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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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柔らかな腕


 セシルは足早に階段を登り学生ホールへと辿り着く。午後の授業が始まろうとしている時間で、さっきまで食堂へ殺到していた生徒たちはそれぞれの教室へと戻っていた。ざわついた雰囲気の空気だけがまだそこに漂っていて、意味も無くセシルは足を止めて食堂へと続いている通路を眺める。

 片づけと掃除が始まっている食堂は固く扉が閉ざされていた。


「……学園が結界で護られてて良かったよ」


 昨日の夜にディアモンドを襲った真偽の魔法の効果で色々な被害報告が上がっている。今日一日生徒たちが興奮気味で喋っている内容も殆どがそのことだ。

 仲の良かった夫婦がお互いの不満を言い合って別れ話になったとか、不正を告白した役人がいたとか、商談が駄目になったとか、くだらないことから深刻な物まで多岐にわたっているらしい。


 そんな中で新しい恋人たちが生まれたり、誤解が解けたりといい結果ももたらしている。

 保護魔法がかけられている安全な学園内に居たことを心の底から安堵し感謝した。


「ドライノスとアイスバーグが街にいたら、お互いに素直になってめでたし、めでたしだったのにね?」

「…………気付いてやがったか」


 階段の方へと呼びかけるとゆっくりとした足取りでライカが登ってくる。鋭い赤茶の目が忌々しげに細められて左頬の傷痕が醜く歪む。


「大変だったらしいね。そっちは」

「俺たちの住んでる場所は結界内だから、たいしたことはなかったが」


 街は大騒ぎだったみたいだなと仏頂面で口を閉じた。きっと魔法がかけられたと解った時ライカはヘレーネの元へ駆けつけたのだろう。その苦労を大変だといったのだが上手く躱されたのか、それとも気付かなかったのか。


 別にどっちでもかまわない。


「大事大事に護られてヘレーネは本物のお姫様みたいだ」

 ホールの椅子に座るとライカがその前に移動して仁王立ちする。なにかいいたそうな顔で見下ろされてセシルは苦笑いした。

「珍しい。ライカは言いたいことははっきり言う奴だって思ってだけど」

「……お前がここにいる理由はあいつが学園を辞めるからだろ」

「一応友人として辞めようと思った経緯については知っておこうかと思ってさ」

「今更友人か?」

「悪い?」


 ライカが舌打ちしてセシルの肩を掴む。相変わらず力加減を知らないライカの指が食い込んで痛い。


「ちょっと。骨砕くつもり?」

「煩い。いい加減うんざりだ。人を当てにすんな。いいか。もう手遅れかもしれねぇ。それでもできることはあるだろうが?ちゃんと見とけ!ふらふらしてんじゃねえ!」

「……そうか。狼はライカじゃないのか。やっぱりね」

「なんの話だ?」

「こっちの話だよ」


 ドライノスが警戒するようにといった相手はヘレーネだ。これは最初から危惧していたことだったのでやはりという気持ちになる。


 だが。


「あんたはヘレーネの味方だと思ってたけど?」

「俺は女を利用するのは賛成できねえ。ヘレーネは見てくれはあれだが、えげつない。手段は択ばないからな。その辺覚えとけ」


 突き飛ばすように手を離しライカは後退し、教員室が見える位置で立ち止まる。三限目の授業開始の鐘が鳴った。


「意外と紳士なんだ。知らなかったよ」


 肩を擦って揶揄するがライカは口を閉ざして廊下の先を見ている。授業が始まっているのにここにいるということは、教員室にはリディアだけでなくヘレーネも同席しているということに他ならない。


「そんなにご執心とはね」


 ドライノスがいったように選択したのではなく、選択させられたのだとしたら?


