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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
106/127

記憶と赦し



「どうしたの?今、授業中だよね?」


 ノアールが訪ねてきたとマーサが部屋に呼びに来た時に「まさか」と笑ったが玄関まで出ていき、そこに立っている少年が紛れも無くノアールで驚き、信じられないまま口をついて出た言葉。

 一限目の授業が始まる時間をとうに過ぎているのに、リディアの家にノアールがいる。


「色々あって」

「色々?」


 誰よりも学ぶことを尊び、授業を休むなどとんでもないと拒絶する少年が色々あってサボってここにいるという事実を受け入れ難くリディアは首を傾げた。


 色々とはなんだろうか。


「学園を辞めるって聞いて。しかも王立学園に編入するんだって?」

「うん、そう。セシルから聞いたの?」


 だがその問いにノアールは答えず、少し思いつめたような表情で目を伏せた。そしてなにか決心したかのように勢いよく頭を下げる。

「ベルナールのこと!ごめん」

「……どうしてノアールが謝るの?」

「どうしてって……僕がベルナールのことを警告できていれば、リディアがあんな――」


 言葉を濁した様子でリディアとベルナールの間に起こったことを知っているのだと知る。苦笑して「いいよ」と首を横に振った。

 ノアールが警告していたとしてもリディアの周りをベルナールはうろついただろうし、声をかけて来ただろう。そしてやはり注意していてもあの事件は起こったに違いない。だからノアールはなにも悪くないのだ。


「それから、忙しくてリディアの話を聞いてあげられなかったし、悩んでいるのに気付けなかった。セシルとリディアが喧嘩した時も追いかけなかったし……。しかも辞めるって聞いた後で謝ろうと思ってたのに、紅蓮の方を優先して。最低だ。ごめん」


 今にも倒れそうな程顔色を悪くして謝罪するノアールを見ていたら、責めるどころか思わず笑いが込み上げてきてしまった。


「リディア?僕、真剣に謝ってるんだけど?」


 怪訝そうに眉を寄せて、少し怒ったような口調でリディアの笑いの理由を問う。

「ごめんなさい。だって、全部しょうがないことばっかりだったから」


 ノアールは生活のためにバイトをしていて、そして学業も疎かにはしない。だから忙しくて、一生懸命な少年はリディアが悩んでいることに気付けない。

 気付かなくて当然だ。セシルと喧嘩をした時だって、悪かったのはリディアの方で追いかけて来て欲しいなんて思ってなどいなかった。リディアより仲の良い紅蓮の方を優先するのも当然で。


「全然気にしてないから。それに今、こうして謝りに来てくれたし。しかも授業よりわたしの所に来てくれたってことが嬉しい」

「そう、授業。一限目は詠唱と発動についての内容だったから、本当は三限目終わってから来ようと思ってたんだけど」

「急がなきゃならない理由があったの?」


 そうだ。

 謝罪だけならなにも授業を休んでまで来る必要は無い。受けたかった授業を断念してまでリディアを訪ねて来てくれた理由。


「フィルが交換留学生としてキトラスへ行くんだ。しかも今日」

「交換留学生?キトラス?」


 なにがなんだかよく解らない。

 突然聞かされたフィルの交換留学の話。それも今日出発で、キトラスへと向かうという。与えられた情報が脳へと到達するのが遅くて、しかもそれを理解するのにとても時間がかかる。


「どうして?」


 その質問にノアールは口を噤んで首を振る。なにかを知っていそうだが、その硬い面を見れば教えてくれそうな気配は全く無い。わざわざ来てくれたと言う事は、フィルの出発の時間が近いのだろう。


 でもノアールには悪いがフィルと会うつもりは無かった。


「フィルのこと……教えてくれてありがとう」

「……リディア?」

「多分わたしがお別れをいいに行っても迷惑だと思う」


 避けていながら嫌いじゃないと微笑むフィル。困らせるつもりは無かったのに、いつだって迷惑をかけてその優しさに甘えていた。


 これ以上はフィルを辛くさせてしまう。

 リディアが傍にいれば昔の嫌な記憶を思い出させてしまうから。


「そんなことないよ」

「あるよ」


 大きく頭を振る。

 リディアがあの出会いと記憶を赦し、受け入れてもフィルはあの事を引きずってこれからも生きていくのだろう。


 それならもう会わない方がお互いに良いはずだ。


「セシルからいわれたんじゃない?フィルがリディアを避けるのは嫌いじゃなくて、その逆で」

「よく解らない。それ」


 好きなのに離れるなんて。


 リディアを好きだと思ってくれるなら、わざと避けるよりも普通に接してくれた方が嬉しいのに。仲良くできない理由がやっぱりあの日の出来事が原因だと思うと悔しくて、悲しい。

 フィルが気に病むほど今は辛くないし、沢山の事を乗り越えられるように努力しようと思っている。気にしないでといえばいうほど彼は自分を責めて、余計に避けるようになっていく。


 誰だって傷つきたくない。

 だからリディアはフィルが望むように、会うのは止めようと決めたのだ。


「実際僕にもよく解らないけど。でも僕から見てフィルの件はセシルと同意見だよ」


 セシルの意見にノアールも同意して、にこりと微笑むノアールに「ほんとに?」と尋ねれば自信ありげに頷かれる。


「わたし、嫌われてるわけじゃないの?」


 あの優しさが同情からじゃなければいい、あの微笑みが憐れみでなければいいと願っていた。フィルが困りながらリディアのことを面倒見てくれるのは負い目があるからだと思っていたから。


