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事実

学校を出て、急いで飛ぶ慎吾の後ろから、嘉韻がゆったりと飛んで付いて来る。慎吾は振り返って憤りながら言った。

「主な、己が忘れておったくせに、何を落ち着いておる。長賀殿は待たせると大変なことになるぞ。」

嘉韻はゆるゆると飛びながら慎吾に並んだ。

「ああ、あれは嘘よ。早よう席を立ちたかったゆえ。」

慎吾は呆気に取られた。

「なんだ…神は嘘をつかぬのではなかったのか。」

嘉韻は頷いた。

「そのような概念がないゆえな。だが、我は主らからそれを学んだ。黙って事実を伏せるより、嘘をつくほうがいくらか真実味があって相手を傷つけずに済むこともあろうて。なので我も時にそのように。」

慎吾は呆れてその場に浮かんだ。嘉韻が、人の良くない所を学んでいる。だが、傷つけぬ為と言った。それならいいのだろうか。神は直球で、確かに人の世から来た者にとってはきつく感じることが多かったのだ。

嘉韻は、呆けている慎吾に言った。

「主は任務を離れると鈍いのう。話してやるゆえ、こちらへ来い。」

嘉韻は、宿舎のほうへ飛んで行った。慎吾もそれに付いて飛んだ。


二人は嘉韻の部屋に入ると、向かい合って座った。嘉韻が座るなりため息を付いて額に指を置く。慎吾がそれを見て気遣わしげに言った。

「…で、なぜに我に話させなんだ。」

嘉韻は目を上げた。

「主は気付かなんだか。玲は隠しておったのだ…次の間に、女をの。」

慎吾はえ、と言う顔をした。

「なんと言った?あの玲が、女?」

嘉韻は頷いた。

「入ってすぐに覚えのある気がしたので探ったのよ。別にあそこは学校であるから、生徒がおってもおかしくはない。なので隠す必要などないのに、あれは隠した。なので我は探ったのだ。そしてわかったので、あのように玲に申した。あそこであれに言ったことは、次の間の女にも筒抜けであるからの。」

慎吾は息を付いた。

「この宮の、学校で何かあるなどと思わぬゆえ、我は完全に何も見ておらなんだわ。主はほんに何でも見ておるの。」

嘉韻は苦笑した。

「性分であろうな。好きでこんな性質(たち)なのではないわ。知りたくもないことも知ることもあるゆえ…」

嘉韻が表情を曇らせたので、慎吾は急に心配になった。

「主の知っておる女であったのか?それは、タチの悪い女であるとか。」

嘉韻は首を振った。

「いや。知ったからとて、あれらが深い仲であろうとは思うておらぬ。だが隠すということは、少なからず後ろめたいと思うておるには違いない。」と、嘉韻は慎吾の目をじっと見据えた。「居ったのは、紗羅よ。」

慎吾は絶句した。紗羅?

「…なので玲は、会議ではないのかと言ったのか。」

嘉韻は頷いた。

「明人の嘘を聞いたのであろうの。それにしても…確かにもし、我が思うておるような仲ではなかったとしても、玲が隠す時点でそれは、玲にとって喜ばしくない事態であることは間違いない。どうするべきだと思うか、慎吾?」

慎吾は深くため息を付き、窓の外を見た。

「困ったの。独身の男が二人、このようなことを話しておっても、答えなど出ないであろうに。とりあえず、ことがはっきりとするまでは明人には言わずにおこうぞ。知ったとて、今の状態ではあれも怒ることはあるまい…ただ、真実がはっきりせぬとの。玲がただ気恥ずかしかっただけかもしれぬし。本当に教えておっただけでの。」

嘉韻は同じように窓の外を見た。

「そう願うわ。我もこのようなごたごたは面倒であるゆえ…。」


明人は、結局宿舎に留まっていた。しかし、一向に眠れない。明日は休みであるしと、明人は寝るのを諦めて湖の方へと飛んで行った。

水面には、月が映っていた。十六夜…。明人は思った。十六夜は、維月様を妃にしている。龍王の正妃であるにも関わらず…。

明人は、月を見上げた。

「十六夜!話があるんだよ。」

キラッと月から何かが光って降りて来た。明人はびっくりした…ほんとに聞こえるんだ。

驚いている明人の目の前で、十六夜は青銀の髪の見慣れた人型になって、言った。

「なんだ?珍しい。お前、呼べと言っても呼ばねぇのによ。」

明人は言った。

「聞きたい事があって。」何から話したらいいか分からない。「オレさ…情緒欠陥者じゃねぇかと思って。」

十六夜は眉を跳ね上げた。

「何だって?情緒欠陥?」

明人は頷いた。

「紗羅を嫁にもらって五年になるのに、まだ特別な感情とか湧いて来ねぇ。いいやつだと思うのに、好きとかとは違う気がする…いい夫に見えるよう、努力はしたんだが。夜だって気が進まねぇから全く寄り付かねぇようにしてしまってるしよ。」

十六夜は気の毒そうに眉を寄せた。そして、明人の横に座った。

「そうだなあ、お前は龍だろ?龍ってやつは、みんなそんな感じだな。だが、好きになったらなりふり構わねぇんだ…オレの知ってる龍はみんなそうだった。維心はそれの、一番極端な例だ。」

