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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
107/127

再会のおまじない


 乗合馬車の停車場に着くと乗る予定の馬車はまだ用意されていなかった。幌のついた荷台の御者台に行き先の街の名前を掲げてあったが、馬はまだ出発前の準備中らしい。

 一番奥の馬車は隣町のリスト行きで、まもなく出発なのか忙しく不備が無いか念入りに調べていた。客も数名並んでいて御者の声掛けを待っている。


「ロッテローザ様のご結婚が決まって王都は浮ついているかと思ってたが、やっぱり王子の病気を慮ってかどことなくお祝いって雰囲気とは程遠いな」


 並んでいる商人風の男が、連れの男に人目を憚るように囁くのを見てフィルは慌てて視線を逸らす。


 現ローム王に嫡子は二人。

 今年十六歳になるロッテローザ王女と七歳になるカールレッド王子だ。王に似たロッテローザ王女は気丈さと優しさを持つ愛らしい少女で、かねてから隣国ショーケイナの王から王子の妃にと請われていた話を先日正式に受けたと報じられた。

 問題は王子のカールレッドで、生まれ落ちたその日から病魔が襲い、回復したと安堵すればまた新たな病気を発症するという病弱さを心配されている。その虚弱体質が所以でロッテローザ王女の婚姻が遅れていたのだという話が実しやかに流れている。


 そしてもうひとつ。


「最近またあの噂が王都を賑わしてるらしい」


 ひやりとフィルの首筋が粟立つ。

 王都に流れる王族に関する噂は数あるが、その中で国民の興味と疑念を持って囁かれる噂のひとつ。


「あれ……ほんとなのかね?」

「さあな。でもカールレッド王子が病気に伏していると必ずといっていいほど流れるからな。そうあって欲しいって願いも込めてなんじゃないか?」

「ローム王も今年で六十になるからな。新しい王子誕生を望むのは難しいだろうしな」


 だからこそ期待を込めて人々の口に上るのはこの噂。


 ローム王には後宮から出された第二王妃の生んだもうひとりの王子がいるらしい。


 フィルは力の入る眉間を意識して緩めながら男達の声が聞こえない場所へと離れた。気が付くと乗るはずの馬車に馬が繋がれて、御者が点検を始めている。


 これでしばらくディアモンドとはお別れだ。


 この留学がどれほどの期間でフィライト国とキトラス国との間で話が成されているのかもフィルには教えられていない。一年か、それとも三年か。コーネリアは戻ってこられると保証してくれたが、もしかしたら十年先、二十年先の帰国となる可能性も無いとはいえなかった。


 所詮は駒だ。


 フリザードの学生として最低限の保護と権利の約束はしてくれるだろうが、コーネリアは不要と見做せばフィルの命など簡単に捨て去る。学園長であるよりも、彼女は国を支える四大公爵としての役目の方が重大で重要なのだから。


 国と比べればフィルひとりの命など塵芥に等しい。


「仕方ないさ……」


 自分自身生きている価値の無い人間なのだと思っているのだから。

 二年間学園に通いながらも誰ひとりとして見送りになど来ないことを我がことながら苦笑して、そしてそれを望まなかったからこそ旅立つことを誰にも知らせなかった。知っているのはノアールぐらいだろう。


 紅蓮は今頃どうしているだろうか。


 故郷のベングルで父親と合流し彼らしく暴れ回って、弟を救出そうと躍起になっているかもしれない

 きっと紅蓮なら弟を助け出し、故郷を救い、そして一回りも二回りも大きくなってまたここへ帰ってくるだろう。フィルもやるべきことを成し、学んで力を蓄えて少しでも強くなれたらいいなと思う。

 紅蓮がいったように自分らしく足掻いて、そして今よりも価値のある人間になれるように……。


「フィル!」


 名前を呼ばれて振り向こうとして戸惑う。聞き覚えのある声は自分の願望が生みだした幻聴で、振り返った先にその姿が見えなかったらと思うと立ち直れないぐらいに落ち込みそうだ。

