恋をしていました
恋がいつも成立したらいいのに。一人一人に運命の人間が用意されていてみんな平等に恋をして愛を育み子供ができて愛を与えられたらいいのに。
23になってようやく落ちた恋は失敗に終わって私は空っぽになった。足を一歩一歩動かしてふらつきながらいつもの場所へ腰掛けた。ここは良い。一人を除いて滅多に人は来ないし落ち着いて心を整理できる。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。あーーーーーーーーー!!!!ゴホッエフッ」
ああ、何だか疲れた。眠ろうかな。こんな場所で女が無防備に寝るのもどうかとは自分でも思うけど、どうでもいいや。
ベンチに寝そべって真上より少しずれている月を見た。細くて今にも消えそうな月。この月をなんていうんだっけ。誰かが言ってた気がするけど覚えていないな。風が吹き木の枝が少しだけ動いた。柄にもなく一句言いたくなった。もっとも、季語をほとんど知らないから夏江先生に才能なしの太鼓判を押されること間違いなしの駄作が生まれるだろうけど。
全て失った後は色々見える。ここにくる時は切羽詰まったり嫌なことがあった時で視野が狭まっていたので今のクリアでさっぱりした脳だと視野が広くなっているようだ。広場でいつもパフォーマンスしている若いマジシャンはよく見るとタネが見え見えだったり、道中にあるコンビニ店員は最近結婚したのか薬指に指輪がしていたり、どうでもいいことばかり気がつく。
ただ黙って黄昏てるのもアレなので、コンビニで買った爽健美茶とタバコを取り出した。箱の包装を剥がし、タバコを一本取り出す。ゆっくりと口に咥えて胸ポケットからライターを抜く。
何だか軽いと感じたがぱっと見、壊れてるわけでもなさそうなので気にせず火をつけた。クラクラと燃えている火はタバコの先端を焼き、煙が出てきた。
ゆっくりと吸って吐き出す。
「ふ〜〜」
ああ、落ち着くな。二日酔いの頭に染みる。昨日、気合を入れるためにいつもより度数の強いお酒を飲んだのが間違いだった。
私はタバコのことを吸ったら全て忘れられるアルコールのようなものだと昔は思っていた。ただ、この世はそんなに甘くはなく、命を削るこの嗜好品ですら起きたことを忘れさせることはできないようだ。
忘れることもできないならこの気持ちはどうしたらいいんだろう。時が消化してくれるのならいいけど消化できなかったら?この思いが呪いになってしまったら?考えるだけで全てが嫌になっていってしまう。
いったいいつまで引きずるんだろう。私ってもしかしたら引きずってる?切り替えの速さが長所だと履歴書に書いてしまったのに。
ジリジリと短くなっていくタバコに見切りをつけて携帯灰皿へ落とした。2本目に火をつけようとライラーを取り出すと誰かが私の肩が叩いた。
「みきちゃんセンぱーい」
「ああ、由依か」
「へへっ、お隣失礼しますね」
由依は隣に座るなり背負っていたギターケースに手をかけてチャックを開けた。由依とはこの公園でよく入り浸っている仲間であり歳は離れているが仲がいい貴重な後輩だった。
「今日はサークル帰り?」
タバコに火をつけながら私は聞く。
「そうなんです。1ヶ月後にライブがあるのでみんな気合い入ってて、毎日大変ですよ」
「そう、それはいいことだ」
「今日スーパーで果物が安くてたくさん買っちゃいました。林檎とかどうですか」
「今は気分じゃないな」
冷えて澄んだ空気に副流煙が流れる。なるべく由依に向かないように少し顔の向きを逸らして私は吐いた。
「そうそう、聞いてくださいよ。最近うちのベースとドラムが付き合い始めたんですよ。今はいいんですけどこれからもし別れたりしたらバンドの存続が危うくなるのが怖くて」
「大学バンドの解散理由なんて大体恋愛の拗れだからね〜」
「しかも男が割と遊んでるやつで、どう見ても一途なやつじゃないんですよ」
「それはもうダメかもしれないな」
「ですよね〜」
私はタバコを吸いながら話しているが由依はチューニングをしながら話している。器用なものだ。話ながら、しかも私の方目見ていてギターを見ていない。絶対音感なのだろうか。
「ねぇ先輩。変なこと聞いていいですか」
「、、、別にいいけど」
「先輩、失恋しました?」
「え?」
言い当てられた瞬間に頭を巡った思考は『なぜバレたのか』ということ。
ポーカーフェイスが上手いと定評のある私が顔でバレたとは考えにくいし。
「何で分かったの?」
「やっぱり。だって今日先輩顔が死んでますもん。いつにも増して辛気臭さが漂ってましたよ」
言い過ぎじゃないか?その何割かは多分持ち前の辛気臭さだし。ていうか顔でバレてる。私って分かりやすいのか?
