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喫茶マチウソワレと錦景画壇  作者: 枕木悠
第一章 錦景画壇に予告して
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第一章①

九月下旬の秋やすみ明けの三日間は、十月の第一土曜日と第一日曜日の二日間に開催される錦景祭の準備に費やされる。

 錦景祭は錦景女子高校四大祭りの一つ。テーマはパーティとミステリィ。様々なグループが様々なパーティを開催する。そして、誰かがそこで事件を起こす。その事件を誰かが解決する、というのが、錦景祭に毎年ありふれる光景だった。ありふれる光景なのだがしかし、事前に犯人役、探偵役が決まってるわけじゃない。事件が発生せずに穏やかに二日間を終えるパーティもある。しかし、事件は数多く発生し、そしてきちんと解決される。そのドラマは永遠の思い出として女子に残る。それは未来に予告して、とても大事だったことの一つになるのだ。

 ミステリィの要素を含む以外は、錦景祭は至って普通の文化祭だ。正門から昇降口までの石畳の両脇には様々な模擬店が並ぶし、講堂では演劇部が「イエロー・ベル・キャブズの厳戒態勢」をやるし、占い師はガラスの水晶を前に占いをするし、香水売りは香水を売り歩くし、グラウンドの仮設ステージでは恥ずかしがり屋の軽音楽部がロックンロールを響かせる。

 料理部が運営する、錦景女子のための喫茶店「喫茶マチウソワレ」も錦景祭のその日、派手なパーティを開く予定である。しかし、まだ何も決まっていない。

 だから喫茶マチウソワレでウェイトレスをする散華シオンはテーブルを拭きながら考えていた。「はぁ、……どうしよう」

 散華はマチソワ(喫茶マチウソワレの通称)の店長である谷崎モモカから錦景祭のパーティについてのあらゆることを任されていた。谷崎は店長だけれどしかし、マチソワにいるほとんどの時間を一段高くなったステージの上で過ごしていた。彼女の夢はアイドルになることで、軽音楽部に演奏させ、可愛い歌を歌うのが谷崎の仕事だった。だから実質一年生の散華が店長のようなものだった。料理部には他に三年生も二年生も沢山いるのだが、彼女たちは料理は用意してくれるしテーブルも拭いてくれるけれど、マチソワの経営に関しては散華が全てを握っているといっていい。皆、他にやることがあるのだ。散華だって勉強とか、いろいろやらなくちゃいけないことはあるけれどでも、ウェイトレスの衣装を着て、マチソワにいることは凄く楽しいことだから、今日だってこんな風に朝からウェイトレスの衣装でテーブルを拭いているのだった。

 マチソワは錦景女子高校の北側にある図書室や理科室、音楽室などの特別教室が集合した校舎の六階にある。教室二つ分の広いスペースは古い時代は視聴覚室と第二家庭科室だった。しかし壁を破壊し木目調の円卓が並べられ、壁はピンクとホワイトとブラックというモダンなトリコロールに彩られていた。カウンタ横の出入り口から一番奥のステージの脇には古い時代の巨大なグランドピアノがあって、今は生徒会長の尾瀬ミハルが、モーツァルトのなんとかを奏でていた。 彼女は散華がここに来るよりも早く来て、ピアノを鳴らしていたようだ。生徒会長の尾瀬は生徒会長だから、あらゆる部屋の鍵を持っていて施錠を解くことが出来る。尾瀬はマチソワにある古いグランドピアノを気に入っているみたいで、早朝や放課後、掃除をする散華のBGMを奏でてくれることがこれまでにもよくあった。

 全てのテーブルを拭き終わった散華は、尾瀬に近いテーブルに移動し、椅子を引き、座った。

 ピアノの音色に包まれながら、散華は尾瀬を見つめる。

 綺麗な人。

 窓から風が吹き込んで、黒く長い髪が揺れる。

 差し込んでくる太陽の光。

 その光に照らされた黒い色は、深い緑色に変化する。煌めく。

 何か、壮大な風景を見つめているのと、同じ気持になる。

 神様を見つめているような。

 五指を胸の前で組みたくなるような気持ちになる。

 そんな気持ちにさせるのが、今目の前でピアノを奏でる綺麗な人。

 急に。

 メロディが変わった。

 散華が知らないメロディだった。「モーツァルトの、なんですか?」

 尾瀬はピアノの音を小さくして返答する。「夏の終りよ」

「え? ああ、もうすっかり秋ですよね」

「違う違う、」尾瀬は子供っぽく笑う。「エイちゃんのね、夏の終りって曲」

「えいちゃん?」

「ああ、でも、厳密にはキャロルね」

「きゃろる?」

「歌ってもいい?」

「え、歌う?」


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