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戸惑い

玲は、放課後、紗羅にまた個人授業をしていた。今回の試験でも、また紗羅は落第点であったのだ。紗羅は、ため息を付いて言った。

「申し訳ありませぬ。玲様にこのようにお時間を割いていただいておるものを、また此度も思うような点数が取れませなんだ…。」

紗羅が落ち込んでいるようなので、玲は言った。

「いや、此度は問題が難しかったのだと、涼殿が言っておった。主は運が悪かったと思う。今からこうして準備しておれば、半年後にはきっと良い点が取れるはずだから。安心したらよいと思うよ。」

紗羅は玲を見た。

「はい…。」

紗羅の様子がいつもと違う。玲は心配になって問うた。

「…また、何か?明人は何か言っておったのか?」

紗羅は首を振った。

「ここのところは屋敷にも帰って来られませぬゆえ、お話する機会もございませぬ。忙しくなさっておいでのようで、こちらでたまにお姿をお見かけすると、明人様は大変にやつれて険しいお顔をしていらした。なので、無理は申せませぬ。」

玲は驚いた。あの気の強い明人が、なぜにそんなことに。

「知らなかった。我も最近は明人に会うことがないゆえ。…しかし、屋敷にも帰らぬなど…今は有事でもあるまいに。少しでも連絡を取るように、我から明人に伝えようか?」

紗羅は、少し考えて、また首を振った。

「いいえ。」と、玲を見た。そして、少し迷ったような顔をしたが、話し始めた。「玲様、我は、玲様から進められてたくさんの本を読み申した。そして、恋愛とはどんなものなのか知ることが出来ました。それは、人も神も何ら変わりはない。相手を無条件に恋慕う気持ちなのでございまするね。」

玲は驚いた。そんなことすら、紗羅は知らなかったのか。紗羅は続けた。

「そして思ったのです…明人様は、確かに慕わしいかたでありまする。ですが、我が持っておる感情は、兄や父に持つようなもの。明人様は我を保護して守ってくださっておりまする。なので、頼る気持ちが慕わしさと勘違い致しておったように思いまする。明人様がたまにしかお戻りにならなくとも、それで我が困ることはありませなんだ。なので、特に疑問もなく過ごしておりました。そして、明人様も…」と、表情を曇らせた。「おそらく、我のことを愛しておられませぬ。我らは、決められて夫婦になった者。なので、想い合っておった訳ではなかったのでございます。しかしながら、我がどうこう言える訳もなく、それに、明人様も王のお立ち場を考えると我を拒絶するわけにもいかなかったのでしょう。なので、そのうえ屋敷へ戻って来いなどと、我には言えぬのですわ。我もまた、それで生活に困ることはありませぬから…。」

そう言って、口元を押さえる紗羅は、まるで別人のようだった。明人が帰って来ない長い夜、おそらく紗羅はたくさんの本を読んだのであろう。そして、じっと考えたのだ。出た結論が、それだったのであろう。玲は言葉に詰まった。

「それは…しかし、明人は…。」

紗羅は、顔を上げて悲しげに微笑んだ。

「元より我は、父に言われて嫁いで参った者。仕方がないものと思うております。明人様は、きっと誰か他に妻を迎えることもあるでしょう。でも、我は何も感じないのだと思いまする。だって、生活には困りませぬもの…。それが浅ましくて、我ながらいやでございまするが、仕方がないのですわ。なので玲様、そのようにお気を煩わせないでくださいませ。我はせめて、勉学にいそしむことで生きがいを見出してまいろうと思うておりまするので。」

紗羅の顔は、決意に満ちていた。玲にとって、それがどれほどにつらいことであるのか、紗羅は分かるはずもなかった。紗羅は、またテキストに目を落とし、じっと問題を見つめていた。


数日後、本当に維心は維月を連れて月の宮へやって来た。出迎えた蒼に、維心は開口一番言った。

「長居はせぬゆえの。」と、維月を見た。「此度は里帰りではないゆえ。主が話しておったことが、どうなったのか聞きに参ったのよ。維月が気になると申すし。」

結局はそこか。蒼は思った。母さんの機嫌をこれ以上損ねないために、やって来たのだ。維月は言った。

「十六夜からいくらか聞いてるわ。それで、明人はどうなの?」

蒼は歩きながら言った。

「相変わらずだよ。」蒼は答えた。「やつれてしまって、見る影もない。昨日はついに友人の嘉韻がオレに会いに来て、相談して行った…オレは知っていたから、とりあえずはこの間話していたように伝えたよ。離縁するなら許す。でも、王族を二人娶ることは出来ないって。」

維心は難しい顔をした。

「ほんに主は気を使うの。王はもっとおう揚でいいのよ。それでは気が休まるときがあるまいに。」

蒼は苦笑した。

「オレのせいで臣下が苦しむ様は見たくないのですよ。」と、ふと庭を見て、声をひそめた。「ああ、あれが紅雪です。」

維心と維月は揃って庭を見た。そこには、黒髪にぬける様な白い肌の、それは美しい女が立っていた。そしてその傍らには、明人が居て、回りを気にするようにしながら歩いて行く。維月は言った。

