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救 出 同 盟 !!  作者: 山本徹湖
第1章
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10 母との対峙

「母上、止めても無駄です。

 私は、三日月半島へ行って『慈母の光明』と呼ばれる特効薬を得て参ります。

 元々この国には存在しない病。薬は国内にはありません。

 貴重な物だと聞きますし、易々と手に入るものとも思えません。


 医術団が『炎熱病』と診断しなかった上に、半島との国交もありませんので正式な申し入れは叶いません。

 極秘に入手する他ないのです。


 マサラで人の動きが極端に少ない今なら、私一人宮を抜け出しても気付かれる事はありますまい。私によく背格好の似た者に、部屋で炎の番をさせます。

 急ぎに急いで向えば、マサラ明けまでには戻って来る事が出来るでしょう」

 

 曇りない青紫の瞳は、真っ直ぐにエルメリッサを見つめていた。

 引き締まった表情から固い意志が伺える。

 それに、装いは既に旅支度を終えていた。

 

 エルメリッサは全ての思いを飲み込んで、ふと口元を緩め目を細めた。

 我が子が周りに流されず兄を大切に思い、また逞しく育っている事に一面では嬉しさを感じる。


「ミラノ」

「はい」

「お立ちなさい」

 エルメリッサは、ミラノの手を取り立ち上がらせた。




 ミラノはカイザー師と話してから、特効薬の入手について考えていた。

 先程のキラとの会話の時には既に、頭の片隅では行動を起こすのは今宵しかないと思い定めていた。


 キラを謀る事は難しいだろう、すぐに気付くはず。

 心配をかける事は、心苦しい。


 でも、自分に背格好の良く似た従者へキラが近侍していれば、何とか周囲を誤魔化せるはずだ。キラなら上手くやってくれる。

 後からどれほどの小言が飛んでくるか……それだけは覚悟しなければならないが。



 最初は威勢が良かったが、包み込むように微笑む母に接し、ミラノは冷静さを取り戻しつつあった。


 どう考えても、無謀。

 王妃の母は、感情を隠し仮面を被る事に長けている。

 この微笑みは怒りを押し隠しているだけなのではと冷やりとした。


「たった一人で三日月半島へ赴こうというの、ミラノ」

 エルメリッサは、目に力を込めてミラノを見た。国母の目力には圧倒的な強さがある。

 ミラノは、母に負けまいとぐっと奥歯を噛み締めた。

「はい」

 ミラノは母から目を逸らさない。


 そんなミラノをエルメリッサも真っ直ぐ見返した。

(普段は、素直で従順な子なのに)

 自分一人で、無謀な大冒険を画策する年齢になるとは。


「三日月半島周辺は政情が不安定で、夜盗の類が出没するかも知れないと聞きます。

 そなたは分かっているの?

 命を落とすかもしれない……それでも一人で行くというのですか?」

「はい!」

 ミラノは間髪入れず答えた。けして母から目を逸らさずに。


「今私が行かなかったら、兄上が命を落としてしまうかもしれません、時間はあまり残されていないのです!」

 母は、更にじっとミラノを見つめた。

 ミラノも、母の視線に耐え、負けずに見返す。無意識の内に拳を握り締め体を固くさせていた。



 エルメリッサには、この純粋過ぎる弟もまた心配の種だった。

 今のプレジテーヌは、財力で成り上がり、何とか政治の中枢へも食い込もうとの過激な勢力がある。

 そういった輩は、ミラノを担ぎ上げて踏み台とし、更に上へのし上がりたという思惑を持っている。


 しかし、聡明なミラノは取り込まれる事なく、適度な距離を保ち冷静な対応に徹していた。

 今はどうにかそうやって上手にかわしているが……さて今後はどうなのか?落とし穴がどこかにないだろうか?母の心配は尽きない。

 


 エルメリッサの政治感覚が何か危険信号を捕らえている。

 見えない勢力の蠢動なのか……?

 しかし、今はまだ鳴りを潜めているそれらに対し打つ手はない。



(見極めなくては……)


 ミラノが心配ではあるけれど、今の所は距離を保っているのでよしとするしかなかった。


 しかしクロノを押す勢力は心穏やかではない。

 ミラノは庶民からの人気も高い。もしミラノ自身もその気になってしまったらと考えるらしく、クロノの周囲は不穏だ。

 ただエルメリッサが睨みを利かせているので、今は表立った騒ぎにはなっていないが。


 クロノとミラノにも「けして争い事を起こしてはいけない」「仲違いは、他国を利するだけ」と諭してきた。


 不和などあってはならない。兄弟の団結こそが力となり、この国の隅々までを活き活きと躍動させゆく原動力となるはずだ。

 時に意見が合わなくとも、団結していこう、信頼して心を合わせていこうとする中に二人の人間的な成長があり、その先に国の発展もあるに違いない。


 母の思いが通じてか二人の間に確執はなく、それどころかミラノは大好きな兄の為に命を賭してまで炎熱病の特効薬を入手しようとしている。


(良い機会なのだろうか?)

 清らかさが過ぎるミラノには、少し外の世界を見る事も必要なのではないか。

 

 言っている事はめちゃくちゃだ。

 自分が不在だと分かればどれだけの騒ぎが起こるか、ミラノなら考えれば分かりそうなものを、と思う。


 しかし、マサラの期間なら居ない事が明らかになる確率はぐっと下がるのは確か……。


 仮に騒ぎが起こってもエルメリッサが関わっているとなれば、ミラノの不在に気付かなかった従者が処罰される可能性も低くなる、というより、母が取り成してくれると考えて自分の元へ来ているのだろう。

 果たして、クロノの周囲が見逃すと思っているのだろうか。


(まだまだ甘い所がある)

 将来、老獪な古強者が跋扈する政治の世界で兄の傍らに立つには随分力量不足である。


「場合によっては、もう二度と会えない覚悟が持てるのですか?」

 エルメリッサは口調を改め、厳かに告げた。


 ミラノは、途端に母が遠くなったような気がしてちくりと胸が痛んだ。

『もう二度と会えない』なんて絶対に考えたくないが、しかし暴漢に命を奪われてしまえば母とは二度と会えなくなる。

 母だけではなく、父にも、兄にも、そしてキラ達にも……。


 感傷を振り切るように、ミラノは母に頷いた。

「私は、本気です!」

 言い切った事でミラノの気持ちは更に固まった。晴れ晴れと、母ににっこり笑いかけた。


 エルメリッサは諦めたように息を吐いた。

「ミラノ、あなたにこんな思い切りの良さがあったなんてね」

 誰の言う事にも逆らわなかった子が、気付かぬ内に大きく成長し、自分で物事を考え行動するまでになるなんて。

 エルメリッサにはそんなミラノが眩しかった。


「どうやって宮を抜け出そうと思っているのか知らないけれど、あなたが居ない事は出来る限り伏せておくように致しましょう」

 幼かった日、あれほど大好きだった勇者ごっこ。あの勇者のようにミラノも冒険へと旅立つ日がやってきたようだ。


「母上!ありがとうございます!!」

 ミラノは、母に飛びつきたい気持ちでいっぱいになったが、さすがに王妃である母には自分から触れる事が出来なかった。


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