タブー
「それはちがーう!」
唐突にそれは起きた。昼時で込み入っている焼肉屋の店内に、怒号が響き渡る。周囲にいた客たちは何事かと、声がした方を見る。
そこにいたのは、恋人同士だと思われる少年と少女が二人。怒号を放ったのは少女の方で、びしっと人差し指を指して自分の怒りを主張している。それを受けた少年は、箸を持ちながらきょとんと目を丸くして少女のことを見ていた。
「一体全体どうしてそんなことをしたの? それはタブー。絶対にやってはならない禁忌だよ!」
「…いや、どうしたんだ急に」
「どうしたもこうしたもなーい! 君は私にとって最大の禁忌、過ちを犯したのだよ」
こういったことに慣れているのか、少年は特に気にした様子もなく普通に受け答えをしている。少女の方も怒ってはいるものの本気の怒りというわけではなく。周りの客たちはそんな様子をさりげなく横目で見ていたが、一体どうして少女が怒っているのか、それだけが分からないでいた。
「で、なんだってそんなに怒ってんだ? 」
ようやく少年が問題を問う。周りの客たちは気にしていない風を装いながらも、いよいよと関心が高まり、そわそわする人までいる始末だった。
そんな中、少女が口を開けてこう言い放つ。
「それは当然、タン塩をレモンじゃなくてタレをつけて食べたことだよ! 」
そんなことかよ! と周りの客たちはいっせいに心の中でつっこみを入れた。飲んでいた飲み物を吹き出してしまう人や、肉を喉に詰まらせてむせてしまうなど。その一言によって生み出された被害は地味に大きかった。
「…別にいいだろうに。そこまで大した違いじゃないと思うけど。あと、そんなことを大声で言うのはやめたほうがいいと思うけどな」
「それは無理。これだけは譲れないよ」
「まったく…だったら、ほら」
何を思ったのか、少年は先ほどから禁忌と言われていた、タン塩をレモンではなくタレにつけてすっと少女の目の前に出した。
「ほれ、食べてみなされ」
「へっ? いや、だからそれはタブーだって…」
「食べてみたことは?」
「ないけど」
「なら、物は試しだ。ちょっと大げさだけど」
ほれ、とタン塩を差し出す少年。最初は躊躇していたが、少年の行為に「…あーん、なんだけど」と聞こえないくらいの声で呟くと、意を決してぱくりと食べた。
「…」
どうしてか、店内がしんと静まり返り、肉が焼ける音だけが響き渡る。もはや客だけではなく店員までもがその様子を伺っていた。
「で、感想は?」
少年がそう尋ねると、少女は少しうつむいて、
「…おいしいです」
一言、そう答えた。