それぞれの想い
玲はずっと、戦闘の間も身を伏せて外から見えないようにしながら、宮のパソコンと向き合っていた。
自分は実践にはからっきしだが、頭は働くので、仙術のことはずっと気にしていて、仙人の領嘉に訪ねたり、現存する巻物を全て移したりして、パソコンにデータとしてまとめていた。
そこに、確かに破壊の魔方陣の所があったのだ。
綺麗に図式化したその魔方陣の数々を見て行ったが、外の戦闘が終わっても、まだそれらしき物には行き当たらなかった。玲が暗い中息を殺して必死に見ていると、覚えのある気がして、声がした。
「玲?」
明人だった。玲は画面から目を離さず言った。
「…始末は付いたのか?」
明人は首を振った。
「まだだ。逃げたヤツも少数だが居るし、結界は龍王が張っている。十六夜の力が戻らない。」
玲は頷いた。
「…多分、術者がまだ生きてるんだな。これはきっと、術者が死ねば解けるタイプだよ。」と、ため息を付いた。「ダメだ、やっぱり同じもののデータはない。新しく作ったのか、それとも違う巻物にあるかだな。我が知ってるものは全部ここに入ってるから。」
明人はそれを見て驚いた。巻物よりも遥かに分かりやすく、見付けやすい。
「さすがだな、玲。こんなものを作ってたなんて。」
玲は明人を見た。
「仙術がヤバいのは、知ってたからね。対策を考えておこうと思ってたのさ。だが、間に合わなかった。」と、考え込んだ。「しかし…確かに破るのは、明人の母上のペンダントでしたと思うが、それを維持してまだ十六夜の力を無くしてるのは、別の仙術だと思う…。そんな二つのことを同時にするような魔方陣じゃないんだ、あれは。」
明人は眉をひそめた。
「え、母さんの、なんだって?」
「ペンダントだよ。」玲は言った。「遺体の首に掛かってたのを、オレは見た。十六夜に、あれはと言いかけた時、発動して、すぐに維心様に引き寄せられたから…見たのは我だけかもしれない。そこに、あの魔方陣が彫ってあった。」
明人は、画面を睨み付けた。では、あのあと別の魔方陣が別の所で発動していて、それのせいで十六夜は力を無くしてると…?
「それを、探さなきゃならねぇ。」明人は言った。「こんな感じの模様か?」
玲は首を振った。
「いや、これは破壊の魔方陣だ。多分封じの魔方陣だから…」玲はカチャカチャとキーを叩いた。「こんな感じだな。明人の母上の魔方陣と考えて、月に作用するのを作るとしたら…」と、玲はマウスを動かし、器用に画像を合成した。「こんなのかな。ま、あくまで推定だけど。」
明人はそれをじっと見た。円の中に三角が入って、中に何かゴチャゴチャ模様がある…。
「これ、プリントアウトしてくれ。一緒に王に報告に行こう。皆で探さないと、どこにあるか分からないからな。」
玲は頷いて、出て来た紙をひっ掴み、明人について宮へと飛んだ。
利晋は、逃れた僅かな軍神達と森へ潜んでいた。龍王が結界を張る事は想定出来たので、わざと中へ潜んでいたのだ。
やはり、あの魔方陣は効果があった…月は力を失っているようで、ここの結界はまだ龍王の結界のままだ。
しかし、策していたようには行かなかった…月の力は思ったよりも強力で、力付くで術を通してくぐり抜け、力を使っているのを見た。しかし、常の力が使えないのは間違いない。利晋は機会を待った…ここはこれほどまでに命の気に溢れている。自分達にも久しぶりに充分な気が体を満たしているのを感じた。
利晋は、月を見上げた。どうしてもこの地が欲しい。さすれば王も何も憂いる事はなく、そして婚姻の制限も無くなり、皆が幸福に暮らせる日々がやって来る。
利晋は、自分の心を占めるあの姿を思い浮かべた。きっと、幸せにすることが出来る…ここに住めさえすれば!
