

 いや。

 女の子という分類だけでなく人間という分類でも初めてだった。

 

「感情論でも理論でもない……なんだろうなぁ。あれは」


 考えても答えの出ない難問は取り敢えず棚に上げ、ベッドから降りて布団を整えると扉へと向かった。

 一瞬リディアが起きるのを待っていた方がいいのかと悩んだが、今はそっと寝かせてあげる方がいいのだろうと思い直して外へ出る。


 リディアの父親について調べる方法を考えながら歩いていると、無意識に寮へと足が向いていた。

 石作りの階段を下り、寮の入り口を抜けて木製の階段を壁際に身を寄せるようにして上がって行く。

 踊り場で誰かとすれ違ったが別に気にも留めなかった。

 そのまま階段に足を乗せ身体を前上方に移動させようとしたら後ろから襟首を掴まれて引き下ろされて情けない悲鳴を上げる。


「うわっ!」

「ノアール。さっきから呼んでんだけど、無視か?」


 赤い髪が視界に入り、上から聞き馴染みの深い声が降ってくる。

 青い瞳が不思議そうに覗き込んでいた。

 陽に焼けた肌に目を細めてから「紅蓮」と呼びかける。

 そこでようやく首後ろを掴んでいた大きな手が放されノアールは身体を反転させて向き直った。


「……どこか行くの?」


 そう尋ねたのは紅蓮の服装が軽装では無く革のマントを肩にかけ、背負い袋を持っていたからだった。

 履いている靴も底が少し厚い丈夫な革のブーツだ。

 

「ちょっとリストまで仕事」


 寝癖の残る髪を掻き回して朗らかに笑う。

 だがノアールは困惑する。

 紅蓮とリストという組み合わせが不穏な響きで胸を騒がせるのは仕方がないことだ。


 だが当人はなんの不安も恐れも無く飄々としている。


「でも……リストって」


 大丈夫なの?と暗に含めて問うが、紅蓮はひょいっと首を傾げて「記憶を失った道を行けばなんか思いだすかもな」と事もなげにいう。


「三日後には帰ってくるから心配いらないって」

「そんなっ……。一年前もそう思って出て行って結局帰ってきたのは八ヶ月後だったって」

「またどこかに記憶を忘れてくる可能性はあるかもしれないけど、それはそれでなんとかなるさ。今だってなんとかなってるしな」


 荷物を下ろしてマントをちゃんと羽織り紐を結ぶ。

 腕を上げ下げしてから着心地良くしてなんでもない事のようにいって笑う。


 記憶を失うということをこんな風に言える人物もまた珍しい。


 だが忘れられた人達はどうなる?