 狭い世界で生きてきたリディアを言い包めて、思い通りに操るのは簡単だろう。ましてやヘレーネは友達だと信じ、セシルと疎遠となってからはしょっちゅう一緒に過ごしていたようだから疑うこともしない。


 執着しないように近づかないと決めたのに、今ここにいるのはどうしてだろう。


 学園を辞めると決めたらしいとノアールに聞かされた時、どうしてリディアがここを去らねばならないのかと焦った。辞めるべきはセシルの方で、彼女ではないのに。決断した理由のひとつにセシルが離れたことが入っているのは確実だ。

 傷つけて突き放したのはセシルなのに、離れていこうとしているリディアを繋ぎとめたいと思っている。


「調子がいいのはあたしの方か」


 自嘲して立ち上がるとライカに手を振って階段へと向かう。


「あたしは戻るよ」

「おい。また人を当てにしてんじゃねえだろうな」

「まだ気持ちが落ち着いてないから、また今度にするよ」

「今度なんて、そんな悠長なこと言ってていいのか!?次なんて無いかもしんねえのに」

「…………ちょっと。そんなやばいことにリディアを巻き込もうとしてんじゃないよね?」

「お前は解ってたんじゃないのか」


 そうだ。

 薄々感じていた。


 ヘレーネに関わったら下手すると命を落とすかもしれないと。

 だからセシルは深入りしないギリギリの所で対応していた。解っていたのにみすみすヘレーネにリディアに近づく機会を与えてしまったのだ。


 一番弱っている瞬間をヘレーネの前に曝け出させてしまった。


「お前の所せいだろ」


 詰られても仕方が無い。

 ライカのいうとおりだ。

 どこからがヘレーネの策略で、どこまでが偶然だったのか。セシルがリディアやノアールに特別な感情を抱くことまではヘレーネの計算ではないと思う。

 こんなことセシル自身も想定外なのだから。


「最期まで面倒見ろ」


 もっともな言い分だ。

 でも、リディアはもうセシルの手を必要としていないかもしれない。嫌われるように仕向けたのだから当然だ。


 それでも。


「まだ、間に合うかな?」

「お前の努力次第だろ。俺に聞くんじゃねえ」

「そっか……そうだね」


 結局立ち去ることができずにその場に留まる。セシルは顔を伏せて「どこまでがヘレーネの手の上だったのさ」と問うと「それも俺に聞くな」と睨まれた。

 ヘレーネのことに関してライカが口を滑らせるとは思えない。それもそうかと納得してセシルは唇を緩ませる。

 夢中にさせるどころか、こっちが夢中になっていて本当に笑ってしまう。


「修行が足りないんだ。やっぱり」


 ノアールはレインの血も効かないほど鈍くて、リディアには振り回されっぱなしだ。

 こんな自分を見たらきっと困ったように微笑んで「もう一度最初からやりなおしだ」と呆れられてしまう。


 こんなはずじゃなかったのに。


「……修行して、お前はやっぱりレインになりたいのか」

「それ以外に生きる道は無いからね」

「お前には他にも道があるだろうが。どうしてそっちへ行かねんだよ」

「ライカにいわれたくないよ」


 ヘレーネを護るために傍にいるライカは、きっと望んでその役目を引き受けたわけでは無いだろう。そうあるようにと宿命づけられた。

 最近のライカには前のようなふてぶてしさも、歯切れの良さも無い。つまりそれはヘレーネに全て繋がっている。


 抜き差しならない状況になりつつあるのだ。

 だからリディアも巻き込まれた。


「形振り構っていられないのはお互い様か」

「……腹括ったか?」

「どうかな。でもリディアに謝りたいとは思ってる」


 ふんと鼻を鳴らしてライカは教員室の扉を見た。同時に開かれる扉からリディアとヘレーネが出てくる。リディアが「お世話になりました」と頭を下げ、担任のマクラタが好々爺の顔で「頑張りなさい」と激励して扉が閉まった。


「リディ」


 久しく呼んでいなかった呼び方でセシルはリディアの気を惹く。驚いた様に緑の瞳を丸くして、それから小さく微笑むとリディアはゆっくりとこっちへ歩いてきた。


「お別れをいいに来てくれたの?」

「違う。謝りに来た」

「謝る?」


 きょとんとした顔で今までと同じように見上げてくる。真っ直ぐに、純粋な色の瞳を注いでくるから恐くなるのだ。

 リディアが望むような人間ではない自分を知られるのが。


「この間のこと。言い過ぎたから」

「あれはわたしが悪かったんだよ。好きでもない人に付き纏われるのが、あんなに迷惑だとは思ってなかったから」

「ベルナールのこと?」


 果敢な攻撃をしかけているという噂はセシルの耳にも入っていた。暇さえあれば言い寄っているというその情報を知らないのは二年生でノアールだけだっただろう。同じ部屋の住人なのにと驚き半分、彼らしいと苦笑し納得半分。