「先輩にも春が来てたんですね〜」
「見事に砕け散ったけどね。叶いようのない恋だったよ」
「私以外でした。先輩が恋してるの。先輩ってほら、『恋なんてくだらない』って感じじゃないですか」
「好き放題言ってくれるな。まぁでも確かに昔はそうだったけどね。今は一周回ってその思想に戻ってきたよ」
「こんなこと聞くのはあんま良くないと思うんですけど、どんな人なんですか?私人の恋バナが好きなんです」
由依はギターを右に置きバックから缶チューハイを取り出して開けた。聞く気満々だ。
「、、、優しい人だよ。困っている人がいたら迷いもせずに手を差し伸べられる人。私にはできないことができる人」
「先輩にもできないことがあるんですか」
「あるよ。自分から話しかけたりね。私は特に明確な目標もなく漂うように生きてきたの。自分から話しかけることがないからあっちもわざわざ話しかけてこない。自由で狭く深く。自分に関係ない人はどうでもいいから知らない人が助けを求めていても私は助けない」
「クラゲみたいっすね」
「フフッ、そうだね。確かにクラゲだ。私が恋したその人は逆。困ってる人がいたらすぐ助けようとする。できないこともあって鈍臭いのに、、、一生懸命なんだ。その人は」
私とは違う、眩しいあの人に私は惚れてしまった。
「格好いい人ですね〜」
「私が困っている時も助けてくれたんだ。私とその人は面識がなかったにも関わらずね。その恩を返すつもりで私は距離を詰めた。ご飯でも奢って終わるつもりだったんだけど、話していくうちにどんどん好きになっていってしまって、、、」
って、私はなんでこんなこと話してるんだ。冷静になって恥ずかしくなってきた。流れるようにタバコへ着火し気ずけば5本目。今日はペースが早い。心なしか由依も飲むペースが早い気がする。私の失恋をつまみに飲む酒はどんな味なんだ。
「楽しいですね。失恋なんて笑い話として消化するしかないですから」
「それっぽい理由を見つけるんじゃない」
「へへへ〜。ていうか先輩もすごいですよね。男に対してそんなに距離詰めれるの」
男、、、?ああそっか。
「ごめんね言い忘れてた。その人は女だよ。女性同士距離を詰めるのも簡単だった」
「あ、そうだったんですか。すいません」
「いいよ全然。言わなかった私も悪いし。それでね、由依が来る2時間前に告白した。割といいレストランで。でもダメだったな〜。言われたよ『ごめんなさい。私、みきちゃんのこと友達としか見れない』って。はなからダメだったんだ」
言い終わり、私はタバコをいつもより深く吸った。
くそっこんな時くらい頭をぼやけさせろよ。
「バカみたいだ。あっちの好きが私と同じベクトルかもなんて。私の恋心はあっちに見えてなかった。幽霊みたいな恋心。まさに脈なしだねっ」
「、、、」
笑えよ。
「はぁ、つれないな」
新たにタバコを口に咥えて少しの沈黙を乗り越えた。
「人生で一番大事なのは思い切りって本で読んだことあります。先輩はここぞという時に行動できる人間です。それはきっとこれからもそう。でも、この出来事を引きずってるとここから抜け出せずにズブズブと終わっていきます」
「そ、そう。忠告ありがとう、、、」
由依は私に顔を近づける。
「でもね先輩、先輩は失恋において一番大事な後処理ができてません。私、今日ここでギターでも弾こうと思ってたんですけどやっぱりやめます。私今から帰るので考えてください」
「え?ちょっと」
テキパキと片付け始めて由依はギターケースを手に持ち立ち上がった。
「あ、最後にこれ、あげます」
由依は袋から何かを取り出して何かを私へ投げた。
「よ」
「ナイスキャッチ」
くれたのはレモンだった。レモンイエローが綺麗なレモン。レモン、何でレモン?
「じゃ、またね先輩」
「ああ、また」
由依がいなくなった後、私はもらったレモンと見つめ合った。由依のことだ。深い意味がないという可能性もある。
レモンか、何でレモン、、、あ。分かった。
「はははっ、あはっ、あはははははははははははははは。ゲホッゲホ」
タバコにライターで火をつけようにもオイルが切れている。肝心な時に限って使えない。
「ゴホッゴホッ、、、、アハ、アハハ」
乾ききった笑いと共に白い息が小刻みにでて、冷えた空気へ溶けていく。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。レモンって檸檬だったのか。由依なりの励ましと捉えよう。
彼女との思い出が一気にフラッシュバックしてきた。『困ったときはお互い様』『おいしいねこれ。二人で食べてるからかな』『人の気持ちなんてわかるわけないんだから、できることをするんだよ」『やっぱりスカートが可愛い』『好意を取りこぼしたくなんだ』『動機なんて必要ないんだよ。全部何となくで動くの』『みきといると楽しい!』
目の前の全てがぼやけていく。熱い何かが目からこぼれ落ちていく。ああ、辛い。どうしたらいいんだろう。どうしようもないんだろうな。泣いたって仕方ないのに。でも今日だけはもう少し、もう少しここで泣いていよう。
連載するかも〜




