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救 出 同 盟 !!  作者: 山本徹湖
第1章
13/27

12 この世界の事

 風をつかみ、同盟船ラ・ガリャーガ号は大海原へ乗り出していた。

 周囲にはもう島影も見えない。

 船は、ここまでさしたる問題もなく順調に航海を続けているかに見えた。


 しかし、風の流れに異変が起こっていた……。



 甲板に出たライティアの表情は冴えない。色とりどりの小粒の碧玉を連ねた首飾りが、鈍く光っている。

 柔らかな白金の髪は、生暖かな微風にふわりと揺れている。目にかからないよう、前髪を指で横に流した。



 ライティアは同盟の責任者というだけでなく、この船においては水先案内、航海長でもある。

 彼は遠くの空を眺めている。美しいエメラルド色の瞳が真っ直ぐに前方を見つめていた。


 まだ遥か遠くだが、針路方向に黒々とした厚い雲が肉眼で確認できる。

 雲の行き先を見極めようと眼を細めた。


 その時、背後から。

 はっとしたように誰かが駆け寄って来る気配を感じた。


 ニーナだ。

 風で顔に纏わり付く長い薄金色の髪をかき上げ、船べりに寄り雨雲を見極めようと身を乗り出す。

 

 そして、花の蕾のような口を開き小声で呟いた。

「あの雲は、真っ直ぐにこちらへ向って来る」


 ニーナは、勢いよくライティアを振り返った。

「ごめんなさい、ライティア!

 あなたが先に気付くなんて。わたくしは風読みなのに……!」


 ――――自分のせいで雨雲の発見が遅れてしまった……!しかも相当発達している……。

 あの黒々とした雲の下では、今頃海は大荒れだろう。

 その陰気な雲がこちらへ向って来る!

 ニーナは自責の念にかられた。


「いや……。海上では急に雲が発達する事もあるよ」

 ライティアは責める様子も無く、ニーナへ優しく透明感のある笑みを投げかけた。


 そのほほ笑みは、いつも周囲を安心させる。

 彼が怒った姿を見た者は皆無だった。誠実で心優しい救出同盟の中心者、そんなライティアだからこそ仲間達は信頼を寄せている。

 

 七星がもしこの世界へ来たばかりの頃、救出同盟やライティアに出会わなければ言葉も通じないここで生き続けることは難しかったかもしれない。 


「ニーナ、直撃は避けたい。今からでも間に合うかな?」

 ニーナは雲を見て、それから表情を固くさせた。

 さらさらとした髪は風を受け、後方に靡いている。


「この風だし、難しいと思う。すごい速さで向ってきます。

 多分嵐になる……」


「そう……」

「わたくしがもっと早く気付かなくてはならなかったのに、本当にごめんなさい」

 ニーナは、肩をすぼめて心底すまなそうにライティアに頭を下げた。


「海上の事。何が起こるかなんて分からないよ」

「ライティア……」

 ニーナは顔を上げた。

 ライティアは、いつものように穏やかな笑みを浮かべ、ニーナに頷いた。


(ニーナには、まだ早過ぎたのかもしれない)

 優秀な風読みなら、これほどぎりぎりまで気付かない事はなかっただろう。しかもライティアの方が先に異変に気付くとは。


(高く付いても次は外部から経験豊富な風読みを雇い、ニーナにはその人の下に付いてもらおうか)

 風読みとしてまだまだ半人前のニーナには、経験が足りていない。


 きっとニーナは今回の失敗を悔いて、次こそはと更に猛勉強するはず……。

 自分以外の風読みを入れるなんて思いもよらないだろう。彼女の気持ちを踏みにじりたくはないが。

 救出同盟の命を預かり、オードバルで待つ人々を助け出す為にはこれからも航海の安全は最優先だった。


 ニーナは申し訳なさそうにライティアを見上げている。

 この船旅では、失点を取り返そうと奮起するはず。残りの航海を挽回の機会としてもらいたい。

 きっと、自分の思いを分かってくれる―――――ライティアはそう思った。



「嵐になるなら急いで備えよう」

「はい」

 帆がはためく。

 気味の悪い風が、撫でるように二人の間を通り抜けていった。





 ☆ ☆ ☆





「嵐が来る!」


 船の上は、直後ばたばたと慌しくなった。

 帆をたたみ、荷を縛り付け、固定したり、仕舞ったり……!!


