23 粉かぶり
セシリアとミルフィは、乾いた布を大量に抱えて歩いていた。
セシリアは自分の怒りを思いっきりミルフィに聞いてもらっている。
「まあ、そうだけどさ。
ユノってば船に乗ってからずうっと変だったじゃない。うっかりしちゃったんでしょうね」
ミルフィが宥めるように言った。
そう、それはセシリアも分かっている。
「セシリア、本当はそんなに怒ってないんでしょ?
ユノが心配だって顔に書いてある。でもプレジテーヌの皇子様達も気に入っちゃったから、ぶうぶう言って気を紛らわせようとしてるのよね?」
「う……、私は本当に怒っているのよ。何よ、ミルフィったら」
言い当てられ、つんと口を尖らせた。
ミルフィはくすりと笑う。
「さあ、どうかしら?」
「もう本当なのに。それに『ぶうぶう』って言い方ないじゃない」
「そこは聞き流していいのに」
―――――ミルフィ。
栗色の髪の細身の女性で、ライティアの助手に近い形で操船する有能でしっかりものの女性航海士だ。
「様子がおかしかったから仕方ない……で済まされる問題ではないのよっ、全くもう。
それにしてもニーナ様はどちらに行かれたのかしらってまあ、ニーナ様!?」
ちょうど厨房の扉を開けたセシリアが、奥の倉庫で粉まみれになっているニーナに気付き空色の目を見開いた。
「まあまあまあ! そんな真っ白になってお一人で」
「げほっ。粉っぽい」
セシリアはニーナに駆け寄り、ミルフィは目尻に涙を浮かべて粉を払うようにしている。
「見つかってしまったようね」
ニーナは肩を竦めた。
「真っ白じゃないですか。こんな粉っぽい所にいないであちらへ行きましょう、後は私がやりますから。ごほっ」
ニーナは引っ張られるように倉庫から出ながら、咳込む二人をおろおろと見比べた。
「ごめんなさい、二人共。苦しい思いをさせてしまったわ」
ニーナの涼やかな声は、申し訳なさそうな響きになった。
セシリアは、顔を顰めながらも二人の手をむんずと掴んだ。
「ともかく、一旦ここから出ますわよ。ぅげほっごほっ!」
「ごほごほっ。 あああ苦しかった!」
「外の空気はやっぱり新鮮ですわ」
甲板でニーナは深呼吸している二人の横で、口を覆っていた布を外した。
「ごめんなさい、セシリアもミルフィも」
「いえいえ、とんでもありません! 私こそ気付かず、お一人で倉庫の掃除をさせてしまい申し訳ありませんでしたわ」
「そうそう、ごめんね。それにしても粉だらけね、せっかくの綺麗な金の髪が台無しよ」
ミルフィは、言いながらまとめていたニーナの髪を素早くほどき頭の粉を払った。
「頬と鼻の頭も白くなってますわ」
「え?」
ニーナは恥ずかしそうに頬を染め、ぱっと手で両頬を隠した。そして船内へ小走りで向った。
ぱたぱたと走り込む。一番近い鏡のあるそこは、嵐の時に皆がしがみついていた場所だ。
嵐の前に外した鏡は、今、再び掛けてある。
覗き込むと、確かに鼻の頭や頬それに右の耳が白くなっている。
「やだ……」
急いで布を濡らしに行き、再び鏡を覗き込んだ。
(見られたのが同性のセシリアとミルフィだけで本当に良かった)
「拭いて差し上げましょうか?」
セシリア達もやって来た。
「まだ付いてるかしら?」
二人は、そわそわと落ち着きのないニーナを眺め回す。
「もう大丈夫そうだよ」
「そうね、どこにも付いてませんわ」
「本当? ありがとう」
ニーナはほっとして息を吐いた。
「……早く見つかるといいね」
ミルフィがぽつりと呟く。
三人はそれぞれ、笑みをたたえたあの礼儀正しい主従の姿を思い浮かべていた。
「ええ、本当にそうですわね」
「……」
三人は無言になってしまった。