「だから安心して。もうセシルに近づかないから」

「……どういうこと?」


 またしても噛み合っていない様子に首を傾げた。


「だって、これ以上セシルに嫌われるなんてわたし耐えられないよ」

「ちょっと待って。あたしリディに嫌いだとは一言もいってないけど?」

「嫌いだっていわなかったけど、迷惑だっていったじゃない。避けてたのだって一緒に居たくなかったからでしょ?それって嫌いだってことだし」

「違う、違う!」


 善か悪か、正しいか正しくないか、好きか嫌いか、白か黒かのどちらかでしか判断できないリディアには理解は難しいかもしれない。


「避けてたのは、これ以上一緒に居たら好きが止まらなくなるからだよ」

「──なにそれ?好きだから避けるって訳解んない!」


 さっと頬が朱に染まり怒りを表現する。


「リディには解らないかもね。男子は総じて好きな子を苛める」

「セシルは女の子じゃないの!またそうやって誤魔化そうとして」

「フィリーがリディに余所余所しいのも同じ理由なんだけどね」


 気付いていない少女にフィルの思いを仄めかす。そうでもしないと誤解されたままで一生を終えてしまいそうだ。

 彼自身は進んでその人生を選びそうだが。


「フィルは優しいから嫌いだっていえずに、わたしの相手をしてくれてるだけだもん」


 そんなんじゃないんだからと膨れっ面をしているリディアの頬を両手で優しく包む。同じ高さまで腰を屈めて目を合わせる。


 確認しなくてはいけない。


「リディ。学園を辞めるのってあたしのせいだよね?」


 それに驚きに目を瞠って、瞬きをひとつ。


「それもあるけど。ずっと考えてたから」


 違うとはいわない正直な答えにセシルは頷く。

 それでいい。


「暗示を解いてもらった後、わたし成績が落ちたでしょ?勉強に集中できなくて、楽しくなくて悩んで。頑張ってもだめで。本当にやりたいことはなんだろうって考えても答えが出なくて……。だからセシルとノアールと一緒に居たくて、ただそれだけどフリザード学園に通ってたの」


 深いため息がリディアの悩みの深さを表している。


「でもそれが間違いだった。だから辞めるって決めた」

「……潔すぎてどうしたらいいのか解んないや」

「ママも辞めて欲しいって思ってたから。辞めるっていったら、もう喜んじゃって」

「じゃあ今更取り消すのはできないってことか」

「そういうことだね。でもお友達は家に遊びに来てもいいっていってくれてるけど……」


 窺うような視線にセシルは破顔する。友達だと尋ねるのが恐いのだろう、その顔に「勿論遊びに行く。許されるなら毎日でも」と偽りない言葉で答える。

 ようやくいつものように微笑んでリディアはセシルの首に手を回して抱きついてきた。

 柔らかなかいなと胸に抱き締められ込み上げてくる愛しさに冷静さを失ってしまいそうだ。


「リディ……ごめん」

「いいよ。わたしもごめんね」

「きっと、嫌われるのはあたしの方だよ」

「そんなことない。ずっと変わらずに好きだから」


 どんな過去があってもそれは変わらない――そういったのはノアールだった。

 二人とも同じ言葉でセシルを動揺させる。

 いつか全てを話した後で彼らは同じことをいえるだろうか?


「いいんだこと。あたしを嫌っても。それは当然のことだから」


 誰しもが嫌悪し、穢れていると罵る。

 それがレインの血だ。

 初めてその血を疎ましいと思った。

 その事に驚愕し、そして自分にも人間らしい一面があったのだと気づき悲しくて笑った。


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