4 七星の居場所
ニーナ――――。
父親は、彼女が救出同盟に入る事をなかなか許してくれなかったという。
航海が始まれば常に生命の危険に晒される。ニーナの父は同盟入りを頑なに拒んだ。
しかしニーナは絶対に考えを改めず、風読みになると決め勉強を重ねる。
普段は素直で心優しい性格だが芯の強さがあり、一度こうと決めたら『どんな事があっても絶対に考えを改めない』所もあった。
『どんな事があっても絶対に考えを改めない』性格、これが後の無謀な行動へと繋がるのだが。
……それはさて措く。
ニーナは、最終的に父から乗船許可を得る条件として、信頼出来るお付き、セシリアの同行を迫られる。
「セシリアが共に船に乗るのなら……」ニーナの性格を知悉している父は、しぶしぶ折れざるを得なかった。
セシリアは(まだ見習いだが)船医なので、同盟としては彼女の乗船は非常にありがたかった。
ただでさえ医術者は稀少で、好き好んで乗船してくれる者はなかなか見つけられない。
しかも、自分はニーナ様のお屋敷から雇われているのでと無償で快諾したのだ。
船費や連れ去られた人々の身代金など何かと物入りの救出同盟にとって、これ以上の船医はいないと言える。
セシリアはニーナと違い、救出同盟の一員では、ない。
あくまで船医としての乗船であった。
セシリアは駆け出し船医、ニーナは駆け出し風読み。
半人前の二人だが、救出同盟にはなくてはならない存在である。
☆ ☆ ☆
「さっきの七星様さ、やっぱりかっこよかったわね、きゃー」
「七星様って無口で一見冷たそうだけど、救出同盟に入るって事はニーナ様のように慈悲深い方なのでしょうね。
優しさを心に秘めているのだわ」
少女の一人は胸の前で両手を組んで、ラ・ガリャーガ号を見上げた。
(七星様……。
瞬き一つさえ、キラキラと星々が散るようだわ)
少女は、七星が先程通り過ぎた時の様子を思い出していた。
すらりと均整のとれたしなやかな立ち姿、冷ややかだが艶めかしい雰囲気……。
思い出すだけでどきどきと胸が高鳴り、両頬がほんのり朱に染まる。少女は頬にそっと両手を触れ、熱い吐息を吐いた。
「はぁ……」
「マーリカ、どうかしたの?大丈夫?」
「え?ええ、何でもないの。ただ、七星様って本当に素敵だなぁと思って」
「うんうん、静かな情熱を内に秘めた野生の動物みたいよねっ」
「ええ本当に」
「それにしても、救出同盟の方って皆さん本当に素敵よね~」
「そうよね!」
「私も入りた~い」
「園淨の祝福を受けないと入れないのでしょ。それがなければ私だって入りたいのに」
「命がけですもの。勇気があるのは勿論、聡明で見目麗しい事も条件に入ってるみたいよ」
「やっぱり園淨の祝福を頂くには見た目も関係あるのよね。
だって皆様本当に本当にお美しいのだもの!!」
「はああああ!」
港の話し声をうっかり耳に入れてしまい、七星は先程より更に盛大なため息をついた。
「おーっほっほっほっ!!七星、あなた無口だった?慈悲深くて心に秘めた優しさがあったの?」
セシリアが身を捩って笑っている。
「『静かな情熱を内に秘めた野生の動物』だって……、静かな情熱って何?動物って……」
ぶはっとセシリアが噴出した。
「はっきり言って、がさつな野獣よねー、おほほほほっ」
「なんだよその、おほほって!!厭味ったらしく笑うな、勘弁してくれ」
七星はげんなりした。
よりによってセシリアに聞かれるなんてついてない。セシリアは、左手を腰に当て、右手を逆手にして顎の下に付け、小指を立てて高笑いしている。
七星は疲れを感じて空を仰ぎ、頭を左右に振った。
晴れ渡った青空では、海鳥が翼を広げ悠々と羽ばたいている。
いよいよ明日が出航だというのに、あまりにも穏やか過ぎる日常の光景だった。
「かわいらしいじゃない。
きっといろ~んな事、空想してるのだわ。うっふっふ。
七星様に抱きしめられたらどうしよう、きゃー!とかいやーん!!とか」
「妄想も甚だしい」
「よく言うわね。
さっき七星もお姫様~って悶えたり、ぶちゅーってやってたじゃない」
「盛るな!悶えてない!ぶちゅーも!!」
「だから分かるでしょ、いろいろ思いたいのよ」
「おい。人の話、聞いてるか?」
「あとであの子達にもっと詳しく聞いてみよっと。『静かな情熱』・・・…ですものね」
セシリアはさも楽しげにころころと笑った。
「勝手に変な印象を作り出さないで欲しいよ、本当に恥ずかしいんだぞ」
「あら、だってあなた思いっっっきり無視するじゃない。仕方ないわ。
想像の中で、ああでもない、こうでもないって考えるしかないのよ。
だいたい優しく接してあげればここまでの騒ぎにならないのに。
ライティア達のように、ちゃ~んと受け答えすればいいのよ。
それにしてもこれが無口ってねえ、恋の力って絶大だわあああ」
セシリアがしみじみと呟いた。
「……悪かったな」
セシリアは、七星の本当の気持ちを分かっていない。
七星の態度は照れ隠しでしかなかった。
実は七星は、こうやって人々が集まってくれる事に感謝の気持ちがない訳ではない。
自分にはこの世界で家族と呼べる人もいないし過去も分からない。異世界から来た何の取り柄もない無価値な人間、根無し草のようなものだ。
そんな自分の存在を肯定してくれる救出同盟や、集まってくれる好意的な人々のお陰で『ここに居てもいいのだろうか?』と悩みそうになる心を抑えられている。
この世界に来た当初、言葉が分からなかった。
しかしここで生きる為にライティアに習い必死で覚えた。生き方を身に着けようと今も努力を続けている。
そうやって、居場所を手に入れたのだ。
本来自分は異物のはずなのに、受け入れ、温かくほほ笑みかけてくれる人々……。
心の底からありがたいと思っている。
本当は一人一人に真心を込めて真剣に感謝の気持ちを伝えたいと思っている。
が、ど~しても!恥ずかしさが先に立ってしまう。
次こそは挨拶くらい返そうと思うのに、このにやにやしたセシリアなどが注視しているのでつい照れ臭くなりいつも通りぶっきら棒(?)な態度になってしまうのだ。
笑い上戸で少々口の悪い船医のセシリアではあるが、七星とは気が合っている。
セシリアは空色の巻き毛に同色の瞳で、21歳。
彼女がいると船の中は明るく賑やかになる。