16 出会う歯車たち
そんな中で。
なぜこの三人が選ばれたのかというと。
リエイトは、剣の腕はめっぽう強いが手先はてんで不器用で……。
細やかな修繕や片付けなどは全く出来ない。
ユノは、ガダラにリディスを植え替えると何やら再び悩み出してしまった。どうせ片付けを手伝う訳でもない……。
思いもよらない行動を起こして再び暴発する心配もあったため、陸地へ探索に行けば珍しい植物を入手できるかもしれないと釣り、釣った責任で七星も探索へ向かう事となった。
☆ ☆ ☆
七星達は、浜に素早く小船を引き上げた。
リエイトは切れ長の眼差しを鋭くさせ、油断無く周囲を警戒している。
船からでは暗くて確認出来なかったが、浜に小じんまりとした漁師小屋があった。
幸い、異国語に堪能なユノもいるので、もし人が居住しているならここはどこなのか教えてもらおうと小屋へ向かう事にした。
漁師小屋に近付くと、裏手に2頭のパドラ〈馬〉が蹲って気持良さそうに眠っていた。杭があり、白くて太い綱に繋がれている。
パドラはこの世界の馬の一種で灰白で長毛の大人しい動物である。
飼い主は小屋の中らしく、どうやら無人ではないようだ。
人がいると分かり、七星は僅かに緊張した。
「住居にしては質素過ぎる。見張り小屋か作業小屋といった所だろう」
ユノがぼそりと呟いた。
七星はユノに頷き、小屋の木戸にそっと近付く。
(えーと、この場合……)
七星はリエイトとユノを見比べた。
無愛想で無口なリエイトと茫洋として無表情のユノ……そして、自分。
(間違いなく俺が行くしかないな……)
こういう役はあまり得意ではないが、この三人では致し方ない。
二人に自分が声を掛ける旨を伝えると、目だけで無言で頷いた。
リエイトは、不測の事態を警戒して七星の後ろから静かに剣に手をかける。
七星も、いつでも腰に佩いた剣に手を伸ばせるようにしながら、二人を従える形で静かに木戸を叩いた。
「すみませ~ん」
すると、近付いてくる気配を察していたのか薄く戸が開いた。
木戸からは男の眼だけが覗いている。深夜の訪問に対し何事かと疑いを抱いているようだ。
「何か?」
返ってきたのは同じ言語だった。
(通じる!)
ホッとしながら、七星は口を開いた。
「こんな遅くに突然すみません。実は今日の嵐で船が流され、沖に碇泊しています。
ここがどこなのか、南の方というだけでさっぱり分からなくて」
「船が来ているのは知っています。
様子がおかしかったので、もしやと案じておりました」
男の声は若々しく、口先だけではない誠実な響きがあった。
「そうなんです!
船が派手にやられてしまって。
修理出来るとこ、どこか知りませんか?」
「……少しお待ち下さい」
一度木戸を閉めると、他に誰かいるようで男は中にいる人物と話し始めた。
内容は分からないが、低く落とした声だけがぼそぼそと聞こえる。
七星達を、胡散臭いと疑っているのだろうか。
この世界は戦いが絶えず、生きるのに精一杯という人も多い。
騙されないよう、殺されないよう、用心深くなっても仕方のない事のように思われた。
その時、ユノが七星の背をつついた。
「ん? 何ユノ」
「七星、大事な事を伝えていない。我々は救出同盟だと言った方がいい」
「なるほど」
西の大陸に捕らえられた善良な人々を助けに向かう救出同盟だと知れば、安心して協力を申し出てくれるかもしれないと言う訳だ。
七星は再び木戸を叩いた。
「申し送れましたが、我々は西三日月半島に本部を持つ救出同盟の一行です。
オードバルへ救出に向う航海の途中で嵐に遭遇しました」
七星達が驚くほどすぐに、勢いよく木戸が開かれた。
「救出同盟ですか、西、クレセンティアの?」
驚いたように後ろ手にさっと木戸を閉めながら出てきたのは、七星と同じか少し年上位の精悍な男だった。
(ここまで態度が変わるなんて。『救出同盟』は水戸黄門の印籠より威力があるぜ)
そんな胸中の思いは見せず、相手に好印象を与えるよう七星には珍しく爽やかを最大限に意識した笑顔を相手に向けた。
「ええ、そうです。
昨日西クレセンティアを出航したばかりなのに嵐に遭ってしまって」
「それは災難でしたね」
端正な顔立ちの若い男は、親身に七星達の話を聞いてくれた。
リエイトは、七星と男が会話を続けている後ろからそっとこの男を観察していた。
男の身体つきは引き締まり、佇まいには油断のなさが見受けられる。
(この男、腕が立つ)
今リエイトがふいを衝いて突然切り込んでも、さっと腰の剣を抜くなりして応戦するだろうと思われた。
相手も自分達三人の事を推し量っているようだ。
「ここは、ガリヴァルディの遥か南に位置する漁師町フェールです」
「フェール?」
七星は後ろに佇むリエイトとユノを振り返ったが、二人共聞いた事のない町のようだ。
しかしガリヴァルディの南なんて……。随分流されている。クレセンティアよりも遥か南に位置する国だ。それもガリヴァルディの南方なんて、正規の航路に戻るまで時間が掛かりそうだ。
それにラ・ガリャーガ号の修理……状態によっては悪くすると数日はこの地に足止めになるかもしれない。
「私で協力出来る事ならおっしゃって下さい」
男は親切に申し出てくれた。
「ありがとうございます」
人の良さそうな男に出会えて良かったと七星が安堵していたその時、ユノが七星の隣にずずいっと進み出た。
「ありがたい申し出に感謝する。
それではお言葉に甘えて、何か温かな食べ物や飲み物を頂けないか?
それに、陸地で休める場所があれば提供して頂けるとありがたい。
そうそう。この辺りで植物を採取してもいいだろうか?
聞いたこともない場所の事だ。珍しい植物を見つけられそうだ」
ユノの最後の方の言葉は舌舐めずりせんばかりの口調だった。
「ちょ、ユノ! 調子に乗んなって」
七星が焦ってユノを制止する。
(全く……。油断も隙もない奴)
元気がないと心配していたが、地上に降り立った途端もう植物探しか。
(心配して損したぜ)
七星は軽くユノを睨んだ。
そんなやり取りを物珍しそうに見ていた親切な男が、口を開きかけた時。
「待って下さい!」
小屋の中からもう一人が飛び出して来た。
「待って下さい、本当に西三日月半島クレセンティアから来た救出同盟なのですか?」
涼やかな声だった。
出て来たのは七星よりも若い男だ。
束ねられた薄色の金髪の美しさは薄暗い中でもはっきりと分かる。粗末な物を纏っているが見るからに高貴な身分だろうと思われた。
「ミラ様!」
最初から外にいた方の男が咎めるように言い、焦って中へ押し戻そうとする。
「良いのだ」
「しかし!」
とにかく中で待っていてくれという男と頑として聞き入れようとしない若い男の様子を見比べていた七星だったが、押し問答がいつまでも続くのにいい加減困惑して声をかけた。
「あの!」
二人ははっとしたように七星を見た。