 もしそれが本当ならこのまま行かせてはいけない。

 広場まで送ってもらった時の微妙な雰囲気のままでフィルはキトラスに旅だってしまうのだ。それは嫌だ。ちゃんと謝って、また戻って来た時に前みたいに笑顔で話せるようになっていたい。


 心が焦り始める。


 そういえばとノアールが不思議そうな顔をしながら「セシルからこの前、街を混乱させた魔法をかけたのはフィルだって伝えて欲しいっ頼まれたんだけど……どういう意味?」と問われ息を飲む。


「フィルが、あの魔法を――」


 毎日のように母は学園へ通うのをやめて欲しいと繰り返し、リディアはその理由がフィルに近づくことを快く思っていないのだと解っていた。だから必死に自分の考えや思いを伝え、穏便に納得してもらえるようにと心を尽くしたが、サーシャは理解できないとすぐに感情的になり最後には泣き崩れる。

 気の滅入るような母との押し問答を日々続けながら、自分を赦し、母を赦そうと努力した。そうすることで先へと進もうと頑張っていたが、感情を顕にして思いを押し付けてくるサーシャにはリディアの言葉は届かなくて歯痒くて。


 感情的な割には本心でなにを考えているのか解らない母に、正直説得を諦め始めた時だった。

あの真偽の魔法がかけられたのは。

 まるで手応えの無い様な柔らかな魔法は確実に部屋へと忍び込み、あの日も不毛な会話を続けていたサーシャとリディアの心を嘘偽りの無い言葉で語り合わせてくれた。


 初めて母の本当の思いを聞いた。

 そしてリディアの言葉が母へと届いた。


 赦せるように努力する。


 そう約束してくれたサーシャに、リディアは学園を辞めることと祖父の家を継ぐことの許しを求めた。

きっとあの魔法が無ければ未だに二人は平行線だっただろう。ようやく母は過去の過ちに目を向け、反省と後悔を抱き、受け身だった自分に疑問を持ったようだった。そしてリディアもまた魔法の偉大さと、ささやかなきっかけひとつで事態が好転する事を学んだ。


 そうだ。

 これもきっかけのひとつかもしれない。


「行かなきゃ――」


 ノアールの横を擦り抜けて玄関を潜った。夏が終わり秋の気配が混じる風を正面から受けてリディアは心が弾むのを感じる。そのまま駆けていこうとするのを邪魔したのは後ろから手を掴んだノアール。

 ぎゅっと握られた後で一瞬力が緩められ、また慌てたように力を込められた。細い指が手の甲を覆っている。


「ノアール?」

 振り返るとなぜかノアールは固まっていて呼び掛けるとあわあわと動揺し手を離す。


「っごめん!えっと、フィルは乗合馬車の停車場にいるから!」

「ありがとう」


 頷いて今度こそ走り出す。乗合馬車の停車場は東門に面してある宿場街の入り口にあり、歓楽街を通って行けばリディアの家からは近い。

 必死で住宅街を南へ向かって下り、目の前に見えてきた歓楽街の細く曲がりくねった道へと更に加速する。

 夜は賑やかな街だが今ではしんと静まり返っていて、ひっそりと眠りについているようだ。この街を紅蓮とノアールは護っているのだと思うと少しだけ親近感が湧くような気がした。

 沢山ある脇道には目を向けないように意識して、石畳が作る緩やかな下り坂を宿場街へと急ぐ。坂の最後にある階段を下ればそこは宿場街で、多くの旅人達が行き交っているはずだ。


「――え?」


 リディアは階段を三段ほど下りた所で、目の端を通り過ぎた紫に似た青に気を惹かれて立ち止まる。振り仰いで見ればそこには十歳ほどの女の子が若草色のワンピースに白いエプロンを着て立っていた。その手には籠。


 籠には沢山の花。


「うそ……どうして」

「これ。研究所で育てられた花なの。この季節に咲くようにって」


 女の子はリディアの独り言に気付いて笑顔で説明する。その間にも視線は籠の中の花から目を離せない。


「それ、売ってくれる?」

「もちろん。売り物だから」


 階段を戻りポケットから銅貨を二枚出して女の子から花を買うとお礼をいって駆け下りる。


 まだ馬車は出発していないだろうか?


「だい……じょうぶ。きっと」


 宿場街へ出ると時計塔へと経て港へと向かう道を行く者と、西へ向けて真っ直ぐ広場の方へと向かう者とで賑やかだった。午前中は旅立つ者より王都へと入ってくる人の方が多いので、必然的にリディアは人の波に逆らうように進まなければならない。

 

 身長のせいだけでなくとも足が遅いのに。


 人にぶつかりながらも足を動かして走った。停車場が少し広く、通りより引っ込んでいる場所にあるから近くに行くと人も減りやっと速度が出る。

 馬が二頭並んでいる御者台の後ろに幌の付いた荷台があるのが乗合馬車だ。今は三台の馬車が停まっている。


 どれがフィルの乗る馬車だろうか――。


「フィル!」


 真ん中の馬車の傍に立っている細身の少年の姿が見え、思わず名前を叫んだ。きっと数枚の着替えしか入っていない小さな革でできた荷物を肩に担いでいる。腿までのマントと厚手のブーツ。金色の細い三つ編みが揺れてこちらを見るフィルが驚いた様に目を瞠った。


「フィル、待って!」


 緩い坂道が今まではリディアに味方してくれていたが、フィルを目の前に加速した足が止まるはずはなく。


 まずい。

 焦った所でどうしようもない。


 後は転ぶか、馬車に突っ込むかしか方法は無かった。

 しょうがない。

 転ぶのは嫌なので馬車へ突っ込もう。そう決めて速度を緩めようと努力しながら衝撃を覚悟した。


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