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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
103/127

確かなもの


 騎士の了承を得て扉を開けると横たわっている双清の姿が見えた。近づいて覗き込めば目蓋をゆっくりと押し開けて、何度か瞬きをしてから紅蓮の顔をその目に映す。


「……リッシャ兄さん」

「どうだ?まだ辛いか?」


 双清が首を左右に振ると枕に赤い髪が広がった。その額にそっと掌を乗せると身体を強張らせて動きを止める。

 そこには口寄せの術の憑代となる方陣が描かれており、触れられただけでも術が解けてしまうほどの危うさで発動しているのだ。


「どこに双清は囚われているんだ?」

「兄さん……ベングルに帰ってきちゃダメだ」

「場所をいえ」


 青い瞳に涙が盛り上がり目尻から溢れ、双清の涙は蟀谷を伝い枕を濡らした。ベングルからディアモンドまで三ヶ月と少し。その長い距離をこの少年の体に憑依して旅をしてきたということは、双清の囚われの期間はそれ以上に及ぶに他ならない。


 どんなに弟が帰ってくるなと懇願しても、到底聞ける願いではなかった。


「場所をいったら後はオレが助けに行くまで待っていればいい。術を解いて力を蓄えておけ。必ず行くから」

「兄さん、おれ」

「双清……他の言葉は聞きたくない」

「…………多分、父さんがトーキの街を攻めているのは、おれを助けようとしているからだよ。父さんは反逆者なんかじゃない」


 だから兄さんが帰ってこなくても大丈夫だからと泣く姿に、紅蓮はゆっくりと体から力を抜く。父が双清を助けるためにトーキを攻撃しているのなら、そこに囚われているという事だろう。


「解った。オレはトーキの街へ行って親父と合流する」

「ちがっ。兄さんにはここで所長さんやノアールさんやみんなと、生活して欲しいんだ」

「記憶の無いオレは邪魔か?」

「そうじゃなくて。記憶がないからこそ、今のベングルを見て欲しくない。平和で豊かな姿を見て欲しいんだ。そうじゃないと兄さんはきっと思い出せないよ」


 故郷を。

 そして家族を。


「多分どんな状況でも思い出す時は思い出すし、思い出さない時は思い出さない。そんな細かいこといちいち気にしなくていい。お前は待てばいい」

「いいの?記憶を失っている間のことは記憶が戻った後、忘れちゃうって聞いたことがある。もしベングルで記憶が戻ったら、この一年の間のこと忘れちゃうかもしれないよ?」


 記憶を失って一年。その間にあった出来事に紅蓮は思いを馳せて、そしてやはり失う恐さよりも得られる期待に胸を膨らませる。一生戻らないかもしれない記憶を気にして生きるなど、紅蓮には馬鹿馬鹿しくてやっていられない。

 考えるより体の方が反応してしまう。


「忘れた時は忘れた時だ。また初めから始めればいいだけだろ」


 後ろを向いて生きるより、前を見て進んだ方が楽だ。後悔も反省もしながら先へ行くしかできないから。


「その借りてる身体もそろそろ解放してやれ。後は心配するな」

「……反乱軍の兵士なのに」


 敵だとしても三ヶ月以上自由を奪い取っていいとは思えない。


「兄さん。術を解く前にこれを」


 かけられている布団の下でごそごそと身じろぎしてから、双清は小さく握った拳を紅蓮の前に突き出してきた。指の隙間から見えたのは赤い組紐。


「これ、あの男にも結んでたな」

「術を封じる術具だよ。これで両手をしっかり結んで。それから口寄せの術を解くから」

「解った……」


 受け取り重ねられた両手首を解けないようにきつく結ぶと、深いため息を双清が洩らした。これでしばらくは双清と話せなくなる。


 でもこれが最後ではない。

 必ず救い出す。


「そういや、オレちゃんとベングルの言葉解るみたいだぞ」

「へえ。記憶が無くても言葉は覚えてるんだ。じゃあ文字も問題なく読めたのかもしれないね。でもどうしてそれが?」

「この間あの男に会わせてもらった時『蟻の炎が大地を焼かん』って言った」

「蟻の炎……それ、本当にあの男が?」


 紅蓮が頷くと双清は難しい顔で首を傾げて「あの男、敵ではないのかもしれない」と呟いた。


「どういう意味だ?」

「ベングルに“蟻”と呼ばれる部族がいるんだ。黒い服を好んで着ているからとか、肌が浅黒くて黒髪が多いからともいわれてる。でも地下に巣を張り巡らした独自の情報網と組織力を畏れているからというのが一番有力だよ。そしてそれを率いる女王蟻はベングルの王の妃殿下その人」


 もしあの男が“蟻”なのだとしたら、敵である可能性はぐっと低くなるらしい。

 よく解らないが敵でないのなら助かる。


「難しい事は後回しだ。とにかく後は任せろ」

「うん。解った」


 涙は消え素直に頷いて微笑む双清の額をぐいと擦るようにする。掌の隙間から灰色の煙が薄らと立ち昇り、一瞬狐のような形に変化してすぐに霧散した。それを追うように天井を仰ぐ。


 双清はベングルに戻ったのだ。


 そのことが酷く寂しい。


「ここは……どこ?」


 弱々しい声がベッドから聞こえ、紅蓮が顔を向けると悲鳴を上げて背中だけで後退する。蒼白の面に苦笑してここがフィライト王国のディアモンドであることを説明し、心配しなくてもベングルには連れて帰ることも言い含めた。


「あんたの、その髪……もしかして紅蓮の」

「そうだ。オレはリッシャ・ラウル・紅蓮」

「やっぱり……。じゃあ、あの時身体を乗っ取られて」


 囚われていた双清の身の回りを命じられていたらしい少年は、背後から殴られて気を失った。そしてあれからの記憶が殆ど無い事と、知らぬ間にディアモンドへと来ている事から事実を知る。


「悪かった。でも双清を恨まないでやってくれ」

「恨むよ!決まってるだろ!父さんを殺されたんだ。それに身体まで乗っ取られて。恨まない奴がいるか!?」


 元気の良い声が紅蓮を詰る。

 だがそんなもの恐くもなんともない。


「そうか。父親を殺されたのか……。なら、恨めばいい。そして仇を取るために生き抜いて見せろ。自由と家族を奪われたと双清に挑めばいい」

「なっ……?」


 困惑した少年の頭を撫でると、紅蓮は朗らかに笑う。


「双清は強い。だからお前が勝つためには、もっと術を磨いて体も鍛えないとな」

「ふざけるなっ!」

「生きてりゃいいこともある。ま、辛いこともあるけど。人間目標や目的があればどんな状況でも生き抜ける」


 一番怖いのは諦めること。

 無気力なことだ。


「所長が早ければ今夜出立できるってさ。良かったな」

「なにがっ!良かったな、だよ!」

「しかも魔法で送ってくれる手筈になってるらしくて。一瞬でベングルに行ける」

「そんなの!信じられるか!」

「信じなくてもいいさ。信じなくてもベングルに帰るんだからな」

「──なんなんだよ!お前は!」


 なんなんだと問われても答えようが無い。だから笑って少年の頭から手を離して「また後でな」と退出する。出立までに心が落ち着けばいいと願いながら紅蓮は用意を整えるために学園へと向かった。


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