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救 出 同 盟 !!  作者: 山本徹湖
第1章
12/27

11 旅立ちの季節

H25/9/17に改稿し、1000文字近く文字数が増えています。

以前と変わった点で大きな所は活動報告に掲載しました。


「覚えてる、ミラノ。あなたが大好きだった勇者の物語を」

「勇者の物語、ですか?」


「そう、闇色の勇者」

「やみ……?

 ああ! 勇者! 思い出しました」

(懐かしいな……)

 確か、孤独な勇者が世界を旅して様々な出来事を解決していく物語だった気がする。


「あの頃は勇者の影響で、冒険するってきかなくて侍女達も私も振り回されたものでした」

「そ、そうだったでしょうか?」


 幼い頃を懐かしむような母の様子を見て、ミラノは恥ずかしさで顔を赤らめた。

「まあ、当の本人は忘れてしまったようですね」

 やみの勇者に憧れていた事は覚えているが。

「そなたもあの闇色の勇者のように、臆病な自分の心を乗り越える勇気と優しさを持って欲しいものです」

 その為の旅となるといい。


 エルメリッサはそのままミラノを残し、居室に設えてある宝飾棚に歩み寄って一番上の引き出しを開けた。

 

 ふわぁんと明るい光が漏れ出す。


 エルメリッサは、ある物を取り出した。


 ミラノにはそれが何かすぐに分かった。

 『氷光石』の首飾りだ。


 プレジテーヌ西南の聖なる山の麓には、洞窟がある。

 内部は地熱によって、最も寒さが厳しい季節であっても常にほの温かく、雪解けの水がぽとりぽとりと滴り落ちている。


 気の遠くなるような長い年月の間に、滴った水は結晶する。

 鉱石に光り輝く成分が混入しているらしく、一定のリズムでふわぁん、ふわぁんと緑色に発光するのだ。


 その発光する貴石を『氷光石』という。


 氷光石はプレジテーヌで希少価値が高い。

 その氷光石の首飾りをエルメリッサは数点保有していた。


 首飾りには『貴婦人』という名が付けられ、エルメリッサの実家に代々受け継がれていて、国内では値がつけられない代物だった。プレジテーヌで一、ニを争う職人の手によるものらしい。

 

 エルメリッサは『貴婦人』を手に、ミラノに近付いた。


「これを持っておゆきなさい」

 エルメリッサは、優美な首飾りを渡すべくミラノの手を取った。

 『貴婦人』は、相変わらずふわぁん、ふわぁんと光を放っている。


 母が両手でミラノの手を包み込んだ。

 その手は柔らかく、温かい。


 しゃらん……。

 ミラノも小さな氷光石は持っていて宝箱に入れ大切にしているが、『貴婦人』に触れるのは初めてだ。


 エルメリッサはミラノに微笑みかけた。

 賢母の仮面を外したエルメリッサが時折見せる、愛情深い母としての顔がそこにはあった。

 ミラノは聡明で心優しい母の微笑に、張りつめていた心が解れるのを感じた。


「母上……」

 

 手の中の『貴婦人』は精緻で楚々とした素晴らしい意匠だった。光るたびに不思議と優しい温もりが感じられる。


 エルメリッサは表情を引き締めた。

「クロノの命には変えられません。

 炎熱病の薬は高価だと言いますし、量にも限りがあって手に入れるのは難しいかもしれません。

 交渉が難しい時にはこの『貴婦人』を売ってお金に換えても良いし、価値の分かる薬師なら交換にも応じるでしょう。


 ……いえ、そうね。やはりこう致しましょう。

 クロノの回復とミラノの無事を祈り、願をかける事にします。薬を分けて頂けたらこれはその方に差し上げなさい。

 そなたに託します」

   

 エルメリッサは、クロノが苦しみ、ミラノが身を危険に晒そうとしているのに、母である自分が安閑と過ごしているのは心苦しかった。

 そんな事では炎の護りが得られず悪い兆しを齎すのではないかと思われた。考え過ぎと言われればそうかも知れないが、母として何もせずにはいられなかった。



 

 プレジテーヌでは、物がただ単なる物として扱われず、物に篭もった(おも)いの強さが、時にはその物を大切にしてきた人を護ると信じられている。

 

 そのような考え方があるから、物を造る段階から、職人は気持を込めて試行錯誤を繰り返し取り組んでいた。

 素朴な人々の、物を大切にする考え方から、他国に、家具作りや装飾の分野で技術力が高いと言われるまでになったのかもしれない。


 長きに渡り大切に扱われてきた首飾り『貴婦人』は、高い技術によって洗練された意匠であり、高価で稀少でエルメリッサもとても気に入っている。

 それに願を賭ける事で、二人の無事の為の何らかの助けになればと考えた。


 ミラノ一人にだけ困難を押し付けるわけにはいかない、母も自分なりに共に戦います、それゆえ、何としてもクロノの命を救いなさい。


 エルメリッサの無言の眼差しの奥には、広大な大地のように懐の深い確固さがある。


 ミラノは、母の思いを受け止めた。口元を引き締め、静かに頷く。



「兄上に、もう一度顔を見せてからお立ちなさい」

 一瞬目元を和ませたエルメリッサだが、そう言うといつもの威厳に満ちた国母の表情に戻った。


「はい! それでは母上、おさらばでございます!」

 ミラノは、エルメリッサに勢いよく一礼すると早足に扉へ向かった。



『場合によっては、もう二度と会えない覚悟が持てるのですか?』

 なぜか、先程の母の言葉が脳裏を掠めた。




 そして。


 旅立ちの時が、迫っている。





 ☆ ☆ ☆

 




