レイアの弱点
マリナ王国。ガレリアの東の島々にそれはあった。この世界で一番古くから続く国家で、魔王の手から世界を救った『勇者』の国である。平和の象徴ともいえるその国に再び『勇者』が現れた。後の世に語られることのなかった唯一の『勇者』が。
愛用の剣の手入れをしながらレイアは昔いた幼馴染のことを思い出す。国王が結婚なんて言い出すから思い出してしまったのだ。
彼の名はクレイン。彼の家族をレイアは知らない。ただ気づいた時にはよく遊ぶ仲だった。彼女の周りの唯一の同年代の異性。当然気になる存在だ。彼は魔術師を目指していて、彼女の使ういくつかの魔術も彼に学んだものだ。そんな彼が宮廷の筆頭魔術師になった時の話だ。
「レイア様。身分も不相応な話をいたしますがお許しください」
彼が急な話を持ちかけてきたのは、ガレリアとの婚約交渉が破棄され、長い侵略戦争が始まろうとしている頃だった。レイア姫、彼女はなぜか初陣の準備のため鎧の確認をしていた。
「何よ改まっちゃって。怖いじゃない」
自身の未来にただでさえ不安があるのだ。クレインのその言葉にも過敏に反応してしまう。
「私があなたに会うのもひょっとしたらこれが最後かもしれません」
「何言ってるのよ。私が死ぬってこと?」
からかうようにようやくレイアはクレインに視線を向けた。その時だった。
「好きです。これが最後なら身分も国王も怖くない。好きです、レイア」
真剣な瞳に彼女はどきりとした。言葉に詰まるレイアを彼がじっと見つめるから。
彼女の生来の性格、素直でなさが発揮される。
「レイア様。ぼーっとしてますが今からそんなで大丈夫なのですか?」
眼前に迫る男の顔。反射で張り飛ばす。男はコントのように彼女の部屋の隅まで転がっていく。
「シャルド! あんたって奴は、なんでいつもこんなこと」
「痛いですレイア様。この部屋を五周するかと思いました」
無礼極まりない行為を平気でやってのける彼は、レイア付きの従者。レイアは彼を張り飛ばすとき手加減をした。ティナが泣くから。
「手加減はしたわ」
「にしてはやる気まんまんでしたね。ティナ様がいなければ僕の首もげてましたよ」
頬をさすりながらニヤニヤとしてるから、軽くもう一発引っぱたいてやる。
「で、何しに来たの? 呼んでもないのに」
「そのですね。僕はレイア様の従者ですよね?」
「そう思っているならもっと振る舞いに気をつけなさい」
その言葉を言ったきり彼らしくなく言いよどむ。
「何? なんなのよいったい」
「僕もついていきます」
「え?」
何を馬鹿なと思ったが当然のこと。よく考えてみれば今までの戦時だって彼がそばで旗を振っていた気もする。
「今回は旗を振る仕事なんてないわよ?」
「そのかわり宿をとったり、料理つくったりいろいろしなければならないですよね?」
確かにレイナは野菜を切ったことはない。
「ティナが泣くわ。やっぱりだめ」
彼をついてこさせるのはいろいろ面倒が増えそうだとレイアは最後の切り札を出した。
「ティナ様も来るそうです」
彼の言葉にレイアは目をむいた。姫としてはあまりにもはしたない顔になった。
「な、何言ってるのよ、あんた馬鹿じゃない! そんなのお父様が絶対」
「そう言うと思ってこっそり来ちゃいました」
ドアがいつの間にか開いて閉まった音に彼女は気づかなかった。振り向けばいつの間にか、そこには、僧侶の取るいでたちをしたティナが、立っていた。