26 町の人々はガサツ
『』内は、フェールの言葉です。
「何を言うのだ、キラ。
もしそなたがいなかったら今頃どうなっていた事か……。腕は痛むのか?」
「いえ、問題ありません」
キラはきっぱりと言ったが。
「そんな事ないだろう? 手当てが先決だ」
ライティアがたしなめながらキラを助け起こした。
外ではユノを中心に、二名の見張りを生け捕って縛り上げていた。
しかし。
なんと外の冰達は直後に毒を呷り自決した。一瞬の目を盗んで。
こんな形で自ら命を絶つなんて……。
目の前で死人が出た事により七星の気分は最悪だった。
そこまでするかと、ごくフツーの日本人の七星には信じられない思いだ。
まるで違う、生命の価値。
以前から元の世界より命が軽い気がしてならなかった。何とも言えない気分の悪さが残る。二名の冰の遺体は町の人によって運び去られた。
建物内で捕えた三人は、生きているが傷だらけで呻いている。
この三人も自殺の恐れがあったので、縛って住人達に厳重に見張ってもらう事とした。黒幕を特定しない限りまた同じような事が繰り返されるだろう、後でミラノ達が尋問するそうだ。簡単には口を割らないと思われるが……。
二人が捕らえられていた倉庫の近くには、広場になっている所があった。
『やあやあ、皇子。ご無事で何よりです!』
フェールの住人を代表してダイテスが近付いて来た。片膝を折って臣礼する。
二人は広場の中央付近におり、がやがやと騒がしかった他の人々も建物の陰などから遠巻きに成り行きを見守っていた。町の人々はざっと見たところ二十~三十名ほどいるだろうか。
キラはその広場の端の風通しの良い木陰で木に背を預けて座り、七星見守る中ライティアに応急処置を施されている。
『ダイテス、そなた達のお陰で命拾いした』
これほどの人々が自分達の為に動いてくれた事実に、ミラノはただただ感謝しかなかった。
冰は専門の訓練を受けており、一般の人には危険な相手だ。
場合によっては殺されたり重傷を負ったりする可能性もあったのに、住人達は自らを省みず主従を助け出そうと力を尽くしてくれた。
その気持ちと行動がありがたかった。
一方で大々的な騒ぎに発展してしまった事に、ミラノは内心困惑もしていた。
自分はマサラで宮に籠っている事なっている。それなのに遠く離れたフェールまでやって来ているなんて。プレジテーヌに戻ったら誰にどんな難癖を付けられるか分かったものではない。
(帰りの道々で何か方策を考えなくては)
頭を巡るそんな思いは表情に出さず、品の良い笑みを浮かべながら町の人々に近付いて丁寧に礼を述べた。
人々は興奮に包まれ口笛を吹いたり歓声を上げたりしながら、遠慮なくがしがしと叩いてきた。
ミラノは、フェールの町の人々の手荒い親愛の示し方に吃驚した。
プレジテーヌの庶民とはあまりに違い過ぎている。小突かれたりして肩や背中がひりひりし笑みが固まりかける。
「わっ」
体の大きなおかみさんからは、なぜか思い切りぎゅうううっと抱きしめられあまりの力の強さに悲鳴を上げそうになった。
呼吸困難で血色がなくなりかけたところでダイテスが助け出してくれ、皆の騒ぎを終息させ始めた。
『……ダイテス、本当に感謝している』
『いえいえ! 救出同盟の皆さんがものすげえ強かったお陰です』
ミラノは愛想笑いを浮かべながら後ずさるようにキラの元へ戻った。
ライティア達に手当されているキラは顔色が悪く、脂汗を浮かべている。
先程までは心配をかけないようにと黙っていたのだろう。
「ライティア殿、そして救出同盟の皆さん、我々を救って下さって本当にありがとうございました」
そして様子を見ようと屈み込んだ。
「キラ……?」
顔色が悪い。覗き込むミラノの青紫の瞳が心配げに揺れた。