明人と玲から報告を受けた蒼は、すぐにその魔方陣を探し出すように皆に命じた。軍神達は、それこそ寝台の裏までめくってそれを探したが、一向に見つからなかった。
女達は、その身を飾る装飾品まで念入りに調べらた。陽花の首にあったペンダントが、術に使われたからだ。
もちろん、牢の鈴藍も調べられたが、何も出て来なかった。
蒼は途方に暮れた。
「まだ見付からぬか。いったいどうなっておる。」
蒼はイライラと言った。維心が穏やかに座り、言った。
「相手も隠すのに必死であろう。そのようにイライラしても始まらぬ。ところで、我が結界の中の鼠はどうする?位置は常に把握しておるが、あれらはいつまでも放置するわけには行くまい。」
蒼は、それがあの敵の逃げた軍神達だと知っていた。維心は結界の中の事は、常に見えている。しかし今は、龍の宮の結界の中とダブるので見るのが面倒なようだ。
「もうしばらく泳がせましょう。奴らがどうするつもりなのか見たい。」
維心はため息を付いた。
「面倒であるの。捕らえてしまえば良いものを。」
維月が気遣わしげに維心を見る。維心は、微笑した。
「維月、主は気にせずとも良い。我はなんでもないぞ。」
維月は頷きながら、そっと蒼の方を見た。その目に、おそらくいくら維心でも、二つの宮に別々に結界を張っているのは負担が掛かっているのを見て取った蒼は、急がなければとさらに焦燥感に襲われた。今、維心の結界がなくなれば、宮は他の宮からも攻撃を受けるかもしれない。
蒼はさらに急ぐように軍神達に命を出した。
信明は、毎日そうであるように、宮の治癒の対にある病室へと来ていた。桜と椿の元気な顔を見ると、疲れも吹き飛ぶ心地がしたが、しかしこれらの安全を考えたら、早くあの魔法陣を探し出さねばならぬと焦る気持ちがするのもまた事実であった。信明は椿を抱きながら、ため息を付いた。
桜がそれを見て、心配そうに信明の顔を覗き込んだ。
「…何かお困りごとでも?」
信明は頷いた。
「軍神の残党がまだ残っておることもそのひとつであるが、月の守りさえあれば我らはそんなものは意にも解さぬ。だが、月の力の大半を封じておる力があっての…それを解こうにも、その力の源である、魔法陣とやらが見当たらぬのよ。それを早く探し出すようにと王から命じられておるが、見つからぬ。我ら交代で昼も夜もなく探しておるが、まだ見つからぬ。それこそ、宮の女達の靴の裏まで見て回ったのだぞ。いったい、どこにあるものか…。」
桜は苦笑した。笑ってはいけないのは分かるが、そこまで細かく探し回っている軍神達の様が思い浮かばれて、つい笑ってしまったのだ。桜は言った。
「どのようなものでございまするか?」
信明は、片手で椿を抱き、片手で懐を探って、紙を出した。
「これよ。」開いて見せた。「全く同じではないかも知れぬが、このようなものだと聞いておる。」
桜はそれをじっと見た。これは…。
「信明様…何か我はこれに見覚えがある気が…。」
信明は驚いて桜を見た。
「このようなものを?どこにでも転がっているものではあるまい。いったいどこで見たのだ。」
桜は思い出そうと眉を寄せた。
「こちらへ来てからでございますわ。あれは…どこだったかしら…。」
信明は力が入って抱いていた椿がびっくりして目を開けた。盛大に泣き出したので、信明は慌てて立ち上がって椿を揺すった。
「悪いが、思い出してくれぬか。万に一つもそれである可能性があるのだ。この宮の命運が掛かっておるのだぞ。」
桜はますます眉を寄せた。
「ああ、思い出しましたわ!」桜はぱあっと明るい顔をした。「あれは、学校でございました。最初の日に皆と話しておった時、鈴藍の首に掛かっていた頚連にこの模様が。とても小さなものでしたけど、誰か大事なかたに頂いたようで、顔を赤くして…」信明は椿を桜に渡した。「信明様?」
信明は戸に向かいながら言った。
「すまぬ桜!また来るゆえに!」
桜はそれを、椿をあやしながら苦笑して見送ったのだった。
紅雪は、鈴藍が気になって、一人牢まで会いに行っていた。
鈴藍の宮も、紅雪の宮と同じように衰退の一途をたどっているのは知っていた。ただ、紅雪の所と違って、鈴蘭の宮はまだ、臣下も軍神も多数生き残っていた。この侵攻は、おそらくその危機感ゆえであったのではないかと、同じ立場の紅雪は思っていた。
紅雪の宮は、最早手遅れだった。100人を切った時点で、もう生き残って行くのは無理だと皆諦めていたのだ。しかし、鈴藍の宮なら、まだあがいてみる価値はあると思ってもおかしくはない。小さな頃から近隣のよしみで、よく顔を合わせたが、話したことは無かったのだ。
「鈴藍。」
紅雪が声を掛けると、鈴藍は驚いたように顔を上げた。
「紅雪…どうしてここに?」
紅雪は微笑んだ。
「あなたは悪くないと思って。我には分かるの。我の宮はもう手遅れだけれど、鈴藍の宮はまだ存続して行く希望がある。なので、ここに侵攻して来たのね…お父上様は。」
鈴藍は下を向いた。
「…私達は、婚姻も制限されているの。これ以上増えると、命の気が足りなくなって、皆死んでしまうから。そちらの宮では、そんなことはなかったでしょう。」
紅雪は頷いた。
「確かになかったわ…ただ、人数が少なくなって来てからは、外の宮と婚姻をして、ここを出て行くようにと父は臣下の娘達に言っていたわね。ただ、強制ではなかったけれど。それでも娘達は、皆外の宮へ嫁いで行ったわ…だって、このままでは生きて行けないのですもの。」
鈴藍は紅雪を見た。
「我だって、想うかたぐらい居たのに、お父様はこちらへ行くように私に言って、そして、ここで相手を見つけるようにと言ったの。なのに、こうやって侵攻して来て…私はなんだったのかしらって思う…。」
紅雪は、同情したかのように鈴藍を見た。
「鈴藍…。」
ふと、紅雪は鈴藍の手元を見た。そこには、ペンダントが握られていた。紅雪は不思議に思って、それを指した。
「それは?なぜに握り締めて…」
鈴藍はハッとしてそれを隠した。紅雪は怪訝そうな顔をしてそれを見た。まさか…。
「鈴藍、それはもしかして軍神達の探している…!」
不意に後ろから、紅雪は気を受けて気を失った。
利晋がそこに、立っていた。