「まあ…本当に美しいこと。でも、それだけで龍が人を想うようになることはないわね。きっと、心映えも良いのでしょう。」

維心が頷いた。

「主は龍を良く知る様になったものよ。その通りよ。しかし、一度想うと忘れることが出来ぬようになるのもまた龍であるからな。我が良い例よ。」

蒼はそれを聞いて妙に納得した。維心様が龍のオーダナリティーなら、明人が紅雪を忘れることなど出来るはずもない。十六夜が、維心は維月を食べちまわないか心配だと言っていたが、あながち間違ってもいないと思えるのだから、困ったものだった。

「お前が龍の常ってんなら、明人はもう、紅雪を忘れることは出来まいなあ。」十六夜の声がした。「あいつはここのところずっと紅雪ばかり見てる。本人が知らねぇだけで、いつでも探してるのは上から見ててもわからぁな。」

維心は、不機嫌に振り返った。

「今日は里帰りではないぞ。」

十六夜はフンと笑った。

「やかましいぞ。維月はオレの嫁でもあるんだ。後から来たヤツがごちゃごちゃ言うな。」と、維月を抱き寄せた。「昨日も言ったが、明人はあの鶴にぞっこんだ。見てて分かるだろう?」

維月は頷いた。

「本当ね。私達が宮の中とはいえここに居るのに、少しも気づかないなんて…軍神なのに。」

維心が維月を引っ張った。

「漠に申すよりないの。娘は返すよりない。これでは軍務も進まぬであろうて。ほんに、困ったことよな。」

十六夜は維月の手を引っ張り返した。

「あのな維心。お前はほんとに維月にくっつき過ぎなんでぇ。そのうち飲み込むんじゃねぇかとオレは心配だよ。」

維心は眉を寄せた。

「飲み込む?この大きさをどうやって…」と言い掛けて、何かに思い当たったようで言葉を繋いだ。「しかし…確かに龍身の我なら…出来ぬこともないの…。」

じっと維月を見る。維月は驚いて、後ずさった。

「まさか維心様…。」

十六夜は必死に維月をしっかり抱きしめた。

「こら、お前何を考えてるんでぇ!維月を食べちまったら駄目だぞ!いくらなんでもやり過ぎだ!」

維心は前に進み出た。

「何を申す。食べてしまったりせぬわ。そんなことをしたら、維月と話せなくなるではないか。我はそこまで愚かではない。」と、維月を見た。「しかし、口に入れることは出来ると思うてな…。」

維月は十六夜に抱きついた。

「そのような…ご冗談はよしてくださいませ!」

「そうだ、龍の口に放り込まれる者の身にもなってみろ!お前は特に、他と比べてデカい龍になりやがるんだからよ!」

蒼はため息を付いた。

「母さんが維心様に食べられるのはまた後にしてもらって、今は明人のことを考えたいんだけど。」

蒼は呆れたように言った。十六夜が蒼を見た。

「お前な、母親が龍に食われていいってのか。明人のことは、紗羅と話し合いだ、話し合い!とりあえずお前から明人に聞け。そんで本心を聞いてやって、紗羅をどうするか本人と決めるのが一番いいじゃねぇかよ。オレも立ち合ってやるから。とにかく」と、維月を引きずって歩き出した。「維月はオレ達の部屋へ連れて帰る。維心が食欲を無くすまでな。」

十六夜が逃げるように飛んで行くのを、維心は追った。

「待たぬか!今回は里帰りではないと申すに!」

蒼はそれを見送りながら、こんなついでのように言ったことであるのに、十六夜の言うことは的を射ていると思った。なので早速踵を返すと使いをやって、明人に今夜宮へ来るように伝えよと言った。目の前に居るが、今言うのは得策ではない。

蒼は逸る心を抑えながら、自分の居間へと引き上げて行った。居間に行く道すがら、大きな気がいきなり宮の中にし、侍女達の悲鳴が聞こえて来た。蒼がびっくりして振り返ると、維月の悲鳴が聞こえた。

「きゃー、」

それは突然にスイッチを切ったように聞こえなくなる。蒼がそちらの方向へ足を向けて行こうとすると、十六夜の声が遠くから聞こえて来た。

「なんてことしやがる維心!出せ、口を開けろ!吐き出せって言ってるだろ!」

蒼は嫌な予感がした。すると、大きな気は空へと舞い上がったのを感じ、蒼は慌てて庭へ出て空を見上げた。

…大きな龍が、上空へ飛び上がっていた。十六夜がそれを追い掛けて飛び、前に回り込んでカンカンになって怒っているのが見える。

「維心!わかったから、お前に返してやるから!維月を出せ!飲んじまったらどうするんでぇ!」

維心は十六夜を避けてくるくると月の宮上空を飛び回っている。十六夜は必死にそれを追い掛けて回っていた。

蒼は思わずつぶやいた。

「…何をやってるんだよ、ほんとに…。」

蒼は肩を落として居間へと向かった。

明人と紅雪も、それを茫然と見上げていた。

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