18 ほほ笑みの貴婦人
神秘の国プレジテーヌから珍しい客人がやって来たと知り、物見高い同盟の乗組員達は片付けを放り出し総出で甲板に集まっている。
時折覗く月光と乏しい明りの下で、全員の自己紹介に対しミラノもキラも丁寧過ぎるほど礼儀に適った受け答えをしていた。
更にミラノは、次から次へと向けられる質問にも爽やかな笑みで応じる。
「好感が持てる皇子様ね」
セシリアは何度も頷いていた。
ユノは薬の用意の為に船室へ向かった。少し時間がかかるらしい。
「待っている間、私達も何かお手伝いさせて下さい」
そんな事はしなくていいと伝えても、ミラノもキラも早速辺りを見回し、割れた杯に近付いた。
嵐のせいではなく、何かを片付ける最中に落として割れた物だ。船内がひどい状態だったので後回しになり放置されていた。
皇子にしては腰が低く、てきぱきと働くミラノに女性人は感心しきりだ。
「七星殿、他にもお手伝いはございますか」
にこにことミラノが近寄って来た。
「ああ?」
七星はうざそうに綺麗な片眉を上げた。
(七星殿、七星殿って)
すっかり懐かれてうんざりしていた。
「殿」はやめてくれと言っても救出同盟への礼儀だとか何とか言って改めようとしない。
「こんなに無愛想でおっかない七星に立ち向かうなんて。あの皇子様すごいや!」
クロウリーは嵐の揺れで船酔いになり、しばらく休んでいた。今は大分復活したがまだ少し顔色が悪い。皆は今晩休んでいるよう言ったが、自分だけ寝ているのは却ってつらいからと片付けに参加している。
そして珍しさから皇子の様子をちらちら観察していた。
彼が自分から七星に話し掛けられるようになるまで、かなりの時間を要とした。
近寄るなという空気を周囲にばしばし放っている七星は、クロウリーであっても初対面の頃は恐ろしい存在だった。
しかし救出同盟に入り、その人となりを知る内に自然と打ち解けていった。ただそれも極最近の話だが。
今も、これ以上話しかけるなと言わんばかりに睨みつけ冷淡な対応をしている。
でも、めげる事なく話しかけるなんてあの皇子様はすごい! クロウリーはそんな所で感心していた。
「ニーナ殿、重そうですね。
我々がお持ちしましょう。キラ、そちら側に回ってセシリア殿の方を持って差し上げろ」
「はい、ミラノ様」
ニーナ達は、燃料の入った重量のある箱を二人で運んでいた。
「まあ、ありがとうミラノ皇子、重くて手が痺れてきてたのよ。さ、ニーナ様も。ほらほらほら」
「でも」
「良いのです。かして下さい」
「では……。どうもありがとう」
意外とミラノは力がある。ニーナ達がやっとの思いで運搬していた箱を、キラと二人、涼しい顔で運んで行く。
「どこへ持って行けば良いのですか?」
「船尾の方へ置いて頂けるかしら? 適当でいいわよ。足元、滑るから気を付けてちょーだいね」
「はい、それでは置いてきます」
キラも小さく頭を下げ、二人は船尾へ向う。
「いい子でございますね……」
セシリアは、腕を組み呟いた。しみじみとした実感が声に滲んでいた。
ニーナはくすりと笑う。
「セシリア、気に入ったようね」
「ええ。あの謙虚さで一国の皇子ですよ」
「そうね。我が国の尊大な王子にも、少し見習って頂きたいものだわ」
「くくくっ。さらっと仰いますね! そうでございますねえ。
ミラノ皇子の髪の一筋分でもいいので殿下に真似して頂きたいものです。
排他的な国だと聞いておりましたが、あの皇子の国ですからね。どうやら怖いだけの国ではないようです」
☆ ☆ ☆
「これがそうだ」
ユノは抑揚のない声で言って、ミラノに小さな袋を手渡した。
「これが『慈母の光明』……」
受け取って袋を開けると紙包みがある。取り出し、包みを開くと白い粉が入っていた。
「それを、一日二回少量ずつ朝夕病人に飲ませろ。
飲む前には何か食べさせるように。
徐々に熱が下がり回復するはずだ」
ミラノは包みを元の小袋に戻し、胸の真ん中でぎゅっと抱きしめるようにしてユノを見上げた。見上げる青紫の目は輝いている。
「本当に、本当にありがとうございます!」
ミラノも、後ろに控えているキラも深く叩頭した。そして、ミラノはキラを振り返り両腕を取った。
「キラ! これでお助けする事が出来るぞ!」
その声は喜びに打ち震えている。
「はい、ミラノ様!!」
二人は顔を輝かせていた。周りにいる皆にも二人の嬉しさが伝染する。クロウリーがリエイトに嬉しげな顔を向けるとリエイトも優しく頷いた。
その時ハッと思い出したように、ミラノは荷から何かを取り出した。
「ユノ殿、これを」
差し出された物を何気なく受け取ろうとしたが、その物が急にふわあん! と光ったので、吃驚し思わず放り出した。
「あ! これは!!」
それは不思議な光を放っていた。正体が分かり、普段のユノでは考えられない上ずった声を上げた。
急いでキラが拾い上げ、ミラノに手渡した。その物は、光の明滅に合わせ明るくなったり暗くなったりしながら、船上の人々の姿を浮かび上がらせた。
「すまない、驚いた」
「いえ、しかしこれは私の母が大事にしていた品。我が国にとっても大切なものです。
以後、取り扱いには気を付けて下さいませ」
ミラノは、品のある爽やかな微笑を浮かべもう一度ユノへ差し出した。
「ユノ殿、これは何かと言いますと」
「知っている。氷光石、だ」
ユノは受け取り、その輝きに見とれていた。
「光ってるよ!」
クロウリーが近付いて不思議な光に手を触れた。
「何か、温かいや……」
ニーナや他の面々も、その光る物を見ようと近付いた。
「ね、これって、宝石? 母ってプレジテーヌの王妃様ですわよね?」
「綺麗……素敵ね」
「氷光石って、聞いたことあるよ。でもこうやって見るのは初めてだ」
クロウリーが手に取って、皆も口々に言い合っている。
キラは遠慮がちにミラノを見た。
「『貴婦人』をお譲りしてよろしかったのですか」
「ああ。母上が我らの事を祈って下さっている。無事帰り着けるよう母上が導いて下さるだろう」
「はい……」
「きゃー! 素敵!! ね、ね、ニーナ様、これは首飾りですわっ。ニーナ様がお付けになったらさぞお似合いでございましょう」
「何を言うの、セシリアのその空色の髪と瞳にとても映えるわ。ミルフィも肌の色が引き立って大人っぽく見えるのではないかしら」
「ねえ、僕でも似合う?」
「華美過ぎないから、クロウリーが身に付けても似合うでしょうね、ただ名前が『貴婦人』では女性向けなのではないかしら」
ニーナの言葉に、クロウリーは短くちぇっと口を尖らせた。
こちらは、男性も装飾品を身に着ける習慣があり、中にはやたらごてごてと重そうにしている人も七星は見かけた事がある。
ライティアも小粒の碧玉を連ねた首飾りや耳飾りをしているし、リエイト、ユノも両耳に、クロウリーは右耳に簡素な耳飾りをしていた。女性陣も含め、指輪や首飾りなど、救出同盟は装飾品を身に付けている者が多い。
きゃっきゃと騒いでいる、その輪の中心で。
手から手へと渡っていくほの温かな光を見つめ、気難しい顔をしているのはユノだ。