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救 出 同 盟 !!  作者: 山本徹湖
第1章
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9 ミラノの決意

 同じ頃、プレジテーヌ国王妃エルメリッサ=ダキテーヌもまた宮殿の自室の窓から外を眺めていた。

 庭園を3階から見下ろしても闇の密度は濃く、何も見えない。

 不吉なくらいに静まり返っている。


 それもそのはず。


 プレジテーヌ国は、マサラの時期に入っていた。


 マサラとは、王族が自室に篭もり小さな炎を起こして、国の平和や民の安穏を祈念する儀式である。

 この時期王族は、身を慎み粗食し、感謝を込めて炎を奉る。

 寒い季節も人々が凍死を免れていられるのも温かな炎が護ってくれているお陰なのだ。


 王族は炎への感謝を捧げ、来るべき寒冷の季節に備える。

 マサラは、時期は決まっているものの、日数は毎年祭官が大きな炎を焚きその色や形によって決められている。

 今年のマサラは15日間と決まった。


 王族に倣い、家族で小さな炎を囲み感謝の祈りを捧げて過ごす家庭も少なくない。

 この期間、プレジテーヌ中が密やかな静謐に包まれる。




 エルメリッサは、二人の子が幼かった日の事を思い出していた。



「母上、なんでマサラはこの季節なの?

 どうせなら寒くてお外に出られない時にすればいいのに。

 キラと勇者ごっこがしたいよ」

 ちょこんと椅子に座り、足をバタつかせながらミラノは言った。青紫の瞳が生き生きと輝いている。

 ミラノはある物語に登場する勇者が大のお気に入りで、彼らの間では勇者ごっこや冒険ごっこが流行っていた。


「あらあら、ミラノはマサラが嫌なの?」

 幼き日のミラノは、窮屈な宮殿内より外で思いっきり駆け回るのが大好きな子どもだった。


 プレジテーヌは温暖な時期が短い。

 その期間を、何日間も自室に篭もって過ごさなくてはならないマサラで潰されるのがミラノには勿体無くて堪らない。


 確かに、エルメリッサもその様に感じていた。

 経済活動が一番活発で農業にも大切な時期なのに、マサラの期間、国自体が停滞してしまう。

 プレジテーヌは貧しい国なので収入に繋がる大事な機会を逸してしまっている。


 しかし、女の身の自分が政治的な発言するのは憚られた。

 ただでさえ『賢母』と言われるエルメリッサへの国内の信頼は絶大で、威光は王を凌ぐとまで言われている。

 主だった臣下が、内密にエルメリッサへ相談を持ち掛けて来る事もあった。


 王は何も言わないが、内心はどのように考えているのか?誇り高い男である――――幼い二人もそこはとても似ている――――。

 エルメリッサが賢しらに口を出し、王へ不快感を与える事は避けたかった。


 二人のかわいい皇子を無事に育て上げる為にも。国家の安泰の為にも。

 自分が王から敬遠される訳にはいかなかった。


 愛しい我が子が王に遠ざけられるような事になれば……将来の禍根となり、無用の混乱を招く事態となりかねない。


「ばっかだなぁ、ミラノは。

 今の季節にマサラをするっていうのは、大昔から決まってることでしょ?

 決まりは決まりなんだよ~」

 ミラノの隣で同じくちょこんと椅子に座りけらけら笑っていたクロノが、ミラノを軽く小突いた。

「でも……」

 ミラノは口を尖らせて、また足をバタつかせている。


 エルメリッサや侍女達は、そんな2人の様子を微笑ましく見守っていた。





 あの頃は二人共落ち着きがなく、マサラの炎で花の茎を焼いてみようとしたり、ゴミを燃やそうとしたり……いつ火事になるかと回りは冷や冷やして目を離す事が出来なかった。


 ある時などは、クロノが炎を見つめたままこっくりこっくりと船を漕ぎ出して、前髪をじじっと燃やし大泣きしてしまうという出来事もあった。

 エルメリッサは暗い外を眺めながら、幸福だった昔を思い知らず表情を和ませた。




 しかし。


 今そのクロノは、病に苦しんでいる。



(病弱に産んでしまって、ごめんね)


 エルメリッサは、クロノの健康の為ならどんな事でもした。

 その結果自身も心の臓を患う結果となったが、エルメリッサがいなければクロノはこの厳寒の国で18歳という今の年齢まで生を繋げる事は難しかったかもしれない。


(でも、今度という今度は……)

 

『炎熱病ではないのですか!?』


 頭の固い医術師がどう言おうと、あの症状はミラノが必死に訴えていた通り炎熱病であろう。

 ミラノは少し真っ直ぐ過ぎる所があるのでカイザー師の不興を買ってしまったが、相手がカイザー師でなかったら事が事だけにエルメリッサも疑問を口にしていたかもしれない。


 確かに凍てついた季節には発症し得ないかもしれないが、今は短い温暖な季節。

 最近では他国の商人も出入りのあるプレジテーヌへ、何かの拍子に病原菌が流入しても不思議はない。


 炎熱病は、暑い、暑いと繰り返しながら死んでいく病気だという。

 クロノの苦悶の表情が浮かんだ。なぜ病に倒れたのが自分ではなかったのだろうか。

(一体どうしたら……)

 じりじりとした焦燥感に飲み込まれそうになる。


 エルメリッサは大きくため息を付いて首を左右に振った。

(いけない、もうマサラを始めなくては)


 その時、コンコンと扉を叩く音がした。

 振り向くとエルメリッサの返事も待たずに扉が静かに開いた。





「まあ、ミラノ」

 侵入者はミラノだった。


 もう作法を弁えている年齢である。

 許可を得ず、王妃の居室を訪うなど皇子のする事ではない。


 しかも、今宵からはマサラが始まっている。

 王族は居室に篭もるのが決まりだ。禁を破るなどあってはならない事。

 ミラノは、エルメリッサに近付くと足元に片膝をついて胸に手を当てて顔を伏せる。


「ミラノ、一体これはどういう事なのです」

 エルメリッサが厳粛にそう言うと、ミラノは伏せたまま口を開いた。

「母上、お怒りはごもっともです。

 ですが、どうか、しばしの別れのご挨拶をさせて下さい」


「しばしの別れ、とは?

 どういう事です、顔を上げなさい」

 エルメリッサは訝しげに小首を傾げる。

「はい、母上。

 今日のカイザー師とのやり取りでも言わせて頂きましたが、私は兄上のご病気は『炎熱病』に違いないと思っております」

「……」

「このままでは兄上のお命が危ない。

 私はあの恐ろしい病の『特効薬』を手に入れて参ります」


「何と」


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