 楽しい思い出も美しい景色も、故郷の匂いも家族の顔も友人との何気ない会話も忘れて――忘れられて。


 ノアールは平常心ではいられない。

 忘れられるなんて耐えられない。


「どうした?」


 背負い袋を肩に担いで旅支度を整えた紅蓮の自然体の声はノアールの悲しみを知らずに呑気に聞こえた。


 そのせいで脱力感が襲う。


「……紅蓮は忘れても平気なの?」


 とても自分のことをとはいえなくて濁して問い返す。

 心の機微などという繊細な配慮は紅蓮に求めても無駄だ。

 やはり軽く「今も困ってないからなぁ」と返答が来る。


 ノアールが勝手に友達を失うという恐怖を抱いているだけだ。

 紅蓮にも同じような喪失感を持って欲しいとは傲慢なのかもしれない。


「ノアールがオレのことしっかり覚えてくれてるって、解ってるから安心して行ける」

「紅蓮……」

「だからその時はオレにオレのことちゃんと教えてくれよな?」

「本人に紅蓮の事を教えるって、それはどうなの?それにうっかり落とさないようにしっかり記憶を管理したほうがいいよ」

「いえてるな」


 なんだか嬉しいような、くすぐったい様なことをいわれて心が弾む。

 我ながら単純だと思うが仕方がない。


 「じゃあな」と遊びに行くようないつもの簡単な挨拶で紅蓮は階段を下りて行く。

 それに「気を付けて」と返しながら手を振った。


「仕事か……」


 呟いて紅蓮の仕事に思いを馳せる。


 厄介事万請負所。

 なんでも屋とも便利屋とも呼ばれる仕事。

 失せ物、人探し、荷運び、護衛、喧嘩の仲裁。

 本当になんでもやる。


 今回の仕事はリストまでだから荷運びか護衛か。


「俄か探偵より頼りになるかもな」


 リディアも頼る相手を間違えたのではないだろうか。

 そう苦笑した時「そうだ紅蓮に頼もう」と閃いた。


 自分達よりもずっとそういう技術が身についているはずだ。

 セシルと二人では時間がかかりすぎてしまう。


 早ければ早い方がいいのだ。


「紅蓮!」


 呼びながらノアールは入口を出て外へと飛び出した。


 既に紅蓮の姿は無い。

 手足の長さが違うし、歩き方も向こうがかなり速い。

 急がないと街まで下りても捕まえられないだろう。


 慌てているせいか足が縺れる。

 そうなると更に気が急くのでいつもより速度が出ない。


「紅蓮!!」


 聞こえていて欲しいと思いながらさっきよりも大きな声で呼びながら階段を上る。

 綺麗に四角く削られ敷き詰められた石段は太陽の光を浴びて白く輝いていた。

 短い時間で階段を往復することになって脹脛が攣るように痛む。

 背中が呼吸のたびに上下して、肺が押されたように苦しい。


「もう……足速すぎ」


 喘ぎながら愚痴る。


 紅蓮とは日頃からの鍛錬の違いがあるのだ。

 追いつくのは難しいだろう。

 手摺に縋るようにして最後の階段を上り切り、広いグラウンドが視界に映る。


「いない」


 がっくりと肩を落とし呼吸を整えることに専念していると、左手側の植え込みの方から近づいてくる足音がした。

 顔を上げると紅蓮が「どうした?」と愉快そうな笑顔で芝生を蹴散らし、ノアールの腿辺りまである植え込みを難なく跨いで横まで来た。


 どうやら校門前まで行っていたらしい。

 最短距離の植え込みの中を突っ切って戻ってきた。


「……怒られるよ?」

「見つからなきゃ大丈夫だ」


 それもそうかと納得して、大きく息を吸ってからゆっくりと吐き出し最後の乱れを強引に鎮めた。


「頼みがあるんだけど」

「勉強なら教えられないけど?」

「まさか違うよ」

「だよな」


 紅蓮には逆にノアールが勉強を教えている。

 記憶を失ったままの紅蓮には一年生で学んだはずのことも頭の中に残っていない。


 現在二年生をやっているが学力では一年生にも劣るぐらいなのだ。


「調べて欲しいことがあるんだ」

「う~ん。オレこれから仕事でリストに行かなきゃならないから、それ三日後になるぞ?」

「それでもいい。きっとそれでも早い」

「三日後で早いってどんな調べ物だよ」


 怪訝そうな顔で見下ろしてくる青い瞳はそれでも興味津々で話を促してくる。

 苦笑しながら「リディアの父親を調べて欲しいんだけど」といった後で紅蓮がリディアと面識がないことに思い至り、リディアの父親の名前を出そうとして自分がその名前を知らない事に気付いた。


 どう説明をしようかと目が泳いだ瞬間「エディル=テミラーナか」と紅蓮が呟いて弱り切った表情を浮かべた。


「どうして……?」

「守秘義務があるからいえない」


 ということは紅蓮はリディアの父親を知っており、なんらかの仕事を請け負っている。

 もしかするとこれからやる仕事にも関係があるのかもしれない。


「じゃあ……無理かな」

「……いや。調べてすぐにノアールに報せてくれるように所長に頼んどくから」

「え?いいの?」

「急ぎなんだろ?」


 頷くと紅蓮はいつものように笑ってノアールの肩に大きな掌を乗せた。

 それから「もし戻ってこれなかったら困るからさ」と続ける。


「そんなこというんだったら紅蓮が報せてくれないとっ」


 三日後に戻らなかった時の保険だと思うと辛い。

 リストまでの仕事中に事故でまた戻れなくなるかもしれないという不安をまた思い出させられた。

 そんな危険を冒してまで何故紅蓮が行かねばならないのか。


「この仕事は直接依頼人がオレの所に頼みに来たからさ。オレが行かないといけない。それに急がないと友達やばいんだろ?」

「紅蓮……」

「心配すんなって。ちゃんと帰ってくるし、所長にも頼んどくから。日頃の恩返し」


 ぽんぽんとリズムよく肩を叩き紅蓮は「じゃあな。頑張れよ」と手を上げてまた植え込みの中を軽快に走り去って行った。


 ノアールはその姿を手摺から身を乗り出して、登校用の魔方陣に吸い込まれて行くまで見送る。

 視線に気づいたのか紅蓮が一瞬だけ手を振ったのを最後に光のベールの向こうに消えた。


 呆気なく。



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