 それでもあの声に呼ばれて抗うことはできなかった。

 恐々と視線を向けた先の人混みから飛び出してきた小さな少女に驚き、そして胸に広がる温かな感情を噛み締める。


「フィル、待って!」


 坂道を転がるように走ってリディアがこちらへやって来るのを自分はどんな顔で眺めているのだろうか。

 どうか変な顔をしていませんようにと願いながら、フィルはそのままの勢いで駆けてくる少女に右手を伸ばして止まるのを手伝った。


「っと。大丈夫?リディア」

「あわわ。ごめん、フィル」


 受け止めた体の柔らかさと、上腕に当たるまた別の柔らかさに動揺しながらもリディアが自分から離れるまでじっと我慢する。ここで過敏に反応してはまたこの前の二の舞になってしまう。

 ディアモンドを離れる前にまたリディアを怒らせたくは無かった。

 せめて笑顔で別れたい。


「ノアールが教えてくれたの。フィルがキトラスへ行っちゃうって。だから」


 なぜかリディアは離れるどころか腕にしがみ付いて、走って乱れた息を整えてから見上げてくる。その上気した頬に笑顔を乗せて。


「それでわざわざ見送りに来てくれたの?別に良かったのに」

「どうして?黙って行っちゃうなんてひどいよ。ちゃんと、お礼をいわなきゃいけなくて」

「お礼?なんの?」


 リディアと会って会話をするのは本当に久しぶりで、送る、送らないで言い合ったのが最後だった。あの時も見当違いの謝罪をされたなと思いだし、今回の御礼については全く見当もつかず取り残された気持ちになる。


「この前の魔法。フィルがかけたんでしょ?」


 真偽の魔法のことだ。


「フィルのお陰でわたしママと本当の意味で解りあえたから。今まで一生懸命伝えようって頑張ってもできなかったのに、あの魔法でやっとママにわたしの言葉が届いたの。だからありがとう。フィル」

「……………違うよ、リディア。あれは紅蓮のために」

「それでもわたしは救われたの。例えそれが紅蓮のためにかけられた魔法だったとしても、その事実は変わらないから」


 ねえと呼びかけてリディアはそっと右手に握り締めていた花を差し出した。それは青い小さな花が数輪集まって咲いている可愛らしい物で、この季節に咲いているはずの無い花。


勿忘草わすれなぐさ……」

「赦さなくちゃ先へ進めない。ずっと後悔してその場所から動けずにいるのはおかしいよ?だからフィルも自分を赦してあげて。ママもフィルを赦せるように努力するって約束してくれたから」


 赦せるだろうか?