 ミラノは、そっとクロノの部屋に足を踏み入れた。

 音を立てて起こしてしまわないように、そっと……。


 扉の前には衛兵がいたが、心配そうなミラノの様子に密かに入室を許可してくれた。

 仲の悪い兄弟であったらこうはいかなっただろうが、普段からミラノが兄を慕っている事をこの衛兵はよく知っている。



 クロノは、静かに寝息を立てていた。

 あの時は苦しげだったが今は落ち着いているようで、安らかなその様子に安堵した。


「兄上……。

 薬を得て、必ず兄上をお助け致します」

 起こさないよう、小声でそう呟いた。

「……」

 ミラノは二呼吸ほどの間、クロノをじっと見、それからくるりと向きを変えて扉へ向った。


 その時、クロノはそっと眼を開けた。

 横目に視線だけ動かして、退室しようと歩んでいくミラノの背を静かにじっと見送る。

「……」


 ミラノは扉に手をかけると、最後にもう一度兄の顔を見ておこうと振り向いた。

 クロノは気付かれないよう、ぱっと目を閉じる。


 ミラノには、兄の姿は穏やかに眠り続けているように見える。

「……! (必ず兄上をお助けします! 絶対お元気になって頂くのだ!!)」




 ミラノは、部屋を出て行った。

 ぱたん。


 扉が閉じられると、クロノは再び静かに眼を開けた。

「……」

 そして無言で閉じられた扉を見ていた。 





 ☆ ☆ ☆





 夜陰に紛れ、そっと宮殿を抜け出したミラノを待ち構えている黒い影があった。

「キ、キラ!」

 思わず声が大きくなりかけ、はっと手で口を塞いだ。

 

 キラは、ミラノの足元に片膝をついた。

「ミラノ様、このキラを出し抜こうなどと……」

 キラの声音には、非難の色が混ざっている。


「そうではない。

 キラがいれば、私がマサラで篭もっていると周囲が思ってくれるはずだと」

「ミラノ様のお気持ちが分からぬキラではございません。

 しかし、やはりお一人で危険な旅に向かわせる訳には参りません」


「キラ」


「ミラノ様が事を起こされるだろうとは、キラも薄々察しておりました。

 そこで簡単な身支度を済ませていた所、エルメリッサ様からもミラノ様を頼む、と」

「え、母上が?」


「はい。不在の間は、ミラノ様がマサラを続けていると見えるようにエルメリッサ様が取り計らって下さると。


 ミラノ様はクレセンティアの言葉を解しますが、キラもまた共に学んだ身。

 エルメリッサ様からは、何としてもミラノ様の事をキラの一命に代えても護り抜く様に、と」

「何と」


 キラは、頭を垂れた。

 キラもまた、ミラノと同様にエルメリッサの思いに打たれていた。

 母の『覚悟』。


 ――――クロノもミラノも護り抜く!


 そして、キラの『覚悟』。

 ミラノも、また……。


「キラ」

「はっ!」


 キラは、顔を上げた。

 薄暗い中でも、かすかにミラノの冴え冴えとした表情が伺える。

「ありがとう」


 キラは、ミラノがにっこり微笑んだように見えた。

「勿体ないお言葉」

 キラは右手を胸にあて叩頭した。





 ☆ ☆ ☆





 闇の深い、静かなその晩。


 プレジテーヌの王宮を、一対の主従が旅立ったしばらく後。


 年老いた男がちろちろと踊る炎を見つめていた。

 深い皺が炎で影になり、炎が揺れるたび、その影が濃くなったり薄くなったりを繰り返している。


「何だ」

 皺枯れ声でそう言って、年老いた男は部屋の隅にうずくまる全身黒ずくめの人物をじろりと見た。

 黒ずくめの男は紫の炎のような眼だけが、昏く妖しい光を放っている。


「申し上げます。

 ミラノ皇子が……」

 男は、今見聞きした事を漏らさず老人に伝えた。



 この世界には、諜報活動や暗殺などを専門とする者達がいる。


 特にプレジテーヌでは、

(ひょう)

という。


 黒ずくめの男はある冰者の長だった。

 男は冰からの話を聞き、何か考え込むように炎を見つめる。

「ふむ」

 炎がゆらりと揺らめいた。


「殺せ」


 男は無感動にそう告げた。

「王妃が協力しておるのであれば、ミラノが居なくなった事は秘せられよう。

 このような機会はまたとない。

 密かにあやつを殺めるのだ」


「御意」

 冰は、既に先程までの場所にはいなかった。

 声だけを残して―――――。


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