そんな空気を破るように、ニーナが明るい笑顔を向けた。
「さあ、ここで考え込んでいても仕方ないわ。もう少し片付けましょう」
「そうね!」
ミルフィは大きく頷いたが、セシリアは、
「ニーナ様、ミルフィ、片付けの前にちょ~っとだけ一息入れませんこと?」
「何を言っているの、セシリア。
皇子達を発見して皆が戻って来るまでに、出来るだけやってしまった方がいいわ」
「それはそうですがニーナ様。もうくたくたなのですよ。
ね、ほんのちょっとだけ休憩しましょう」
「セシリアったら」
「ニーナ、私もちょっぴり休憩希望で~す」
ミルフィが小さく手を挙げた。
「はい、それでは決まりですわ。休憩、休憩♪」
「もう、二人共」
ニーナは両手を腰にあてた。
「まあまあ、そうおっしゃらずに……」
言ってセシリアは、ニーナの背を押しそのまま奥へ導いた。
「何? どこへ行くの」
「実はさっき、ミルフィと見つけてしまいましたの。ね!」
「うん、そうそう」
二人は示し合わせたように肩を竦め、くすりと笑った。
「? 何なの二人して」
そして、背を押しながら右の扉の方へニーナを導いた。
「ここはユノの部屋よね」
「正式にはユノが勝手に占領した部屋、だけどね」
ミルフィは扉を開けた。
「本当はみんなが自由に使えるはずなんだから、入ったって全っ然いいのよ。
それに時々中を見ておかないと、気付いたら部屋の中が虫や草でと~んでもない事になってたって事にならないとも限らないしね」
「そう思って、さっきミルフィと私で中を検査しましたの」
検査と言えば聞こえは良い(?)が勝手に入っただけの事、知ればユノはものすご~く不機嫌になるであろう。
でも、もし苦情を訴えてもこの喧しい口で二人が反対に言い負かすのは目に見えているが……。
「ね、細かい事は気にしない、気にしない。
それでですね、ここで見つけた物があるのですわ」
「見つけたって程でもないけどね。随分無造作に置かれていたから」
そう言って二人がじゃーん! と示したのは、氷光石で出来た首飾り『貴婦人』だった。
『貴婦人』は温かな光を今も規則正しく放っている。光ったり、消えたり……いつまで見ていても飽きない。優しい光に心が和む。
「さあ、参りましょう!」
セシリアは、ニーナの白く滑らかな手を引いた。
「参るって、どこへ?」
驚いて足を止めたニーナの背を、今度はミルフィが押す。
「さっきの鏡の前でニーナに『貴婦人』を付けてあげる。きっと似合うわよ~、さあさあ」
ミルフィとセシリアは相変わらずきゃあきゃあ言い合いながら、鏡の前へニーナを連れて行った。
「失礼しますわね」
セシリアはしゃらしゃらと音をさせながら、ニーナのほっそりとした首に素早く『貴婦人』をかけた。
楚々とした輝きは色の白い首元で緑色にふわりと発光した。
「きゃ、ほら似合ってる!」
「そうですわね、本当にまあ」
手を叩きはしゃぐミルフィの横で、セシリアは空色の目を細め何度も満足そうに頷いている。
ニーナは、二人の悪乗りに戸惑いながらも鏡の中の自分を見た。
若草色の自分の瞳と同系の色で光る不思議な石……。
繊細な作りはクロウリーが付けてみたいと言っていた通り、男性でも着用が可能な意匠だ。
ミラノがユノに譲ったのもけして意味の無い事ではない。名前さえ『貴婦人』でなかったら、とは思うが。
こんにちは(*^_^*)
読んでくださって本当にありがとうございます。
パソコンが壊れて仕事が遅れ、更に他のことも重なって更新がなかなかできません。。。
すみませんが、落ち着くまでゆっくりと更新していきます。
次話 24 キラの独白(仮)は、遅くとも次の3連休中には投稿したいと思っています(^^)