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救 出 同 盟 !!  作者: 山本徹湖
第1章
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5 園淨七賢

 カツーン、カツーン。

 正装のライティアの長靴が、静まり返った堂内に響く―――――。


 がらんと広い堂内の空気は重い。

 窓は高く長い格子で、ライティアの身長の3倍はある。薄暗い堂内には陽の光が差し込み、彼の影を長く伸ばしていた。


 ライティアの進む先、正面で待ち受けているのは『園淨(ミゼル)七賢』と呼ばれる園淨学(ミゼリューヌ)の最高責任者達である。

 彼らが佇むその背後――――ライティアには正面に当たるが――――そこには一枚の大きな絵画が飾られている。


 絵画は、遥か先へ先へと人々を導くように松明を掲げた隠者が、民衆に振り向いて前進を促している姿が題材となっている。


 それは、園淨の精神を現した絵画である―――――悲しむべき事にその精神は形骸化して久しいが。





 ライティア。

 彼は救出同盟の現中心者である。



 西の大陸(オードバル)からやってくる海賊は、高価な物や人を奪って自分達の大陸へ運び去ってゆく。

 虜囚となった人々を救い出す為にオードバルへ赴くのが救出同盟だが、身代金には多額の費用を必要とした。




 同盟、と呼ばれるようになったのは最近で。


 昔は、


 『救出青年団』


と呼ばれていた。



 最初の救出行に踏み切った者は『救出青年団』を運営する上で、財源の確保に頭を悩ませた。

 過去、誰一人として攫われた人々を助け出す為にオードバルへ赴く事が出来なかったのは、財源を捻出出来なかったのにも原因がある。


 そこで、潤沢な資金を保有する思想集団園淨学(ミゼリューヌ)に後援を依頼した事がきっかけとなり現在に至っている。

 園淨学の組織の一部となった救出同盟は、救出行の出発と帰着の際、このように園淨七賢へ報告のために伺候する事を義務付けられていた。


「ふおっ、ふおっ、ふおっ、ライティア。いよいよ出航じゃなあ」


 豊かな白い髭を蓄え右手に杖を持つ老人が、跪いたライティアに言葉をかけた。老人の顔には赤みが差しつやつやと血色が良い。

「はっ、今回も多くの不幸な人々を救い出して参りたいと存じます」


「うむ。先人が救出を開始し、もう何年になるのかのう……。

 不幸にも出航したまま二度と帰って来ない船もあったと聞く」

 髪に白いものが混じりでっぷりと太った、やはり高齢の男が顎をさすりさすり呟いた。


「旅立ちの前に不謹慎な」

 隣の老人が眉を顰める。

 この老人は、蒸留酒の飲み過ぎなのか酒焼けの赤ら顔だ。

「いや、これは失礼」

「いえ……」

 ライティアは、表を伏せたまま答える。


「それにしても、お前達がもしいなかったら。

 エマも帰って来なかったかもしれんのお」


「ふおっ、ふおっ、このような場でエマの話など」

「すまぬ、すまぬ」

 堂内に、下卑た笑い声が響いた。





 『園淨七賢』は本来、思想的な導きを行う模範的最高者達の事を指していた。

 しかし時代が下った現在では、人々の尊崇を集めるのは表向きの姿で、裏では堕落し遊興に耽っている始末だった。

 粗衣こそ着ているものの、中身は贅沢、放蕩三昧の『賢者』達であった。


 ライティアは何も考えないようにして、この時間が早く過ぎ去るのを待った。 


「うおほん。古の帝国時代は人攫いもなく平穏だったと聞く。

 そんな時代がまたやってくるといいがのう」

「どれだけの園淨学徒の浄財を、これまで救出同盟に供出してきたことか」


「全くよのう。憎きは西の大陸(オードバル)

 人々のこれまで積み上げてきた生活を踏みにじり、奪い去る。

 許される事ではないわ」




 オードバルからの略奪行為は、以前は一番近いこの三日月半島(クレセンティア)に限定されていた。

 その中でも特に西クレセンティアは、古代ローランド帝国中心地、王都『ディアラ』を擁する地で芸術品も多数残っており海賊には格好の標的とされた。


 しかし、徐々に海賊行為はクレセンティアだけに留まらず東の大陸(ルイヴィス)であれば場所を問わず沿岸部へ拡大してゆくようになる。

 その為、クレセンティア以外の国でも救出に立ち上がる勇気ある者達がぽつぽつと現れ始めていった。


 国と国が戦争状態にあっても、同じ東の大陸(ルイヴィス)である限り、海賊は共通の敵―――――憎きは西の大陸(オードバル)で各国は一致。


 いがみ合う国同士であっても、国境を越え、民間人が手を携えて『同盟』する事を権力者達は人道的見地から黙認する形を取る。

 そして、元々『救出青年団』のあった西クレセンティアの事を『本部』、沿岸の国々の『救出青年団』の事を『支部』と呼ぶようになり、更に人々は名称もいつの頃からか、


 『救出同盟』

と尊敬と親愛を込め、そう呼ぶようになっていった。



「先達者も偉かったが、それもこれも費用を提供する園淨があったればこそ」

「左様」


「園淨への恩義、忘れるでないぞ」

「はい」


「そもそも園淨は、最初の救出のみの協力予定だったそうじゃのう」

「そのように聞いております」


「じゃが、解放された人々の様子があまりにも哀れだったので、当時の園淨の聖賢が同盟を後援し続けると宣言されたのであったな」

「はい。今も、救い出された誰もが園淨への感謝を口々に語っております」

「ふわっ、ふわっ、ふわっ、そうであろうのう」

 老人は、満足そうに頷いた。

 品のない笑い声が静かな堂内に響く。





 最初の救出で無事にクレセンティアへ帰還の叶った人々は、出迎えた園淨方や民衆が言葉を失ってしまう程、悲惨な姿であったと伝えられている。

 オードバルの過酷な環境に耐え、生き続けた人々は余りにも変わり果てていたらしい。


 園淨方は、支援を継続させなければ人々から批判を受けると考え、しぶしぶ後援を約束したそうである。

  



 堂内には、趣味の悪い調度品があちらこちらに置かれていた。

 ごてごてとしたそれらは見るからに高価で、これらのいくつかでも救出同盟に譲ってくれさえすれば、それだけでまた一人虜囚を救出できるのに……ライティアは心の中で苦々しくそう思っていた。


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