 努力すれば可能ならば必死で足掻くだろう。

 愛よりも憎しみの方が思いの力が強い。忘れられたと安堵した時に再び蘇り心を揺さぶるのだから。きっとリディアの母がフィルを赦すことはないだろう。

 そしてフィル自身も自分を赦せるとは思えなかった。


「フィル!だめだよ。わたしはフィルを少しも恨んでない。責めてない。だからフィルを赦せるのはわたしじゃなくて、フィル自身なんだから」

「できない……」

「できる!できるって信じればなんでも叶うよ。フィルには魔法の才能があるし、その力を認められれば輝く未来だって望めるんだから」

「ぼくの本当の望みは叶えられないよ」


 魔法の力を使ってもそれは手に入らない。

 望むことは許されない。


「じゃあなにが欲しいの?」


 純粋な瞳で問われても答えられるわけが無い。


「リディアはフォルビア家を継ぐんだってね」

「そう、だけど。それは今関係ない」

「…………関係あるんだけどね」

「え?あるの?」


 緑の瞳を瞬かせてリディアが困惑している。鈍いというよりは思考の方向が人よりほんの少しだけずれているから、彼女にははっきりといわなければ伝わらない。


 それでいい。


「それ、どうするの?」


 勿忘草を視線で指すと「そうだった」と一輪手折るとリディアがそれをもう一度差し出してきた。


「再会のおまじない」

「え?」

「わたしちゃんと東の窓に飾って、フィルの帰りを待つから」

「リディア、これ」


 彼女はその意味をちゃんと理解しているのだろうか。


 小さな指に挟まれたその花を受け取って、戸惑いながら見つめると「だから気を付けて行って来てね」とにっこり微笑まれたら。


 色々なことがどうでもよくなって、胸がいっぱいになる。

 希望というよりも、欲望といった方がいいような思いに染められて。


「期待してもいいってことだよね?」


 尋ねるのではなく確認として迫り、勿忘草の意味を知っているならば意地悪な問い方をして。

 リディアはきょとんとした顔をしながらも頷いた。


 きっと自分を赦すことなどできない。


 出立を促す御者の声が耳に入り、リディアがきゅっと唇を噛んで涙を浮かべる。


「リディア」

「フィル、忘れないでね。フィルの魔法は人を幸せにできるんだから。それから――」


 すぐ傍にあるその身体を引き寄せて、フィルはぎゅっと抱きしめた。胸の中にその小さな体はあっさりと埋まってしまい、改めてその小ささに驚く。女の匂いよりも清潔なせっけんの香りがして、クリームのように溶けてしまいそうな柔らかな感触との差がありすぎて切なくなる。

 リディアの肩を抱く己の右手に握られた勿忘草を眺めて「忘れないよ」と囁いた。


「フィル、もう行かなきゃ」


 乗り遅れるのではないかと心配し見上げてくる少女の頬に手を添えて、そうっと身を屈めた。さすがに唇を奪うのは躊躇われ、その端の近くに口づけを落として顔を覗き込むと笑ってしまうぐらい赤面していて。


「ごめん。我慢できなかった」

「や、あの。だって。どうして?なんで?」

「それは後でゆっくり考えてよ」

「なにそれ?意地悪っ」

「そうだよ。ぼくは意地悪なんだよ」


 クスクス笑って馬車へと歩く。その後ろをリディアがついてくる気配がする。フィルが乗る馬車は隣街のリストを経由してチキへと向かい、更にその先の港街コーチャーが最終目的地だ。そこからは徒歩で隣国キトラスへと入る。

 荷台に上ると既に乗っていた六人ほどの乗客がちらりとこちらを見たが、すぐに興味が無さそうに逸らされた。


「じゃあ、リディア。またね」

「行ってらっしゃい」


 手を振るリディアの顔はまだ赤い。


「リディア。ヘレーネには……」


 どういったら少女の注意を喚起できるのか解らずに言葉を切ると、リディアが笑って「大丈夫。気を付ける」と頷いた。


 彼女も愚かではない。


 ヘレーネに近づきすぎれば危ないと解っているはずだ。だがフォルビア家を継ぐと決めた以上、無関係とはいかないだろうが。


「どうか無事で」

「ちょっとフィル?それってわたしがいう方だよ」


 苦笑しているリディアの身を案じても仕方が無いだろう。

 所詮自分もリディアも駒のひとつだから。

 だがどのように動き、働き判断するかは自分自身だ。相手の思い通りに踊ってやる必要は無い。


 駒には駒の意地がある。


「行ってくるよ」

「うん」


 誰も見送りに来ないよりも、こうして誰かに見送られる方が嬉しい。だが別れ難くなるのは覚悟していても辛く痛い。


 御者が馬に声をかけて鞭を揮う。車輪が軋み、その振動が荷台を揺する。リディアが表情を硬くして手を握り締めると目元を擦った。そしてその手を開いて力強く振る。


「やっぱり、赦せそうにないな……」


 罪と罰を負いながら、それでも彼女を思う気持ちを止められない自分を赦すことはできない。自分がいない間に誰かと幸せになっていて欲しいと思いながら、いつまでも変わらず待っていて欲しいと思う。


 やはり薄汚く欲深い自分が赦せなくて。


 自嘲の笑みで遠ざかるリディアと王都の景色をずっと見つめて、フィルはこの留学がなんらかの変化へと向かえばいいと強く願った。


これにて“東方の魔術師”終了です。

ここまで読んでくださった方へ感謝の気持ちを捧げます。

次の“騙りのレイン”が最終章となります。

続けて読んでくださると幸いです。

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