明人は十六夜を見た。

「だから、維月様を許してるのか?」

十六夜は苦笑しながら頷いた。

「だってよ~維月に一人だけ子を生んでくれと頼んで、オレが断ったら、あいつ、死のうとしやがったんだもんよ。」明人はびっくりして目を丸くした。十六夜は続けた。「でもな、それだけじゃねぇのさ。あいつはほんとに自分を殺して地を平定して来た。親父も殺して、たった一人で心を閉ざしてな。だからいいかと思った。維月はオレの事を赤ん坊に毛が生えたぐらいから知ってて、愛して来てくれていた。だから今更誰もオレを消す事は出来ねぇ。まして月で繋がってるんだ。引き離せねぇとわかってるから、許したのさ。」

明人には何となく理解出来た。十六夜は、心があればいいと言っているのだ。

「オレ…愛してるって事がわからねぇんだ。どんな感覚なんだ?どうしたら、愛情ってのがあるかないか分かるんだ?」

十六夜は顔をしかめた。気を悪くしたのではなく、困っているような感じだ。

「そうだなあ…オレだって維月が初めてだからよ。とにかく自分の命より大切で、絶対に失いたくないって思うな。他の何を失っても、維月だけは失いたくない。この月の宮を失ったってって事だぞ?何より優先されるのは、維月なのさ。維心など天下一だとか、宝だとか、我の命だとか歯の浮くようなことを人前で平気で言うぞ。そのうちに維月を飲み込むんじゃねぇかと思うぐらいベッタリだからな。」

明人はその様子が想像出来た。たまにここで見るだけでも、それは追い回しているのが分かる。だいたい里帰りしているのに、すぐに夫が追って来るのがおかしいのだ。オレなど、紗羅が二ヶ月里帰りしている間、連絡もしなかった。

明人は、ハッとした。つまりは、そういうことなのだ。

「十六夜…わかった。やっぱりオレは紗羅を愛しちゃいねぇ。どうしたらいい?これから先、このままで愛せるようになるのか。」

十六夜は難しい顔をした。

「わからねぇ。」とため息を付いてから、月を見上げた。「何かのきっかけで好きになるかもしれないし、そうでないかもしれねぇ。だがオレと維月は、目が合った瞬間から何かが違った。オレもそれから気になって…とにかく、他とは全く違ったんでぇ。だから、紗羅がどうかって言うと、オレから見たら違うかもしれないな。だが、世間的にはそんな結婚が多いらしいぞ?お前達は何人も妻を娶れるんだろうが。紗羅が違ったんなら、別の女に出逢った時に改めて妻にしたらどうだ?」

明人は、じっと水面を見つめた。

「…オレ、人の世に居たからよ。」明人はぽつぽつと言った。「妻って一人だと思ってたんだ。それに、好きでなけりゃ結婚なんて…相手にも心があるし、オレが別の妻を娶ったらいい気はしないだろう?それに、このままじゃ、紗羅だって見つかった時に結婚出来ないじゃないか。神ってさ…オレ、まだ慣れないんだよなー…。」

十六夜は明人を見つめた。あれから数年しか経っていないのに、えらく大人びた気がする。しかし龍だから、謹厳で誠実で実直なのだ。本人が、好むと好まざると関わらず。

「…紗羅はどうなんだ?お前のこと想ってるんじゃねぇのか。」

明人は下を向いた。

「…それは毎日ほど言われるよ。だが、好かれるようなことは何もしてない。だいたい接してないんだからな。仕事から帰って、少し話して、別々に寝て、朝、あいつが学校の時は一緒につれて来てやって、また仕事から帰って…って感じ。帰らない時も多いしな。今日だってそうだ。」とため息を付いた。「生きて行くにはオレが必要だからなのかもしれねぇな。だから無理にでも媚びてるのかも。だが、そんなことすら確認するのは面倒でよ。このままでいいかってなる。だってよ、それでお互い想ってないのを確認し合って、それでどうする?神の世界に離婚ってあるのか?オレにはわからねぇよ。」

十六夜は眉をひそめた。これほど悩んでいるとは。

「確か離婚はあったと思うぞ。維心が死ぬほど心配してるからな、維月が宮を出て帰ってしまうってよ。だからあいつは、王のくせに絶対に他の女を寄せ付けないでぇ。」と、明人の頭をポンと叩いた。「ま、気楽にしてろ。好きな女が出来てから考えたらいいじゃないか。今はそのまま、紗羅だって文句言ってる訳でもないし、お前が悩むこたぁねぇ。他の軍神を見ろよ。家に置いてるだけで見向きもしないじゃねぇか。なかなか心底惚れる女なんか出逢えるもんじゃねぇ。オレだって1500年生きて、やっと維月に出逢ったんだからな。維心なんて1700年だぞ?気が遠くならぁな。」

明人は頷いた。やっぱりこのまま様子を見るしかないか。何もないのに紗羅を里へ帰す訳にもいかない。責任があるんだから…。

明人は、月を見上げた。

「オレ、誰かを好きなったり出来るんだろうか…。」

十六夜は黙って同じように月を見上げた。好きになるまでは、誰でもそんなものだろう。だが、無理に見つけるものでもない。とにかく、こればっかりはタイミングなんだからな。

十六夜は立ち上がった。

「じゃ、オレは帰る。お前ももう寝ろ。少しは気を休めなきゃ、軍神なんだからよ。」

明人は頷いて、立ち上がった。そして、光に戻って月へ戻って行く十六夜を見届けてから、自分も宿舎の方へ飛んで行ったのだった。

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