◇近衛:ユーリス
主人公の日常編。
内容が説明臭いのは、主人公の脳内がそうだから…って事で。
「魔獣の方は捕縛して何時も通りに、念の為暫く外の見回りは二班で行うように伝達を」
「了解です。班のシフトはどうします?」
「同時間の内勤から一班出すように後で調整しておく…魔獣を放したら報告に来るだろうから、その時までには」
「そっちも了解です。じゃ、自分は伝達がてら魔獣の捕獲に出ますんで」
「…程々にな」
嬉々として出て行く部下ーーと言うより同僚に近いーーを送り出して、ふっと肩の力を抜いた。
「先走らないか、不安だな…」
やたらと『狩り』関連の単語に反応する彼の趣味は、大小を問わず獲物を追い込み捕まえる事。そのために日々策を磨き性質を学び…色々とギリギリの趣味に見えるかもしれないが、そうでも無かったりする、魔族基準では…だが。
はからずも人間を止めて早三年。そろそろ魔族的な思考や常識に馴染む頃と言われても、うっかり前世から記憶もろとも持ち越したせいで完全には馴染めそうに無いと嘆くべきか、開き直るべきか…。
「…馬鹿馬鹿しい」
そんな事を悩むよりまずは仕事、さっきの臨時ローテーションの表を組んでしまわないと。
役職名こそ近衛隊隊長だが、実際は警察的な組織のまとめ役と言った方が正しい。やっている事は魔王陛下の警護ではなく、警備も含めた都市の管理全般の雑務である訳だし。
通常の近衛隊のイメージと合っているのは、魔王陛下直属と言うだけ。
一度陛下に聞いてみた所、理由が名前が格好良いからと返されたので…単にノリで名称が決まったと思って間違い無い。
それで良いのかと聞かれれば、それで全く問題は無い。世に五人居る魔王はそれぞれ最強にして絶対、魔族とは魔王を頂点に極端な一点集中で成り立っている種なのだから。
因みに、五人居る魔王は皆同等の力を持っているので、質の差はあれ魔王同士に優劣は無い。
「さて、シフトはこれで良いか」
事前に組んである通常のシフト表を呼び出し、都市内担当の班から一部を都市外の見回りに充て、表を完成させるとそれを用紙に写して作業は完了。
ペンで紙にガリガリ書かなくて良いのは実に楽、やっていることはほぼタブレットPCを操作するに等しい。魔力紙を使えば写すのも一瞬で終わってしまう。
人間をやっていた頃は羽のペンに羊皮紙ーーどちらもそれなりに高価ーーだった事を思い出すと、いっそ感動する程度に便利になったものだ。
「魔族が人間の領域で暮らさないはずだ、これではな」
一つ片付いたので、何枚か残っている書類に目を通しつつ、しみじみと噛み締める魔族生活の便利さ。魔族になって何が良かったか…そう問われれば、ほぼ現代日本並みに発達しまくった生活環境これに尽きる。
『森の魔王』の領域にある都市のみで言えば、上下水道の普及率は何と100%、蛇口を捻れば綺麗な水が出るし排水は逆流など聞いたこともない。先ほどのタブレットPCのような記憶媒体もあるし、エアコンに相当する物もある…恐ろしく快適なのだ、魔族の生活環境というのは。
ソレもコレも全ては魔族の体質及び性質によるものに起因するのだから、此方の世界で人はまだまだ到底し得ないレベルであるし。
魔族の体質というのは、吸魔体質の事。代謝が魔力であるため、人だと命に関わるほど濃い魔力に満ちる魔王の領域に居る限り飲食は必要としない。
それに加えて、快楽主義のオタク気質…タブーなど無きに等しく趣味を極める事に快楽を感じる為、技術が恐ろしい速度で発達するのだ。
なお、ここ『森の魔王』の領域に住まう者は特にその傾向が強く、八割強が研究者や技術者となっている。…見た目は某天空の城なのに中身が空想科学真っ青なのはそれ故に。
原動力が魔力であるため、クリーンなのは言うまでもない。
「さて、今日の書類はこれでお終いだな」
最後の一枚にサインを入れて、本日の書類仕事は完了。
後は宰相殿に確認してもらって、関係者に分配しすればいいだけだが…。
「おや、メールが……」
机の右に据えられているオーブでメールや映像の遣り取りが可能で、点滅で着信を知らせてくれる。
開けば今まさに向かおうとしていた宰相殿からで、『お茶にしませんか?』との一筆。…もうそんな時間だったか、うっかりしていた。
「丁度いい、ついでに書類も持っていけばいいな」
書き終えた書類をまとめて抱え、部屋を出る…施錠も魔力でこれまた一瞬。
正直、定期的にお茶や休憩を入れないと空腹や渇きを感じる事が無い為に時間を忘れてしまいそうになる…ささやかながら此ばかりは魔族になって困っている事だ。
「今日は…緑茶にしようか。お茶受けには落雁が残っていたな」
剣と魔法の世界に何故そんなものがあるかと?
そんなもの…私が持ち込んで作らせたからに決まっているでしょう?