「無様な姿をお見せして申し訳ございません……」
これ以上心配をかけたくないとでも考えているのだろう、無理に笑みを浮かべたがその表情は却って痛々しかった。
「応急的に手当てしただけだ、ちゃんと診てもらったほうがいい」
「ライティア殿、ありがとうございます」
「ああ、パドラ〈馬〉!」
ミラノの顔がぱあっと輝いた。
パドラ〈馬〉はガーラントに曳かれながらとことこと近付き、キラに鼻先をくっ付けてきた。
つぶらなこげ茶の瞳とのほほんとしたこの動物特有の雰囲気に空気が和む。
ミラノは思わず抱きつくと自然と顔がほころんだ。そしガーラントから綱を受け取った。
「そうそう、このこがここまでの案内してくれたんだよ。
餌も水もまだなんだ。何かあげないとな」
ライティアも優しい手つきで横腹を撫でると、パドラ〈馬〉は嬉しそうに身をすり寄せ目を細めた。
「おうそうだな! なんか見繕ってこよう」
ガーラントは言いながらもうどこかに向かって行ってしまった。
ちなみにもう一頭のパドラ〈馬〉も後から近くで無事に発見された。
「それにしてもユノって意外と強かったんだな。葉っぱをむしって気難しそうに眺めてる所しか見た事なかったから、剣が使えるなんて思わなかったぜ」
見張りの冰は彼の手柄だったらしい。
七星は、軽口をたたくつもりでぼうっと何かを考え込んでいるユノに声をかけたのだが。
彼は、表情を変えず緋色の瞳でじろりと七星を見た。
「何を言う……。
我が父デューク=ローゼンダイクはアケイラスの元軍人だったのだ。父は剣においては右に出る者はいない程の腕前だったという。背は高く筋骨隆々としていて眉は濃く眼光は鋭かった。声も大きく戦闘中に発する気合は大地の唸り声のようだったという。味方を奮起させ敵方の気を挫くものだった。デューク=ローゼンダイクの鋭い眼は私と同じ緋色をしていた。その昔アケイラスでは『赤眼の怪物』と恐れられていたと聞く。敵方ではその姿をかいま見るだけで恐れをなして武器を放り出し敗走する者も出たと言う伝説がある位だ。そんなデュークの姿はそれはそれは恐ろしいものだったそうだ。なぜそこまで敵方から恐れられる存在になったのか。デューク=ローゼンダイクがその名を輝かせた戦闘はウィンシー」
「わかった、俺が悪かった! ユノ、な! 話せば分かる!! 話せば!!! お前は剣も扱えるんだなと!」
ユノの肩を勢い込んでばしばし叩いて遮った。無表情で滑らかに言葉を継いでいたユノは、
「むう……」
と言って黙った。
(助かったあ、オヤジの途中済んで! 爺さんやひい爺さんやそのまた爺さんまで続かなくてほんとに良かった!)
七星は心の中で安堵の息を吐いた。
その後、村人達も気を使って一旦それぞれが帰り始めた。
ミラノは救出同盟の手を借りて、キラの為に村の医術者の元へ向かう事となった。
閑散とし出したその場所でキラを移動させようと、ライティアと七星が両側から支え立ち上がった。
その時に。
びゅーーーん!
ミラノめがけて短剣がうなりをあげて飛んで来た!
正確に心の臓の位置に向って飛んで来る!
まだ残っていた人々の間に悲鳴が上がる。
まだパドラ〈馬〉に構っていたミラノははっとするが、咄嗟の事で避けられそうもない!
刺さる! そう思って身を硬くさせ目を閉じた時、
がきん!!
音がした。
薄く目を開けると、離れた所にいたリエイトが自分の大剣を投げ短剣を弾き飛ばしていた。
驚く間もなく、抜刀した二人の冰がミラノに直進して来る。
冰は先程いなかった|長≪おさ≫と残りの一人だ!
町の人々は混乱して喚きながら散り、周囲の建物の陰に身を潜めた。
ミラノは捕らえられた時に武器の類は奪われて丸腰だ。
「ミラノ!」
「ミラノ様!」