(嵐!) 

 七星もまた、甲板の荷を船の中へ運び入れていた。

 甲板に出た時、抱えていた防寒具などの入った木箱を下ろして空を見上げ、秀麗な眉を悩ましく寄せた。


 先程まで晴れ渡っていた空が薄暗くなっており、遠くで黒々とした雲が両手を大きく広げるように船に迫っている。

 艶やかな黒い髪が風に吹き上げられ、整った目鼻立ちが一層露わになる。


 潮鳴りが変わってきた。波が暗く騒ぎ出す予感……。




 七星は元の世界の基本的な生活スタイルや、常識は忘れていなかった。

 その感覚からすると、この世界は非常に変わっている。


 まず、地震がない。

 なので、津波もない。


 日本は、地震大国だった。

 地震の揺れを感じると、心臓がどきりとしたものである。地震や津波がない――――これはすごく幸せな事だと思う。

 しかし、今襲い掛かろうとしている黒々とした雲のように、まるで台風のような嵐はある。


 大風も大雨も、雷もある。

 それは同じだ。


 が。


 しかし、自分の世界になかったものが一つある。それは―――――毒霧。

 この世界では、毒の霧が発生する。


 七星はまだ遭遇した事はなかった。



 その霧を吸うと、まずは昏倒するらしい。

 急激に、意識を消失してしまうという。


 しかし、短時間の吸入ならまだ助かる。

 風が吹いて霧が流れてしまったり、息を止めて誰かが助け出してくれたりすれば。



 ただ、昏倒したまま霧を吸い続けると……死んでしまう。


 霧はいつどこで発生するか分からないし、もし起こっても近付くのは危険なので詳しいメカニズムはまだ解明されていないそうだ。

 毒霧は地面から噴き出す。

 特に人里離れた場所は、下手に家を建てようなどとして土を掘り返すと霧が発生する事があるらしい。



「どうした七星?」

 動きを止めていた七星に、気遣うようにライティアが声をかけた。

「いや、ごめん。急いで中に入れるから」


 ライティアは笑んで頷いた。

「七星。七星が船に乗ってくれて本当に助かってるから」

 不意にライティアが呟いた言葉に、しゃがんで木箱を持ち上げかけた七星が思わず動きを止め息を詰めた。

 目を瞬かせライティアを振り返ると、いつもの穏やかな眼差しが自分を見下ろしていた。


 出航の前日、見送りの人々の話し声を聞いて、感謝の言葉がなぜ伝えられないんだろうとひそかに軽い自己嫌悪に陥った。

 『無価値』『根無し草』『この世界の異物』―――――改めて、ここに存在する意味を考えて塞ぎ込みそうになる自分を無理やりねじ伏せ見ない様にしたが、それでももやもやとしたモノが心に暗い影を落としていた。


 そんな、本当は自信の欠片も無い七星の胸中をなぜか見透かすように、心の中にすんなり入り込む言葉をライティアという男はいとも自然に告げてくる。

 不安になるたび、なぜ分かるのか知らないが、ライティアは『ここにいてもいいんだ』と安心させてくれる言葉をかけてきた。


 七星は、口元が緩みそうになり顔を背けた。不意打ち過ぎて照れて赤くなった顔を隠せない。恥ずかし過ぎる!

「この世界に来てくれてありがとう」

「ばーか、そういう事さらっと言うなよ。お前のそういうとこ、大嫌いなんだからな!」

 


 七星は木箱を持ち上げた。真っ赤になった顔を見られない為に俯き、怒ったポーズを強調するようにわざと大きな足音を立てながら船室へ向った。









 どたばたと嵐に備え協力し合う皆の中で、一人自分の荷物の中身を引っ繰り返し、座り込んでぼんやり何かを眺めている男がいた。


「んもう、ユノも手伝ってよ」

 クロウリーは、腰に手を当てて頬を膨らませている。

「学者先生は、何か考え事をしてるから無理よ」 

 セシリアは通り過ぎ様、苦笑いして空色の目でちらりとユノを見た。

「でも!」

 クロウリーは、ちらりと横目でユノを見てから、去っていくセシリアの背に頬を膨らませた。


25/9/8 改稿しました。

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