19 導く北斗七星
(この光り方……)
ユノは腕を組み、難しい顔をして何事かじっと考え込んでいる。
氷光石について勿論話に聞いた事はあったが、現物を見たのは初めてだ。
(まるで、リディスのようだ……)
リディス草とはまさに、この貴石のように明滅する植物だった。
ユノはその光る理由を調べていた。
リディスはリディスでも、明滅しなかった個体から『慈母の光明』は得られない。
この船へもリディスを持ち込んだが恐らく光りを放つ事はないだろう。
どのような条件がリディスを明滅させるのか、その謎を解き明かす為に研究していた。
突然光った氷光石に驚き、思わず放り出してしまった自分……。
彼は周囲の雑音には一向にお構いなく、いつものように自分の思考に没頭した。
じっと難しい顔で考え事を続けるユノに、ミラノがにこりと笑い話しかけた。
「ユノ殿。そして救出同盟の皆さま、本当にありがとうございました。
実は先程キラと相談したのですが」
そう言ってミラノが目配せすると、キラが後を引き取った。
「昔プレジテーヌを出た私の縁者が、このフェールに住んでおります。
付近の地理にも詳しいので、お礼に船の修理を出来る場所を聞いて参ります」
「わっすごい! ありがとうミラノ皇子、キラさん」
クロウリーがライティアの服の裾を引っ張った。
「良かったね!」
船旅の疲れの見えるクロウリーだったが、満面の笑みを浮かべている。ライティアも嬉しげに答えた。
「助かったな」
☆ ☆ ☆
フェールの住人ダイテスは、豪快にがははと笑って何か喋っている。
「この分なら、着くまで大分時間がかかるって言ってるぜぃ」
ガーラントが、陽気にそう通訳する。
キラに紹介してもらった、筋肉隆々の海の男ダイテスは話好きらしく、先程から大きな声で機嫌良く話している。が、その場にいるライティアもミルフィもこの地方の言葉は分からなかった。
ダイテスはそんな事は全く気にならないらしい。がははと笑い、機嫌良く話を続けている。
「まあ夜が明けてからだな! 気長にいこうや」
弾んだ声で通訳してくれたのは、同じくフェールの町のガーラントだ。
言葉が分からないからとダイテスに伴われてやって来た。
彼も明朗で、わっはっはと大口を開けて笑っている。
「遅い時間に起こしてごめんなさいね!」
栗色の髪のミルフィは、気の良さそうな二人の男達に感謝の思いを伝えた。
その側では現在地の確認を終えたライティアが、海図を見ながら今後の事を思案している。
先程、キラは直ちに陸地へ向いダイテス達に話をつけてくれた。
そして二人は真夜中だというのにラ・ガーリャ号へ駆け付け、この辺りの海流や海底の様子など何から 何まで細やかに教えてくれた。更に、近くの港町に船渠があると伝え、そこまで同行してくれる事となった。
同盟の人々は、夜明けに動き出すまで交代で休息を取る事に決まった。
☆ ☆ ☆
「我々は先を急ぎます」
キラが二人を連れて来ると『慈母の光明』を大事に胸に抱いたミラノは、早速出発しようとそう言った。
「いけません。
パドラ〈馬〉はここまで走り通しです。かなり無理をさせたので夜明けまで休ませないとつぶれてしまいます。
それにミラノ様もほとんどお休みになっておられません、少しは休息を取らなくては、宮までお体が持ちますまい」
「しかし……」
早く薬を届けたいミラノは気が逸っていた。
「私の事は良いのだ、早くこの特効薬を!」
薬の袋を大事そうに持って焦れるミラノに対し、キラは首を横に振った。
「なりません」
「キラ!」
「皇子、キラさんの言う通りだよ。
疲れ切った状態では、大切な薬を届ける前にあなたが倒れてしまうんじゃないか」
「しかし」
ミラノは唇を噛んだ。
ライティアが宥めたが結局船の上で主従は互いに譲らず、取りあえず小屋へ戻る事に決まったようだ。
「ミラノ様……」
普段は従順なミラノがここまで頑なな姿を見せる事に、キラは内心の驚きを隠せなかった。それ程兄が心配で堪らないのだろう。
「それでは皆様、本当にありがとうございました」
ミラノは気持ちを切り替え、一人一人にじっと視線を向けた。思いの篭もった眼差しだった。
「これにておさらばとなりますが、このご恩はけして忘れません」
口先だけではない真情溢れる言葉だったので、七星も良い事した満足感で気分が良かった。
そして主従はリエイトの漕ぐ小船に乗り込み、浜へ向かった。
二人は、暗い夜の海でほとんど見えなくなるまでずっと七星達に手を振っていた。
☆ ☆ ☆
印象的な皇子達と別れ、船は急に静かになった。
乗組員の何名かは既に眠りについている。
この地に辿り着いた頃は恐ろしい位に早く流れていた雲が、今はぽつんぽつんと数も減り緩やかに流れ、空には星が輝いている。
波の音だけが聞こえる甲板では、リエイトが一人冴え渡る星々を見上げていた。
立て続けに大きな出来事が起こり、目まぐるしかった為か、頭が冴えて眠る気になれなかった。
気分転換に剣を振ろうと思ったが、ふと見上げた星空が美しく、心を奪われていた。
「……」
(リエイト?)
彼の姿を認め、巡回していた七星が静かに歩み寄って行った。
「どうした、寝ないのか?」
「……」
リエイトの隣に立ち、七星も同じように天を仰いだ。
世界は今どこを見渡しても、静けさと美しい星々、それに七星とリエイトだけだった。
深夜の空気に馴染んだ七星のしなやかな姿は、際立って色気を匂い立たせている。長いまつげに彩られた眼差しは憂いを含んで切なげに揺れた。
星々は今日の喧騒を何も知らなかったかのように、冴え冴え光り輝いている。
七星は船渠が見つかった安堵感と気安さからだろうか、急に何か話したくなった。
「リエイト。俺さ、七星っていう名前だろ。
元の世界の『北斗七星』っていう星座が俺の名前の由来なんだ」
リエイトは、夜空を見上げていた切れ長の目をゆっくりと七星に向けた。
「ほくと、しちせい?」
「そう。七つの星が連なって、柄杓の形をした星座なんだ」
「……それは?」
リエイトは涼しげな目元を細めた。
「多分昔は、こういった航海の時に方角を知る手掛かりにしたんだ。
あと、他の星座を探す時にもまず最初に目に入ってくるから分かりやすいんだぜ」
「……」
「ひときわ明るい星の集まりなんだ。
ただ、この星の名前を俺に付けたのが誰か、さっぱり思い出せないんだけどな」
「……」
七星を見るリエイトの深い紺色の瞳が、気遣わしげに揺れた。